4)違和感
通信機からは、砂を噛むようなノイズだけが返ってきた。
「……応答なし。再試行」
佐久間は落ち着いた声で再送信を試みたが、やはり反応はない。
地形的に谷が深いせいか、それとも――。
肩のアンテナを少し角度を変えてみる。
しかし、雑音の波が強まるだけ。
「通信途絶を確認」
副班長が報告する。
佐久間は短く頷いた。
「了解。……行動継続、現場判断に切り替える」
その声に、候補生たちの視線が集まる。
全員が疲弊していたが、教導官の表情に動揺はない。
佐久間は、隊列の先頭から周囲を見渡した。
光の届かない森。
方位磁針は安定せず、木々の影が濃くねじれている。
耳をすませば、鳥の鳴き声も風の音もない。
――この静けさは、自然ではない。
「副班長、隊列維持。各班、方位確認を繰り返せ」
「はい!」
佐久間は地図を広げた。
だが、そこに記された“林”の形状と現在地の地形がまるで一致しない。
樹木の種類も、地面の質感も違う。
ここは確かに下見で歩いたはずのルートE-7だ。
なのに、別の場所に迷い込んだような錯覚に襲われる。
一瞬の沈黙。
その中で、彼は冷静に思考を回した。
> 通信喪失。位置不明確。隊の疲労は高い。
> 最優先は安全確保と隊の統制。焦れば全滅する。
「よし――進行停止」
佐久間の声が低く響く。
「全員、半円隊形を維持。水分補給、装備点検、五分間休止」
候補生たちはその指示に従い、黙って動いた。
彼らの呼吸が白く霧の中に滲む。
佐久間は、コンパスと太陽の位置を再確認する。
まだ午前九時半前後――ならば光は東南から射すはず。
木々の陰を読み取り、ざっと方位を割り出す。
やはり、地図上のルートとずれている。
誤差はおそらく五百メートル以上。
……沢を下る。
そう判断を下す。
水源は必ず低地へ通じ、そこから既知の河川か林道へ戻れる可能性が高い。
だが同時に、心の奥で警戒心が鋭く鳴る。
この地形の変化は単なる自然現象ではない。
土壌が軟化し、足元の感触が異常に柔らかい――地滑りの前兆かもしれない。
「いいか、全員聞け」
佐久間は声を張った。
「この先、森が深くなっても焦るな。声を出すな。間隔を二メートル以内に保て。
前後の確認を怠るな。俺の後ろを見失った瞬間、全員が死ぬと思え。」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
しかし、恐怖ではなく――静かな覚悟が列を満たした。
佐久間は背を向け、ゆっくりと一歩を踏み出す。
泥に沈む靴の音だけが、森の奥へ消えていった。
霧が濃くなる。
地図の線が意味を失っていく。
それでも、佐久間は進む。
> 「隊を生かして戻す。それが教導官の任務だ」
自分にそう言い聞かせながら、彼は確実な一歩を刻み続けた。




