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(1)大冒険の始まり

(1)大冒険の始まり

 あの日、飼い猫のちくわと出掛けた散歩が、まさかこんな大ごとになるなんて・・・。


 梅雨も明け、久々に晴れた7月ある日の昼過ぎ、猫のちくわ(通称「ちく」)をいれた宇宙飛行士のヘルメット型ケージを背負って、オレは近所の吉田山まで散歩に出掛けた。

吉田山とは、京都大学の真東にある山で、標高は100m程度だが、広葉樹に覆われ、日陰が多いので真夏でも案外涼しいのだ。


 その日も木立に覆われた中腹は思ったよりも涼しくて、気持ちよかった。この中腹には、少し前まで喫茶店だったけど、今は廃屋となった建物があって、目の前がちょっとした広場になっている。オレは時々ちくを連れて来て、ここで散歩させているのだ。伏せの姿勢でしっぽを振り振り、狙いを定めた虫を追い掛けたり、飛び跳ねたり、ちくにも結構いい運動になっているはずだ。


 ところがその日は、廃屋の取り壊し作業が始まっており、重機が動いていて、作業をする人も何人かいた。なので今日はちくをケージから出すのはやめておこうかなと思ったら、

「よーし、一段落着いたし、メシにしようや」

と言って作業員たちがタイミングよく下山して行ったので、ちくわをケージから出してあげた。

「ホレちく、君も少し散歩していいよ」

ちくは周りをスンスンしながら、いつものように抜き足差し足忍び足でケージから出て来た。

「建物の方には行っちゃダメだよ」と言った瞬間、ちくは開けっ放しだった廃屋のドアから、何かを追いかけるようにするするっと侵入してしまった! 

「やっべ!」

オレは慌ててちくを追いかけた。

取り壊し中の建物の中を、ちくちくちくちく~と呼びかけながら探していると、地下への階段を見つけた。

「まさか下に降りたかな・・・」

そろりそろりと降りるとそこは倉庫らしき部屋だった。辺りを見回すとそこにはもう一つの扉。何となく開けてはならぬという雰囲気を醸し出していたが、そんなことは言ってられない。わずかに開いている隙間からちくが中に入ってしまったかもしれないのだ。お~いちく~と呼びかけながらそうっと開けてみると、そこはひんやりした、電気も無い真っ暗な地下道だった。なんだ、ここ?と思っていたら、にゃおんといつの間にか足元にちくがいた。


「おぉ、どこにいたんだ、ちく。戻るよ」

と言ったのに、ちくはすたすたと地下道を進んでいってしまった。

「おいおいおいおいおい! ちく、ちょっと待って!」

冷んやりとした風が流れてくるから二酸化炭素滞留とかの心配は無さそうだ。オレはスマホのライトをつけて急いでちくを追い掛けた。


 地下道はしばらく緩やかに下っていた。5分も歩いたろうか、やがて道は水平になり、ひたすら真っすぐに続いている。ライトの明かりを頼りに、もうずいぶん進んできたけど、ちくはいない。分岐はなかったし、どこかで追い越してもいないし、どこに行ったんだろうと考えながら、

「おーい、ちく、ご飯食べに帰るよー!」 

と何度か叫んだけど、鳴き声一つしない。一本道だから帰りに迷うことはないだろうと思ったけど、念のために写真を取りながら進んでいった。


 しばーらくすると(多分15分くらい)、前を向いたまま座っているちくを見つけた。

「ちくぅ! 何やってるんだ、帰るよ!」 

そう言ったら、ちくは逆について来い、とでも言うように、にゃんと一鳴きしてずんずん進んでいく。

「おいこら、待てって!」

そうやって無理やり捕まえると、離してよぉと言わんばかりに体をよじり、鳴き声を上げる。

「わかったわかったわかった。離してあげるから!でもその代わりにリードを付けるよ」

オレはちくにリードを付けてから降ろしてやった。するとちくはまたどんどん進む。

これ、どこに行くんだろう・・・時計を見たら地下道に入って30分以上経過している。スマホのバッテリーは残り44%。

「マジか、まずいじゃん」

とオレは思ったけど、そんな飼い主の心配を知ってか知らずか、ちくは相変わらずどんどん進んでいく。


 その時、向こうに何か見えた気がした! ライトで照らすとそれはコンクリート製の壁で、道はそこで行き止まりになっていた。行き止まりにはなったが、代わりに真っすぐ上と下に煙突のような穴が開いており、そこに階段が見える。階段とは言ってもコの字型取っ手が付いているだけだ。


「これ・・・絶対ヤバいヤツじゃん・・・」

そう声に出してオレは、来た道を振り返り、階段の先を見上げ、深呼吸をして考える。廃屋からの地下道は真っすぐだった。イメージとしては大文字山の方角に向かった感じ。そこからまた真っすぐ伸びて、ここで行き止まった。ってことはここってどこら辺だろう、とちくに聞いてみたが返事は無い。スマホの電波も無いし、トーゼンGPSも無い。


 行くか戻るか。。。男(の子)としては冒険心がくすぐられる状況なのは間違いない。でも、この先迷路のように分岐していたらとか、バッテリーが切れたらとか、引き返す理由を探す冷静な大人のオレがいるのも事実。


 もし行くとして、行くなら上か下か・・・。下はどんどん地下に潜るだけだし、上なら地上に続いているのかもしれない。よし、まずは上だ!

