娘、叱る、佐久間、逃げる。
佐久間が戻ると、在所にある小屋の前で、例の“姉の方”が腕を組んで待っていた。
「佐久間様。」
声が冷たい。
いや、冷たいというより、覚悟を決めた者の声音だ。
(……ああ、これは叱られる。)
佐久間は悟った。
「お、おう。戻ったぞ。」
娘は一歩、佐久間へ踏み出す。
「――嫁ぎ先。どうなりました?」
「ま、待て。いきなり核心を刺すな。」
「核心以外に聞くことがありますか?」
佐久間は少し肩をすくめ、逃げ場を探すように視線を泳がせた。
「その……今日、弾正忠様には話してきた。」
娘の眉がぴくりと動く。
「ほんとうに?」
「うむ。饅頭を持ってな。……まあ、饅頭が主ではなかったが。」
「饅頭が主だったら怒りますよ。」
「怒る必要はない。弾正忠様も笑っておられた。」
娘はじっと佐久間を見つめる。
その目は、嘘を見抜くのに慣れた母親のように鋭い。
「……で? どう言われました?」
「心当たりを探してくださるとよ。」
「“とよ”じゃなくて、もっと詳しく!」
「こらこら、叱るでない。わしは良かれと思って――」
「あのですね佐久間様。」
娘は一歩詰め寄り、人差し指で佐久間の胸をつついた。
「このままでは、ほんとうにいかず後家になります。
志段味の者がどう思うか、分かってますか?」
「わかっておる。だからこそ弾正忠様にも――」
「遅いんです。」
「……遅いか?」
「遅いです。」
佐久間は頭を掻いた。
「だがな……嫌ではないのか?」
「何がです?」
「嫁ぐということが。」
娘は少し目をそらし、口を結んだ。
「……嫌ではありません。」
「ならば良いが……何をそんなに焦っておる?」
娘はほんの一瞬、頬を赤らめて目を伏せた。
「……弟がもう、立派に働ける歳になりました。
私ばかりここに残っていても仕方ありません。
志段味も落ち着きましたし……」
そしてふっと表情を変え、いつもの強さが戻る。
「それに、佐久間様。」
「ん?」
「あなたは人のことになると、急にのんびりしすぎなんです。」
「わしは慎重なのだ。」
「違います。のんびりなんです。」
「……そうか。」
「そうです。」
佐久間は肩を落とし、苦笑した。
「だがの、わしがのんびりしておるのは――
お主が“どこの家に行っても困らぬように”と思っておるからだ。」
娘の目がわずかに揺れた。
「……そこまで考えてくれていたんですか。」
「当たり前だ。志段味がここまで立ち直れたのは……
お主の働きが大きかった。」
娘は黙ったまま、視線を落とす。
佐久間は続けた。
「だから、粗末に扱われるようなところには絶対にやらぬ。
安心して嫁げる家でなければ……わしが許さん。」
娘はしばらく沈黙し、やがてぽつりとつぶやいた。
「……それ、先に言ってください。」
「言ったつもりだったが。」
「言ってません。だから叱ったんです。」
「……うむ、すまん。」
娘は深く息を吐き、力の抜けた笑みを浮かべた。
「分かりました。
では――良いところを見つけてくださいね?
佐久間様の“のんびり”は、信用してますから。」
佐久間はようやく肩の重荷が下りたように笑った。
「任せておけ。
わしは饅頭も作れば縁も繋ぐ。
志段味の者は、皆わしの家族みたいなもんだ。」
娘は小さく頷き、照れくさそうに言った。
「……ありがとうございます。」
そして、いつものようにすぐ強気な表情に戻る。
「ただし。遅いとまた叱りますから。」
「叱るのはほどほどにな。」
「ほどほどにはしません。」
「せぬのか。」
「しません。」
二人の軽口が、夜の志段味に柔らかく響いた。




