彼女を研究せよ①
世界のためって言われてもなぁ、奏汰はいつものように高校に向かって歩き出した。
後ろから「おはようさん」と誠がやってきた。
こいつに相談したら間違いなく、頭がおかしくなったのかと笑われるだけだろう。
「なんか悩み事か?」
「いや、別に」
誠は、それならいいけど、と言って、昨日のテレビの話を呑気に話し始めた。
(世界の戦争を回避させるー)
青空に白い雲が浮かんでいる。
こんな平和な世界なのに戦争なんて想像できない。
2人で歩いていると、「あの」と女の子の声が聞こえた。
振り返ると、大久保梨央が立っていた。
タオルが目の前に差し出されている。
「・・・昨日はありがとう」
タオルを受けとりながら「いえいえ」というと、「じゃあ」と去っていった。
「おい、雪の女王様とどういう関係なんだよ?!」
「別になんもない」
「そんなわけないだろ。教えろよー!」
絡んでくる誠を避けて走って、校門を潜り抜けた。
教室のいつもの席に着く。
前の方に梨央が座っている。
綺麗な長い黒髪から白いうなじが見える。
少しドキッとして、目を逸らすように窓の外を見た。
すると、机の中からカサっと音がする。
(ま、まさかG!!!?)
昼ごはんで残したパンを机に入れたままだっけ、と頭をフル回転して考えてみる。
(落ち着け…落ち着け…)
ビビりながらも、教師に見つからないようにそっと机を覗くと、折り畳まれた紙が入っている。
自分でいれた記憶はない。
そっと手に取ると、開いてみる。
“彼女について研究せよ”
(・・・この特徴のある字)
自分のノートに書かれた字と瓜二つだ。
どうやら未来の自分からのようだ。
(彼女について研究せよ…って)
梨央は真剣に授業を聞いている。
奏汰はシャーペンをくるりと回し、ノートに①美人と書いた。
“研究とは、未知の事柄を明らかにする活動であり、実験、観察、観測といった方法を用いて新しい知見を得ることである。”
スマホで研究について検索するとこのように出てきた。
(まずは手軽にできる観察かな)
奏汰はさり気なく梨央を見るようにした。
あくまでもさり気なくだ。
いつも見ているなんて噂がたてばえらいことになる。
梨央を観察し始めて2週間でわかったことがいくつかある。
②真面目
授業中寝たりすることがほぼない。なんなら、欠伸すらしない。
ノートをしっかり取っている。
宿題ももちろん必ずやっているようだ。
さすが学年トップというところだ。
③友人が少ない。
いないと書くのは可哀想な気もして少ないと書いたが、ほぼいない。
基本は休み時間も一人で過ごしているのだ。部活にも所属していない。
まさに孤高って言葉が似合う。
そういうところで、クールと見られるのだろう。
④読書好き
一人の休み時間をどう過ごしているかというと、本を読んでいる。
そういえばこの前本屋で会った。
読んである本はミステリーだったり、エッセイだったり、幅広いようだ。
⑤好きな食べ物
おそらく玉子焼きだ。お弁当にいつも入っているのだが、毎回最後に食べているので、きっと好きなんだろう。(俺が好きな食べ物を最後に食べるタイプ)
⑥好きな飲み物
ミルクティーだ。いつも自販機で売っている甘ったるいのを飲んでいる。
甘いものが好きなのかもしれない。
⑦意外と優しい
クールで冷たい印象だったが、冷たくはない。
誰かに勉強を聞かれたら断ることなく教えているようだったし、重い物を運んでいるクラスメイトに駆け寄って手伝っているところみた。
⑧彼氏はいない
ここまで観察した結果、彼氏らしき存在はいない。
(これだけわかったけど、どう攻めればいいのかー)
「うーん」と唸りながら、シャーペンをクルクル回した。
「どうした?」
振り返ると、小春が立っていた。
美濃小春は小学校からの友人だ。
陰キャな奏汰を何かと気にかけてくれる。
「いや、まぁちょっとなぁ」
「何よ?」
「・・・俺の友人の話なんだけど」
俺は一通り自分の話であることは伏せて、説明をした。
「ふーん。要は片思いをしてるのね」
「そうなんだよ、でもほとんど話したことないらしくて、どう話しかけたらいいか悩んでるみたいで」
「あまり考えすぎずに挨拶とかでいいんじゃなきかなぁ」
「まずは挨拶か」
「おはようとかバイバイとか声かけて、あとは本が好きなのがわかってるなら、どんなの読んでるの?とか聞いたらいいんじゃないかな?」
「そんな感じか」
「あまり難しく考えない方がいいよ」
「おう、さんきゅ」
「あ、友人の話だったね」
そう言って、小春がからかうように笑う。
「そ、そう、友人の話!」
「まぁせいぜい頑張りなって友人に伝えといて」
そういうと小春は友人の方へ駆け寄っていった。
(あれは俺だってわかってるな)
「・・・最悪や」
「最悪ってお前の顔か?」
振り返ると誠が立っていた。
チャンスは突然やってきた。
その日奏汰は日直だったので、教師に頼まれた仕事を終えて教室に戻ると、梨央が一人で本を読んでいた。
夕陽が差し込んでいる教室にある美人は、ドラマのワンシーンのようだ。
「お、大久保さん、こんにちは」
少しぎこちなくなってしまって恥ずかしい。
(無視されたらどうしよう)
奏汰がドキドキしていると、梨央は本から目を逸らして、奏汰に向き直った。
「こんにちは」
小さな甘い声で言った。
そして言い終わるとまた本に視線を戻していく。
「あ、あのさ、大久保さんっていつも本読んでるよな?どんな本…読むのかなぁ〜…なんて」
梨央は何かを考えているようにじっとこちらを見た後、がさごそとカバンから本を取り出した。
「…色々読むけど、これが好き」
梨央の席に近づくと、置いてある本を手に取る。
何度も読んでいるのか少し擦り切れている。
「名探偵ポワロシリーズ?アガサクリスティの作品だよね?」
名探偵ポワロシリーズのいくつかの話がまとまって入っている本のようだ。
「うん」
梨央は恥ずかしそうに俯いている。
雪女というニックネームのイメージとは全く違う。
その笑顔は、普通の可愛らしい女の子だ。
「昔読んだことあるかも。オリエント急行だったかな」
「その話はポワロの中で2番目に好きな作品だよ」
嬉しそうに微笑んで、いい雰囲気だ?
「1番は?」
「1番はそしてだれもいなくなっただよ」
「それは読んだことないな、名前は知ってるけど。図書館で借りようかな」
梨央が本をそっと差し出してくる。
「その中にそして誰もいなくなったも入ってるから…良ければ貸すよ」
借りてしまっていいのだろうか。
少し躊躇ったが、震える手を見てしっかりと受け取った。
「ありがとう。大事に読ませてもらうよ」
梨央にとって大事な本に違いない。
奏汰はしっかり両手で待つと、慎重に鞄に入れた。
「あ、あの市川くん」
「ん?」と奏汰が振り返ろうとすると、ガラリと教室の扉が開いた。
「奏汰―、やっぱり教室にいたんだな」
誠はその場でそういうと、「もう帰るぞ」と背を向けて歩き出した。
教室に梨央がいることは気づかなかったらしい。
振り返ると、もう梨央はいつものように本を読んでいた。




