5)違和感
霧がまだ切れぬ森の中、候補生たちは低い声で整列し、装備点検が始まった。
佐久間三佐が前に立ち、冷たい視線で一つずつ確認していく。
「武器点検。銃の機種と弾倉数を報告しろ。」
若い声が震えながら答える。
「三佐、89式小銃、実包なし。30発マガジン×3、うち1本は装着済み、予備2本、合計90発。」
佐久間は頷きながら、銃床、ボルト周り、マガジンの掛かりを手早く目視する。マガジン底面の刻印、プラスチックのヒビ、給弾口の汚れ――細部を見落とさない。
「マガジンは確実に掛かっている。素早く抜き差しして保持を確認、チョーク(*掛かり*)を確かめろ」と短く危機管理の言葉を添える。候補生は静かに従い、掛かりを確かめると低い声で答える。
隣の隊列では拳銃の点検が始まった。
「副班長、拳銃と装弾数を報告。」
「Minebea/P9――マガジン9発、装填ゼロ、予備マガジン1本所持(9発)。」
佐久間は拳銃用のホルスターが確実に固定されているか、マガジンポーチのスナップが閉まっているかを確認する。ホルスターの縫い目やレッグホルスターのベルトが擦れていないかも、一瞥で見落とさない。
次に、個人装備のチェック。
・プレートキャリア/カマーバンドの締め付け・ファスナー類の機能確認。
・ラジオ(携行無線)――アンテナの折れ、バッテリー残量(目視)を報告。通信不能時はバッテリー不良である可能性も念頭に置く。
・水筒、救急キット、地図・コンパス、ライト(予備電池含む)――必携品の所在確認。
佐久間は、各項目を短い問いで確認していく。候補生は声を落としながらポーチを開き、指差しで「ある・ない」を報告していく。
装弾の数は命の管理だ。
佐久間は声を潜めて付け加える。
「この先で射撃は想定しない。だが、戦闘事態に入った場合は一人ひとりの弾数で班の持久力が変わる。自分の弾は自分で管理し、落としたり汚したりした時点で報告だ。」
整列した列が一つずつ装備を終えると、佐久間は全体を振り返る。点検表のように項目を頭の中でなぞる:銃(機種/マガジン数/装填状況)、拳銃(機種/マガジン数)、防弾(着用確認)、無線(外観/電池)、航法器具(地図・コンパス)。
各自の報告は簡潔で、無駄な動作は一切許されない。
「最後にもう一度。弾薬の換算を報告する。班長。」
班長が答える。
「第一班、89式×4、各3本マガジン装備=各90発、拳銃装備者は予備9発×1所持。携行手榴弾等の可燃性装備は本訓練では非携行。防寒装備・水分は必携、点検済み。」
佐久間は短く頷く。
情報が揃ったことで、通信が通じない不安は完全には消えないが、隊の“戦力の現状”が数値で可視化された。彼の目は森の先に向く。装備の数が、ここで踏ん張る力にも、撤退を決める基準にもなる。
点検を終え、佐久間は低い声で最終命令を出す。
「各班、隊形を整えろ。移動は短区間ずつ。装備の不備は直ちに班でカバー。通信が復旧しない場合のリスク管理は、全員が把握しているはずだ。」
候補生たちは重い息を吐き、身を震わせながら自分の装備を再確認する。弾倉の金属の撞く音が、森の静けさに小さく響いた。




