体育祭で活躍すべし! ⑤
「市川くん!?」
奏汰が声をかけると、梨央はかなり驚いたようで、元々大きく丸い目がさらに大きくなっている。
「朝練?」
「・・・うん。走るのあまり得意じゃないから」
きなこが嬉しそうに尻尾を振りながら、梨央に近づいていく。
「犬、大丈夫?」
「大好きだよ」
きなこは、梨央に撫でられて満足そうな顔をしている。
「市川君・・・あのごめんね。捻挫したのって、練習の時ぶつかったからだよね?」
「あぁ。あれは俺が走り出すの遅れたからだし、大久保さんは何も悪ないよ」
「ううん、私がぶつかっちゃったから・・・。ちゃんと謝らないとって思ってたんだけど、なんだかタイミング逃しちゃって・・・。本当にごめんなさい」
梨央が深々と頭を下げてくる。
「市川君が足を治して、アンカーを走るって言ってたから、せめて市川くんにバトンを渡すまでに1位になっていようと思って・・練習始めたんだけど、あまり速さも変わらなくて・・・」
本当に真面目で律儀だ。
誰なんだろう、梨央に雪女なんてつけたやつは。
こんなに真っすぐで気遣いができて、思いやりのある子はいない。
「わかった。大久保さんの気持ちは受け取ったから、謝るのはこれでやめよ。もう足も良くなって、今日から軽く走ろかなって思ってたくらいなんだから」
「ほんとに?」
「本当だよ。きなこの散歩がてら今日から練習再開しよ思って来たんだから」
「良かった」
梨央の顔がぱあっと明るくなる。
「この前は勉強教えてもらったし、今回は走るのを俺がサポートするよ」
奏汰はドキドキした気持ちを顔に出ないように注意しながら、精一杯の勇気を振り出した。
断られたら・・・と思うと、なんとなく梨央の顔が見れない。
「ありがとう。・・・よろしくお願いします」
梨央がぺこっと頭を下げる。
「じゃあ今日はもうこんな時間だし、明日から始めよか」
奏汰がそういうと、梨央は「うん」と言って、何事かわかっていないきなこも嬉しそうに尻尾を振っていた。
「ふぁあああ」
奏汰は大きな欠伸をすると、なんとか眠らずに英語の授業を乗り越えた自分を心の中で褒めた。
梨央の方を見ると、梨央も小さく欠伸をしている。
あれから毎日朝5時半に公園に集合して、練習をしている。
さすがに日中眠くなるし、しんどいと思うこともあるが、梨央と一緒にいる時間は楽しく、寝起きの悪い奏汰も続けられていた。
でも誰よりもこの時間を喜んでいるのは、愛犬のきなこだろう。
昨日はきなこが4時半に部屋まで来て、起こしにくる始末だ。
とはいえ、この生活もあと1日。
いよいよ明後日が体育祭だ。
翌日起きてみると、雨が降っている。
奏汰は、さすがにこれでは走れないと、梨央に「今日は中止で」と連絡すると、「了解です」と返事が来た。
最後の最後で雨とは、残念すぎる。
雨を降らし続ける黒い雲を苦々しく睨みつけた。
今日は土曜日で明日が日曜日の体育祭の日だ。
特にやることもない。
奏汰がストレッチをしながら、何をするでもなくぼんやりと過ごしているとチャイムが鳴った。
「藤沢?」
雨の中、肩を少し濡らして、小春がやってきた。
「どうしたんだよ?雨ん中。とりあえず、上がれよ」
「いや、今日はこれ渡したいだけだから」
そう言って差し出してきた袋には湿布が入っている。
「もう湿布なくなってるんじゃないかと思って。別に市川のことはどうでもいいんだけど、優勝はしたいから」
小春がぷいと明後日の方向を向いて、「じゃ明日」と去ろうとする。
「ちょっと待て」
奏汰は腕をつかんで引き留めると、「そのまま帰ったら、風邪ひくぞ」と言って、部屋の奥からタオルを小春に投げた。
「ほら、ちゃんと拭いてから帰れよ。お前のことは心配じゃないけど、お前がいないと優勝できんからな」
奏汰がニヤっといたずらっぽく笑うと、「バカ」と言って、小春はタオルで髪や肩を拭いた。
「市川、明日絶対1位でゴールテープ切ってよね」
「おぅ。任せとけ」
小春は満足そうに微笑んで、また傘をさして雨の中帰っていった。
「あいつ、本当にいい奴だな・・・」
奏汰は去っていく小春の背中を見ながら、感謝の気持ちで見送った。
翌朝は快晴で、まさに体育祭日和となった。
今日は活躍しなければならない。
奏汰は気合十分に入れながら、学校へ向かった。
「おはよう」
振り帰ると誠がにやにやしながらやってきた。
「今回は俺のクラスが優勝するからな。そしてモテモテ王に俺はなる」
「誠、お前…足が速いくらいで、モテるかよ。まぁどっちにしろ優勝は俺らのクラスだけどな」
奏汰がそういうと、「その通り!優勝はうちのクラスなんだから」と小春がやってきた。
「俺が負けるわけだろ」
「何?やる気?」
また誠と小春の小競り合いが始まる。
「お前ら、それくらいにしとけよ」
そう言って止めに入ると、奏汰は鞄からチョコを取り出した。
「藤沢、昨日はありがとな」
「別に、市川のためってわけでもないし、うちのクラスの優勝のためやだから」
そう言いながらも嬉しそうにチョコを受け取る小春の向こうに梨央が見える。
「大久保さん?」
梨央と一瞬目があったが、梨央は何も言わず学校へ入っていた。
「どうしたんだろ?」
「雪女やからあんなもんじゃね」
誠がふざけてそういうと、奏汰は誠の首を絞めるように腕を回した。
「あまりそういうこと言うなよ」
誠は咳き込みながら、「悪かったよ」と言って、ごめんと手を合わせてきた。
許してやって腕を解くと、小春がこちらを睨んでいる。
「・・・市川、今日は体育祭に集中してよね」
小春はなんだか不機嫌そうにぷいっと学校へ入っていった。
「なんだ、あいつの態度は?」
「さぁ?」
「それはさておき、いよいよ、体育祭だな」
誠の言葉に奏汰は戦場に赴くような気持ちで校門をくぐった。




