迷宮からの脱出
「⋯⋯どうするの、これ」
俺-明は悲痛の声と共に天を仰いだ。
と、言っても見えるのは真っ暗な空-というか天井。まぁそれすら今は暗くて判別つかない。
「何とかしてよっ、ねぇ!」
およそ近い前方から女の子の怒鳴り声。ったく、いきなり叫ぶのはやめてくれ。
「耳キーンってなるから。それに狭いんだからボリューム落として」
「だってだって、電気も消えちゃったんだよ!?」
多分目の前にいる女の子-あぁ、クラスメイトの花風鞠は、ついに消えてしまった電気にパニック状態だ。
「どうするの?ねぇどうするの!?」
「おいおい落ち着けよ⋯⋯っていうか、吐きそう-うぷッ」
目の前に俺がいると分かったからか、鞠は俺の両肩を掴んで激しく揺らす。
「えっ、汚い!やめてよ!」
「おめぇのせいだよ!」
「昼にラーメンなんて食べないでよ!しかも大盛り!」
「見てたのかよ!?」
ぼっちの所見られて恥ずかしい-というか、それ俺の勝手じゃね?
「あ~落ち着け。落ち着けよ⋯⋯俺」
俺は自分の眉間を叩いて呼吸を整える。
危うく鞠の調子に乗せられる所だった。危ない危ない。
「とにかく!⋯⋯一度状況を整理しよう」
「なによ!まるで私だけがパニックみたいじゃない!」
実際その通りだろ。
「いいか?俺たち2人が入ったエレベーターが急に止まって動かなくなった。そこまではいいな?」
「えぇ、そこからッ!?」
「いいから。一から順を追うぞ?で、緊急連絡ボタンを押しても反応がなく。助けを呼んでも辺りから反応がないまま今に至る-と⋯⋯フッ、詰んだな」
自分で説明してみて阿呆だなと思った。
「だから困っているんでしょーが!」
次の瞬間、鈍い痛みが股間から爆発する。この野郎ッ、蹴りやがった。俺の身体は反射的に胎児のポーズを取って唸る。
「なっ、に⋯⋯するんだ⋯⋯おぉぉおおおお」
「明なんかと一緒に居たくないし!当然の報いよ!」
それはお互い様なのではないだろうか?あと何の報いだよ。
「あーあーあーあーー!どうしようどうしようどうしようぅぅ!?」
「そんな叫んだってさっき助けは来ないって何度も-」
暗闇と化してから何分か経ったからだろう。夜目が効いてきて、少し見えるようになってきた。
目の前に広がるのは、スカート丈をギリギリまで折り曲げた魅惑の生脚-じゃなくて!
「⋯⋯何見てんのよ」
恐る恐る顔をあげると、向こうも見えているらしいのか、少し顔を赤らめつつも眉間をヒクつかせる鞠。
「いやいやあ!俺がほら!腰屈めたら、それ登っていけば天井から脱出出来るかなって!」
「ふぅーん」
咄嗟の言い訳に見苦しい身振り手振りだったものの、鞠は訝しげに顔を覗き込むと「確かにそうね」と呟いた。
「明っていっつも一人でいる陰キャだから、一軍の私にこき使われてるくらいがちょうどいいわ」
「言い方が鼻につくが、この際なんでもいい」
「ほら」と無駄な感情を排除して、俺は登りやすいように形を作る。
鞠は足を掛けようとして、ピタッと止まった。
「⋯⋯絶対見ないでよ」
「分かってますよ」
上からの途方もない圧力にけおされて、俺は絶対に上を向けなくなった。ちくしょう、暗がりだからちょっとくらい良いじゃん。
「踏み心地は悪くない⋯⋯まるで奴隷ね」
我慢だ我慢⋯⋯一応こいつは可愛い部類なんだ。じゃなかったらぶっ飛ばしていた。
暫く足を掛けて登ろうとする鞠だったが、よたよたとして上手く登れない。
「ちょ⋯⋯っと。登り辛い。太ってるせい?」
「あのなぁ、これでも俺は標準体型だ。それに少しは腹筋も割れて-」
「あーはいはい。普段会話出来てない分話し掛けて貰えて嬉しいでちゅねー」
今すぐ立ち上がってこの女を振り下ろしてしまおうか。
そんな雑念は捨てて明は文字通り鞠の奴隷と化す。
「あっ、届いた!届いたよ!」
「おいっ!背中でジャンプするな!正直限界⋯⋯重い!」
