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(7)出航、そして地底湖へ

〇海上自衛隊舞鶴地方隊内 若井防衛大臣補佐官執務室

翌日、若井が執務室で大臣への報告書をまとめていると、誰かがドアをノックした。

「どうぞ」


ドアを開けて入ってきたのは大泉だった。どうした、と言う表情で若井が顔を上げると、

「次の出航日時が決まったぞ。明後日の土曜日、0200(マルフタマルマル)だ。金曜日から土曜日に変わった直後の午前2時だぞ。時間を間違えるなよ」


「誰に言っている」

「寝坊したらおいて行くからな」


「だから、誰に言っている! これでも現役の防衛省の役人だぞ。日時厳守は基本のキだ」

「ならいい。ところで・・・」

そういって、大泉はソファに腰を下ろした。


若井は、報告書をタイプする手を止め、ちらりと大泉を見て、

「東亜共和国か?」

と、見抜いたようにそう言った。


「あぁ。相変わらずEEZの向こうではあるが、大型の掘削船に護衛のミサイル駆逐艦が2隻居座っている。これをどうみる?」

「まぁ、入ってくるだろう。しかも近いうちに。もしかしたら次の試験潜航中にEEZを超えてくるかもしれん。海自は「あたご」1隻のようだが、アイツらを甘く見すぎなんじゃないのか? もし攻撃を受けたら、たとえ高山と言えど、「あたご」1隻ではとても敵わんぞ」


高山健吾 二等海佐。現イージス艦「あたご」艦長。

艦長就任一年目のオーストラリア海軍、フランス海軍との合同軍事演習の対潜作戦で、誰よりも多くの敵潜を沈めた男だ。当時、米軍が開発した対潜レーダーコンソールに座っていた杉三等海佐とのコンビは、海自ではバドミントンのオリンピック選手に倣って「高杉ペア」と呼ばれ、杉の精緻なレーダー解析に基づき、対潜ミサイル4発で4隻を沈めるという離れ業をやってのけた。


当時のフランス軍海将は「ナポレオンの再来」と褒めたたえ、現在「かみかぜ」を操艦する中野艦長をして、味方で良かった、と言わしめたほどの腕前だ。


それでも索敵能力という点では、水上艦に対しては潜水艦の方が優位に立っており、それを補うために、あるいはこちらを優位に立たせるために開発されたのがボルデメだ。


「「あたご」の高山艦長は、そう簡単にはやられんよ。それに、政府は既に第7艦隊にも日米安保条約に基づく出動を要請中だ」

「米軍に? 珍しく先手を打ったようだが、実際の攻撃がないのにアメリカさんが動いてくれるのか?」


「そう願っているよ。総理と大統領がこれまで築いてきた個人的な関係ってやつが試される時だ。が、こちらの思惑通りに米軍が動いてくれなかったときは・・・」

そういって大泉は顔を上げ、若井をじっと見る。

「そのときは?」

若井が尋ねる。

「ボルデメの出番、ってことだな? お前が乗艦するのもそのためなんだろう?」


若井は、ふっと口元を緩め、椅子に深くもたれかかり、頭の後ろで手を組む。

「あぁ、そうだ。ボルデメに千早たちを配置するのもそのためだ。ボルデメ管制要員の中でピカ一の成績だからな。それと、これを渡しておく」

そう言って、若井は大泉にファイルを投げて渡した。


「これは?」

「ボルデメの仕様だ。システムの説明だけじゃないぞ。大洞窟の照明位置から、ボルデメ入室時のパスワード、管制卓の緊急電話番号まで書いてある。次の乗船までに目を通しておいてくれ」

「あの洞窟に、もう照明なんて設置してあるのか?」大泉が聞くと、

「そりゃ照明が無いと、ボルデメまでの階段設置工事もできなかったからな」

若井は体を戻し、デスクに肘をついて両こぶしを握りながら、大泉に言った。


「大泉。次の潜航は試験だけでは終わらんかもしれんぞ。本当に実弾が飛び交う事態になる可能性もある、とオレは考えている。なので、地底湖の空洞に浮上したら、直ちに千早たちをボルデメに上げ、イロハとのリンクを確立し、「かみかぜ」の攻撃システム制御がボルデメで確認出来次第舞鶴に戻る。 そこから先は敵の動きにもよるが、中野艦長に委ねるしかないだろうな」


「そこまで準備して艦の指揮は取らないのか?」

「そりゃそうだろう。オレやお前は外堀を埋めるのが仕事だ。いくら「かみかぜ」に乗艦するとはいえ、現場の指揮、判断は中野艦長に任せるのがスジだ」

「そうか。それを聞いて安心した」

「で、大泉。お前が乗艦する本当の理由はなんだ?」

「本当も何も、総理特命補佐として「かみかぜ」の試験航海の状況を逐一報告することと、試験終了後には「かみかぜ」にセンサーを取り付け、レアアースの鉱脈範囲を特定することさ。 元来、私はお前や中野艦長と違って、武闘派じゃないからな。東亜共和国と揉めることなく、自分のミッションが遂行できることを願うばかりだよ」

