1)レンジャー行動訓練
夜明け前の山は、音を飲み込んでいた。
湿った空気が肌にまとわりつき、呼吸のたびに胸の奥が焼ける。行動訓練、三日目。スタート時は25名いた候補者の顔が、もう何人も見当たらない。
ザックの重さは、もはや肉体ではなく心を圧していた。
一歩進むたび、靴底が泥に沈む。そのたびに「もう一歩」の意味を自問する。
隣を歩いていた同期が、ふと足を止めた。視線は焦点を失い、唇が震える。
「……もう無理だ」
その言葉は誰に向けたでもなく、ただ夜明けの闇に溶けた。
班長が静かに近づき、無言で肩を叩く。頷き、銃を外して地面に置いた。その背が闇に消えるまで、誰も言葉を発せなかった。
重い沈黙。
残った者たちは、互いに目を合わせようとしない。
「次は自分かもしれない」――その思いが、全員の胸を締めつけていた。
昼になると、陽射しが地獄のように降り注ぐ。
水筒はすでに空。唇は割れ、血の味がした。
だが、不思議なことに、誰も文句を言わなかった。
疲労の果てで、もはや言葉すら贅沢になっていたのだ。
夜、野営地の影で、仲間の一人がぼそりと呟いた。
「……ここを越えたら、何か見えるのかな」
答える者はいなかった。
ただ、その言葉に、誰もが目を伏せた。
行動訓練3日目。
肉体は限界を超え、精神はすり減る。
しかし、極限の中で――確かに生きているという実感だけが、胸の奥で微かに燃えていた。