「はぁ!?私身長162センチの体重40前半なんですけど!?重いのは明がひ弱だからじゃない?」
「んだと!これでも腕立て伏せ-」
「あーもういいから。さっさと出るよ」
と言って鞠は俺を足蹴に飛び上がると、天板外して天井へとよじ登っていった。少しだけ上を見てしまった。見えた。色は判別出来なかったが、苺柄だった。可愛い。
「ほら、手」
鞠はこちらに手を伸ばして俺を掴む。
「重ッ⋯⋯ぜんっぜん、持ち上がんない。やっぱり太ってるせい⋯⋯?」
「なんだと!これでも身長170センチ体重60と平均くらいで-」
「もうそのくだりいいから」
鞠にばっさりと切り捨てられ黙り込む俺を、鞠は何とか引っ張りあげて天井に着地する。
「で、ここからどうするの?」
再び不安な声をあげる鞠に、俺は「簡単だ」と一つの方向を指さす。それはエレベーターの扉だった。
「そもそもエレベーターが動かなくなる前に着く時の音が鳴ったろ?だったらあると思ってたよ」
つまりすぐそこまで俺たちは来ていたのだ。
「これを⋯⋯こじあげれば⋯⋯ッ」
「バカなの?そんなの手動で開くわけ-開いたぁ!?」
「こういうのはそういう時用に動くようになっているんだよ⋯⋯電気が通っていない分、重いっちゃ重いけどな」
「そうなんだ⋯⋯って、あれ?」
エレベーターをこじ開けることで一生懸命になっていた俺は鞠に身体を揺すられて、「前、前⋯⋯」と言われる。
「⋯⋯は?」
そこから見える光景は、まるで迷路のように幾重にも広がり、複雑に建物が入り組んだ世界であった。と言うよりもぐちゃぐちゃだ。
「これ、なに⋯⋯」
隣の鞠が絞り出すように声を発する。
「いや、知らない⋯⋯」
俺も何が起こっているのか理解できずに漏らすと、それに応えるようにどこからとも無く声が聞こえてきた。
「ここは魂の迷宮。二時間以内にそこから脱出できないと死ぬよ」
ん?誰?というか何を言っているんだ?
「さっきの何なの⋯⋯?」
隣の鞠だって理解出来ずに困惑している。
「分からない。でも脱出出来なければ死ぬって事は本当そうだ」
「なんでそんな事分かるのよ?」
「よく見ろよ」
建物がまるで折り重なったようになっていると思えば、それはおかしな所から扉や通路が出来上がっていた。
「仮に地震がきたとしても、こんなのはありえない」
「つまり、さっきの声を信じるってこと?」
「そういうこと」
俺はそう言ってさっさとエレベーターから飛び降りる。
「わっとと。まさか地面が沈んでいるなんてな」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「なんだよ」
「なんか呑み込み早くない?」
「んーまぁ、こういった系の本をよく読んでいるからかな」
「あぁそういえば読んでいたわね。表紙がやたらエロい-」
「ラノベな!?あと見てないくせにエロそうって言うな!」
本当に失礼な奴だな。置いていこうか。
「あ、ちょっと!」
「今度はなに?」
「⋯⋯足、動かないんですけど」
振り返ると、鞠の身体が震えているのが見えた。
「怖いの?あれだけ人を小馬鹿にしておいて?」
「うぅ⋯⋯だってこんなの知らないし⋯⋯」
「俺も初だよ、こんな状況-ほら」
俺が手を差し伸べると、鞠は顔を真っ赤にさせた。
「なッ!誰があんたの手なんか-」
「嫌なら先行くよ?」
「~~~~~ッ!!」
葛藤があったのだろう。鞠は何度も顔色を変えて手を取ろうかと迷っていたが、ようやく観念して俺の手を掴んだ。
「⋯⋯まず、出して」
「はいはい」
俺は言われるがままに鞠をエレベーターから脱出させる。鞠も嫌だろうと手を離そうとするも、鞠が強く握り返してそれを許さない。
「まだ暗いから⋯⋯目が慣れるまでの間よ!」
「はいはい。⋯⋯行こうぜ」
そうして俺たち2人は手を繋いで歩きだす。
まさかこれが、俺達の運命を変えることになるなんて、この時は知る余地もなかった。