と言って、後ろ手を上げながら、大泉は部屋を後にした。


〇原子力潜水艦「かみかぜ」ブリッジ

それから二日後の午前2時。

「艦長、出港準備オールクリア」


三上副長の報告を受け、つむっていた眼を開ける中野艦長。

「潜航」

「潜航ッ!」

「舞鶴海道入口正面にて待機」

「了解、舞鶴海道入口正面にて待機」


「待機?」 

少しでも早く大空洞に到着したい若井が、なぜだという口調で艦長の後ろから声を掛ける。中野艦長は若井を振り返り、

「「かみかぜ」のAI操艦を試験します」と言った。

「AI操艦?」

なんだそれは、と言う顔で中野に問う。


「はい。これまで3回の舞鶴海道通過で、ソナーとビデオで海道内の海図を作成済みです。その海図をAIに学習させ、自動操艦で洞窟まで進みます。この「かみかぜ」から採用された最新機能の一つで、理論的には海図を読み込ませた航路であれば、つまり一度通ったことのあるルートであれば、自動で目的地に到着することができます」


「プレーンズマンなしで大丈夫なのか?」

大泉も心配そうに尋ねる。


「大丈夫だ。ただし、今回は試験なのでプレーンズマンはコンソールについて、いつでも自力操艦できるようにスタンバイする。だが、ゆくゆくは目的地に着くまでの操艦を完全自動化できれば、乗組員のワークライフバランスが少し改善されるかもしれない」


「潜水艦でもワークライフバランスか・・・」

若井がため息交じりに言う。

「潜水艦だからこそ、ですよ」


「確かに、通常航海となれば、ひとたび潜ったら一月以上陸に上がらないわけだからな」

と大泉が言うと、中野は頷きながら若井を見て、

「原潜となれば、浮上すら必要なくなります。狭い艦内で、少しでも乗組員にストレスの掛からない時間を増やそうという工夫の一つ、と捉えていただければよいかと」

補足した。


「私たちも見習わなくてはならないかもしれんぞ、若井」

と言われ、「そうだな」と答えた若井の表情はちっとも「そうだな」とは思っていなさそうだった。


「艦長、舞鶴海道入口正面です」

「よし。藤本、AI操艦の準備は出来てるな」

「いつでもどうぞ!」

「ん。舞鶴海道、AI操艦にて進入開始」

「舞鶴海道、AI操艦にて進入開始」


その後、万一に備えて、藤本プレーンズマンが席に着いたままであったが、「かみかぜ」は実にスムーズに航行し、2時間足らずで何事もなく大空洞直下に到着した。


「すごいな。結局、舵にはノータッチか!」

大泉が驚きの声を上げる。


「はい、ノータッチでした。ワークライフバランスは嬉しいですけど・・・AIが進化したら私の席が一番先に無くなりそうでちょっとフクザツです・・・」

藤本が心配そうに振り返る。


「AI操艦ができるのは海図のあるルートだけだ。世界の海は広い。「かみかぜ」が通ったことがあるところなんて0.1%にも満たない。まだまだプレーンズマンは必要だ、心配するな」

と中野が声を掛けた。


藤本は、はい、と返事をして、

「浮上位置確認よし」

と艦長に報告した。


中野は頷き、潜望鏡深度を宣告し、三上が復唱する。

「潜望鏡深度ッ」


誰もいるわけがない大空洞であるが、艦長の中野は浮上手順を一切省かない。潜望鏡で12時方向から時計回りに周囲を確認していく。上陸地点を過ぎ、360度、確認が完了すると思った瞬間、


「ん?」

中野は上陸地点に灯りが見えた気がした。潜望鏡をもう一度戻し上陸地点を確認すると、今度は何もない。サーチライトに照らされた先には真っ暗な岸辺が見えるだけだった。

「(ライトの乱反射だったか・・・)よし、異常なし」


そして中野は静かに宣言する。

「浮上」

「浮上ッ」


潜望鏡を上げながら若井と大泉に声を掛ける。

「若井さん、大泉。浮上したらすぐにボートを降ろしますので上陸準備をお願いします」

「わかった」

と大泉が言い、若井も黙って頷く。

「見間違いかもしれないのですが・・・」

上陸準備のためブリッジを離れようとした大泉たちに中野が声を掛ける。


「見間違いかもしれないのですが、上陸地点に灯りが見えたような気がしました。再度確認したら何もなかったのでサーチライトの乱反射かとは思うのですが、念のため、警戒をお願いします」

「わかった」

と大泉が言い、

「警戒ったって、オレたちは丸腰だよ。それにこんな山奥の地底湖に誰かがいるとも思えんがね」

そう若井は言うと、大泉とブリッジを離れた。


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