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第二部二十三話

 カレーを食べ終わり時計を見ると、既に十九時になっていた。そろそろ帰らないといけない時間だが、全員その場を動かなかった。

 そう、これから重要な話をしなければならないのだ。

 母も今度こそ空気を察して黙っている。……いや、できれば部屋を出て行って欲しいんだけど……。

 重苦しい沈黙が続く中、渡部君が声を出した。

「六家っていうのは、山府に根を張る名家の総称なんだ」

 渡部君の第一声で始まった六家の説明は、衝撃の内容だった。

 まず湯田家と星家の話から始まった。この二家は、なんとあの山御杜を管理する家柄らしい。湯田家が山御杜の祭祀全般を司る最高責任者『大祝』を代々務め、星家は山御杜の管理全般を司る最高責任者『神長官』を代々輩出してきた家だそうだ。

 分かり易く言うと、湯田家は山府における皇室に等しい存在で、『大祝』は戦前までは現人神とされていたらしい。まさに天皇そのものだ。そしてもっと驚くことに、湯田さんは正式に『大祝』を受け継ぐ立場にあるとのこと。

 そして星君も、将来的に『神長官』を受け継ぐべく勉強中なのだそうだ。星家はさながら、山府における宮内庁といったところか。いつぞやか放課後の過ごし方が話題になったとき、二人で家の用事をこなしていたと言っていたが、山御杜の仕事関係だったらしい。

「神社の用事で動くことも多いですが、私と時彦は個人的に依頼を請け負うこともあります」

 湯田さんがせっかくの機会だからと話してくれた内容もまた、衝撃的だった。曰く、湯田さんは霊感が強く、そっち方面の仕事も多いとのこと。そっち方面が何を指すかは察してくれ。とにかくこの二人は、山府の表で活躍し、裏で暗躍するサイキッカーコンビらしい。

 ……うん、後半の話は信じないことにしよう。お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ、寝ぼけた人が、見間違えたのさ。

「じゃあ次は室井家だね」

 一同が湯田さんの衝撃発言で黙り込む中、渡部君が次の家を説明する。

 室井家は以前聞いた通り、天山流という武道の流派を受け継ぎ、他にも、祭礼で行う神楽や能などを脈々と繋いできた家……だけではなかった。

 室井家は元々、山府藩主渡部家から分家した家で、代々筆頭家老であったと同時に、武術指南を行っていた家だそうだ。その武術指南が物凄く、天山流は江戸時代を通して日本最強の名をほしいままにしていたそうな。当然、他藩からの遊学者も多く、そうした歴史から、この山府という地域は今でも武道が盛んなのだそう。山府義塾が武道の名門校なのもその影響で、室井君の世代別武道世界九冠という個人的な成績も相まって、日本全国のみならず、世界から注目されるお家なのだそうだ。

 さらに凄いのは、現在の武道の原型を作ったのがこの家の天山流だそうで、現在、世界中の武道選手や武道愛好家がこぞって修行に訪れるらしい。まさに五十嵐先輩が言うところの「世界に冠たる室井家」なのである。

 その室井君は顔を真っ赤にして渡部君の説明を聞いていた。

「あの、自分なんて大した存在ではなく、大会で優勝したのもたまたまその時が良かったというだけで……」

 たまたま良かっただけの人間が世界九冠なんてなれないでしょうが。そしたら人類の大半がたまたま良かった人に負けた負け犬になる。その謙遜は良くないワン!

「はい、そんで次は雪白家ね」

 渡部君は興が乗ったのか、先ほどより口調が軽くなって来た。ノリノリだぁ!

 雪白家は現在、三つの大きなお家があり、その本家が雪白さんの家なのだそう。なんでも、雪白家は江戸時代を通して山府の商業と工業を牛耳っていたお家で、今でも山府経済はこの家によって回っているらしい。この本家は江戸から明治になる激動の時代に、それまでの産業が急速に近代化する中、創意工夫で様々な事業を立ち上げた。現在の本家は山府の伝統工芸を礎に発展したラグジュアリーブランド「雪白久雅」を経営しており、世界最大のラグジュアリーブランドとしてその名を轟かせている。当然、山府で伝統工芸製造を行うお家は雪白家と取引関係にあり、売り上げの多くをこのブランドに依存しているそう。また分家には鉄道や不動産、観光業などをメインに事業を行うお家もあり、山府の観光業、交通、宿泊に至るまで、雪白家と関わりを持たずに事業を行うのは不可能とまで言われているらしい。まさに山府の主要産業を手中に収める家なのだ。……怖い。

 雪白さんはその本家の正式な跡継ぎに指名されているらしい。成績が良いのも英才教育を受けているからか?……ずるい!