「ちく、もう来れないかもしれないし、ちょっとだけ登ってみようか」

そう言って、オレはちくを宇宙飛行士型バスケットに押し込んで、コの字型取っ手を慎重に掴みながら登り始めた。

「くっそ、次来るときはヘッデンがいるな、予備バッテリーも」

スマホを手に持ちながらだったので、登りづらいことこの上なかった。どこまで行けばいいのか、ゴールが見えないと意外にしんどい。途中でバッテリーを確認すると36%。

「ホントにヤバいな。ちく、30%になったら、登るのはそこで終わりにするよ」

と、ちくに話しかける体で自分に言い聞かせて登り続ける。


 10分も登ったろうか・・・灯りの先に潜水艦のハッチのような丸い扉が見えた。

「おぉ、出口!?」

ハッチには丸いハンドルがついていた。のの字、のの字の逆方向に回してみると、ガチャンっといかにもロックが外れましたというような音がした。

恐る恐る、そして、そうっとハッチを開ける。眩しい光が煙突の中に差し込んでくる。


 そこはどうやら何かの施設のように見えた。窓から陽の光が差し込んでいるから地上にある施設だ! 陽の光が見えたとたん、安心してハッチを全開にして施設の中に入ってみた。

まず現在地を確認しようとスマホで見れば、GPSは如意ケ岳山頂を指している。

「え、ってことは、ここはあの国交省のレーダーサイト?」


 大文字山から琵琶湖を目指して山の中を進んでいくと、しばらくして「運輸省」、「立入禁止」という看板がやたら立つ、レーダーサイトのような施設が出てくる。山の中にいきなり出てくるので、オレは勝手に運輸省の秘密基地と呼んでいる。用途は・・・よく知らない。


 秘密基地の中は誰もいなかった。管制室のような卓と椅子が何セットかきれいに配置されていて、コンピュータやモニターも置いてある。けど、電源は入っていなかった。見た感じ随分と最新設備っぽい。

「なんだろ、ここ。新しい管制塔かな・・・」 

独り言を言いながらきょろきょろ、うろうろしていたら天井の隅に防犯カメラがあるのに気が付いた。

「こりゃ映ったな」 

と思ったけど、でも仕方ない。下から上がってきたら扉があって、扉だったら開けたくなるし、そしたらここだったんだもん、仕方ないよね、てへぺろ。


 まぁ、でもここって滋賀側からだったら車で来れるから、あまり長居してたら誰か来そうだし、夕方までには戻りたいし、そろそろお暇しよう。

ちくを探したら、部屋の隅っこに置いてある鉱石っぽい塊をスンスンしたり、カジカジしたり、頭をやたら擦り付けたりしていた。呼びかけてもすりすりしたままだったので、抱き上げて宇宙飛行士に押し込んだ。にゃ~んと抵抗鳴きをしたけど、バッテリーが30%を切ったんだ。あの暗い地下道を引き返すことを考えたら、そろそろ限界だよ、ちく。


 ハッチを開けて潜り込む。閉める直前、最後にもう一度よく見たら、

「これって管制室だよなぁ。 吉田山からの秘密地下道を歩いてきたらこの管制室・・・ますます秘密基地じゃんか!」

と防犯カメラに向かって言いながら、オレはコの字階段を下りて行った。


 スマホのバッテリーをセーブするため、ライトは消して、真っ暗な煙突の中、手探りでコの字取っ手を慎重に、慎重に掴みながらに降りていき、上下分岐点まで戻ってきた。一安心。でもコの字階段は下にも続いている。下にも行ってみたいけど・・・残りバッテリー30%のままか・・・ちょっとだけ降りてみようか。


 ライトは消したままなので、目が慣れてきたとはいえ、真っ暗なことに変わりはない。底は見えないしハーネスでビレイを取ってるわけじゃないからこれまで以上に慎重に降下。しかしこれまた長い・・・5分も下り続けたろうか、下がほのかに明るくなってきた。

「なんだろう・・・」

もう少し降りてみると、広大な空間になっていることが見て取れた。デカいなんてもんじゃない、巨大な大空洞だ! 自然か人工かわからないけど。

そして下には水が溜まっている! え!地底湖? 水晶のような鉱石の結晶がキラキラ光っている。スマホのライトで照らしてみると、階段が着地する場所の先10mくらいから巨大な地底湖があるのが見てとれた。

「なんだこれ・・・」

左手でコの字階段を掴み、右手で地底湖を照らしたまま、その光景に思わず呟いて絶句した。


 水晶のような鉱石はライトを消しても光る。飛行石的な感じか? 水は超透明。

「戦時中の防空壕かな? それとも何かの秘密工場?」

でもこの空洞は人工的な掘削の感じじゃない。そしてもう一段階段を降りた時、それはいきなり視界に入った! 巨大な人工物! 

「潜水艦だ! 地底湖に潜水艦っ!?」 

思わず声が出た。見た目はTVとかで見る自衛隊の潜水艦そのものだ。

「えー、なになになに!! どういうこと!」 

不安をかき消すようにオレはあえて声に出して呟いた。


 その時スマホが手の中でブーっと震えた。バッテリーの残り20%。ヤバい、ライトを使いすぎたか! 写真もいっぱい撮ったし。もっと調べてみたい気もするけど、今日は帰ろう、ここで帰ろう。

ちくは潜水艦の方に行く気満々で、宇宙飛行士型バスケットのなかでうにゃうにゃ鳴きまくっている。いやオレももっと探検したいけど、バッテリーがないんだよと言いながら撤収。ライトを消して階段を上り返す。


 引き返しながら考える。あれは何だったんだろう・・・

階段を登り切って、水平な道に戻った時、カメラロールを確認したら、確かに管制室も地底湖も潜水艦も写っていた。うひゃー、夢でも幻でもなかった! でも何だろう、ホントに何なんだろう! オレはにゃんにゃん鳴くちくを背負ったまま、足早に一本道を戻った。


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