第十七話
放課後、俺と雪白さんは職員室で並んで説教を受けた。
授業を休んだことはもちろん、校内で所在不明となり、学校を心配させたことまできっちり叱られた。至極真っ当なお説教だった。真っ当過ぎて、ちょっと泣きそうになった。
俺たちは揃って頭を下げ、反省文を一枚ずつ持たされる。こうなったら俺のここ数日の葛藤を含めてドラマチックに仕上げてやる。教師、泣かす。
「一枚で済んで良かったわね」
俺が密かに教師への嫌がらせを画策していると、雪白さんが皮肉めいた口調で言ってきた。
「雪白さん、反省してる?」
「しているから、一枚で済んだことに感謝しているのよ」
反省とは、感謝をしてからが本番。……人生の教訓にしよう。どこで使えるかは分からないが。
職員室を出ようとすると、伊藤先生に呼び止められた。
「お前ら聞いたぞ。朝から二人で何やってんだ」
呆れたような、心配してくれているような、そんな優しい口調だった。
「仲直りのために、真剣に話をしていました」
「そうか真剣だったのか。でもな、話が長引いたからって、一時限目を丸ごと休む奴があるか」
ごもっともである。伊藤先生は呆れた顔で俺たちを見比べたあと、バシッと俺の背中を叩いた。
「心配させんじゃねえ」
「痛いです」
「心配した分だ」
随分と物理的な心配だった。この前褒められたときといい、ここ最近の俺の背中は、伊藤先生の感情を一心に受け止めている。
「まあ、お前たちが部活以外でも話すようになったのは、安心したけどな」
伊藤先生は、珍しく歯を見せて笑った。先日の一件を気にかけてくれていたらしい。
「それで、今日はこれからどうするんだ」
「談話室へ行きます。三人が待っているので」
「部は辞めたんじゃなかったのか?」
「新しい部を、五人で作ります」
伊藤先生は口をポカンと開け、一瞬だけ目を丸くする。
「山府研究部とは違う、トポフィリア研究部です」
「名前以外は何が違うんだ」
「それを、今から五人で決めます」
「何も決まってねえじゃねえか」
「名前は決まりました」
「一番どうでもいいところだけ決めやがって」
鋭い突っ込み。俺に10のダメージ。「物凄く大切なことです」という紬の反論が目に浮かぶ。
「それで、顧問はどうするんだ?」
「また伊藤先生にお願いしようかと……」
「まったく図々しいな」
「駄目ですか?」
伊藤先生は露骨に嫌そうな顔をした。
「とりあえず申請書を持ってこい。話はそれからだ」
「ありがとうございます。またよろしくお願いします」
「まだ引き受けてねえ!」
先生のいけずに背中を押され、俺と雪白さんは職員室を出た。
お互い、反省文に何を書くのか擦り合わせをしながら本館の三階へ上がる。
廊下の一番奥まで進むと、生徒談話室の扉の向こうから大竹さんの声が聞こえた。相変わらず、廊下までよく通る。
「第二回目の野外活動はお兄様の東京赤裸々ツアーで決定ですわね! 紬さんにお兄様の恥ずかしい話をたくさん教えてもらいましょう!」
滅茶苦茶不穏なこと言ってる。絶対阻止しなければ。俺は心の中の自分同士でスクラムを組んだ。
「まだ待ってるみたいね」
雪白さんは笑いをこらえながらこちらを見てくる。……ツアーはやりませんからね?
「今日はやることが多い。早く部活を始めよう」
生徒談話室の扉を開けると、大竹さんの叫び声で出迎えられる。
「遅いですわ! 不良のお二人さん!」
大竹さんが、テーブルの向こうで立ち上がった。
「反省文は完成しまして?」
「部員に対する第一声がそれ? 今から書くのよ」
「提出物は大切ですもの! お手伝いして差し上げます!」
余計なお世話だ。自分の補習課題の心配をしなさい。
「結構よ」
雪白さんの反応も冷淡だった。
「司殿、雪白さん。お勤めご苦労様でした」
室井君が丁寧に頭を下げる。……出所したみたいに言わないで。
その隣で、紬は椅子に座ったまま、こちらを見ていた。
テーブルには五人分の筆記用具と、何も書かれていない新しい設立申請書、年間活動計画書が置かれている。
雪白さんは、窓側のいつもの席へ向かった。
俺も座ろうとすると、紬が隣の空いていた椅子を引いた。
「兄さん」
「何だい?」
「おかえりなさい」
それだけ言って、紬は椅子から手を離した。
「……ただいま」
学校でする挨拶ではない。けれど、誰も訂正しなかった。
俺と雪白さんが席に着くと、談話室はようやく、いつもの狭さに戻った。
それから五人で、新しい部の話をした。
大竹さんは次の活動先を決める話から、いつの間にか会山戦で宿敵会津義塾をぶちのめす方法まで話を広げていた。雪白さんが活動計画書を取り上げ、書かれた案の三分の二を却下する。
室井君は、残った三分の一を全部実行するつもりで日程を計算し、紬は却下された案まで律儀に余白へ残していく。『お兄様の赤裸々東京遠征』もちゃっかり入ってる。やめろ。
俺の仕事は、その紙を伊藤先生に見せても怒られない状態へ戻すことだった。部長になる前から、部長らしい雑用だけは回ってくる。
窓の外が暗くなる頃、何も書かれていなかった申請書と活動計画書の空欄は、ほとんど埋まっていた。
残っているのは、設立部員欄の最後の一枠と、部長署名欄だけだ。
「お兄様」
大竹さんが、俺へペンを差し出す。
「うん」
ペンを受け取り、署名欄の上で一度止める。その隣には、既に四人の名前が並んでいた。
俺は、空いている欄に自分の名前を書いた。
「できました……」
紬が並んだ五人の名前を順に見る。
雪白さんは申請書を手に取り、上から順に確認した。
「不備はなさそうね」
「完成ですわ!」
「まだ申請が通ったわけじゃないぞ」
「今くらい喜んでもよろしいでしょう!」
「それもそうか」
大竹さんが俺を見て目を丸くした。なんだよ。
「大変です! お兄様が素直ですわ!」
「……そこまで驚く?」
結局その日は、俺と雪白さんの反省文より先に、新しい部活動の設立申請書と年間活動計画書が完成した。
「兄さん。桜が咲いています」
紬が窓の外を指した。数日前まで蕾だった校庭の桜が、外灯に照らされている。
「いつの間に」
「見ていなかっただけです」
「ああ、そうかもな」
俺はもう一度、五人の名前が並んだ申請書へ目を落とした。
「それはそうと兄さん」
「なんだい?」
「私より先にトポらないでください」
……ごめんなさい。