 その雪白さんは、おすまし顔で俺達兄妹の反応を見ていた。

「あらー、雪白さんは雪白久雅のお家の子だったのねー。いつもお世話になってますー」

 突然母が挨拶し始めた。そうだ、母は雪白久雅の大ファンなのだ。母の漫画のファンが雪白さんで、その雪白さんのお家のブランドのファンが母。相思相愛じゃん……。

 ペコリとお辞儀する雪白さんは、何だか嬉しそうだ。良かったね。

「次、大竹家ね」

 渡部君はいよいよ面倒になって来たのか、言い方が雑になってきた。

 大竹家は『五橋財閥』の創業家であり、現在も財閥の支配的な立場にある家らしい。五橋財閥の名は聞いたことがある。というか、テレビコマーシャルや駅の広告、工事現場、空港など、至る所で目にする名前だ。自動車、航空機、船舶、鉄道車両、重機、建設機械、産業用ロボット、宇宙ロケット、人工衛星、防衛軍事産業など、ありとあらゆる分野で成果を出す、日本を代表する重工業コングロマリットで、世界的にも「超」が付くほど名門の財閥である。

 なんだってそんな凄いお家のお嬢様が山府なんかにいるんだと思いきや、どうやら大竹家の本家はずっと山府にあり、五橋財閥の本店登記も山府らしい。五橋という名は、大竹家の所在地名がそのまま財閥名になっているらしく、本社機能や工場なんかは東京や世界中にあるものの、正真正銘の山府のお宅なのだそう。

 大竹さんを見ると、自慢げな顔をしてこちらを見ていた。……そんな凄いお家のお嬢様なら、なおさら勉強頑張ろうね……。俺は憐れみの目を向けた。

「ちなみに、大竹家では大竹さんのお兄様が正式な後継者に指名されているので、大竹さんは特に何か背負っているわけではない」

 渡部君は容赦なく切り捨てていく。大竹さんは俯いてしまった。

「でも、立場上、彼女が望めば世界中の著名な経営者と会うことが可能」

 渡部君の「でも」で顔を上げた大竹さんは、またも得意げな顔でこちらを見る。……もうなんか可哀想になって来た。

「最後に渡部家ね」

 いよいよ渡部君自身の家の番になった。渡部君はどんな説明をするのだろうか……。

「僕の家はね、一言でいうと、政治一族なんだ」

 とっても言い難そうに話し始めた渡部君は、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。自分の素性を知られるのが本当に嫌なんだろうな……。

 渡部家は先祖代々この山府を支配してきた山府藩の藩主であり、江戸幕府の中でも特殊な存在だったらしい。なんでも、天下統一を果たした徳川家康が寺社の権威ゆえに手を下せなかった地域で、全国を自由に通行できる手形を与え、商売の自由を認める代わりに、徳川の隠密として行動することを求められたとか。その効果もあって江戸時代の山府は栄えに栄え、現在の経済・観光・宗教都市としての発展につながったらしい。

「そしてその時に築いた人脈を利用して、明治以降は政治一族として名を馳せるんだ」

 渡部君の説明はまだ続く。明治以降、国会議員や県知事、県議会議員、市長、市議会議員など、一族から数多くの政治家を輩出してきたそうだ。特に渡部家本家は凄く、総理大臣が二人、会津県知事も三人輩出されているとか。……もはや日本のフィクサーじゃん……。

「ちなみに、現職の総理大臣と今の会津県知事も渡部家本家の人間よ」

 ここで雪白さんが補足を加えた。……何だって!?

「えっと、つまり渡部君は、二人の政治家とどういう関係?」

「えーっと、総理大臣の孫で、会津県知事の息子」

 渡部君は答えにくそうに話す。……ワオ!

「だから学校に行っても、周りに寄ってくるのはゴマすりばかりで困っているんだ」

 確かに、渡部君が孤立しているところを見たことが無い。誰にでも分け隔てなく接していると思っていたが、どうやらそうせざるを得ない立場だったようだ。

「まあ総理大臣の孫といっても、祖父は普段東京にいるから、年に一度会えるか会えないかって感じなんだけどね」

「はえー、さすが総理大臣、忙しいんだねー」

「僕からすれば、選挙のときだけ帰ってくる老人だよ」

 なかなか辛辣である。

 ここまで六家の説明をされてきたが、これは我が家の説明もすべきだろうか。

 母を見ると、何やら一生懸命メモしている。おい、漫画のネタにするなよ。

 紬はというと、何やらうんうん考え事をしていた。……紬さん、どうしました?

「なるほど、ここまで凄いと、五十嵐先輩や学校の皆さんが六家に依存したくなる気持ちも分かりますね……」

 おい! それはないだろう。あれだけ啖呵を切っておいて、この子、何言い出すのん?

「では、続きまして相田家の紹介を……」

 紬が喋り始めたとき、雪白さんの携帯に電話がかかって来た。電話に出た雪白さんは、低い声で返事をする。……何か重要な案件でも飛び込んできたのだろうか……。

「もう夜遅いからそろそろ帰ってきなさいって。迎えに来るから皆も乗っていきなさいって」

 ……普通の電話だった。


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