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  作者: ハル*
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無自覚な自覚は、在る 1



あたしは、病んでいる。


心も体も、どこかしら。


年齢的なものもあるだろうとしても、傷ついた心と体は寝ただけじゃ癒されない。治らない。


暴力的なものじゃなかったけれど、モラハラしてる自覚なしの旦那がいた※過去形


今は、同じ市内で暮らす彼だが、直接的に関わることは無くなった。


酷い話だと言われそうだが、彼が4年前に仕事中に高所から落下したことで不自由な体になったもんで、これ幸いといわんばかりに別離を選んだ。


人でなしとは言われた。


彼sideにつく人からすれば、どんな相手だったんだろうが体が不自由になったら、捨てることは許されがたいことらしい。


とっくに籍は抜けていたのに、アナタだけしか頼れないと彼が在籍していた会社の方から、諸々の手続きだのなんだのと頼まれた分に関しては折れて、戸籍上は縁が切れていたのに手を貸していたのに?


それでも人でなしという。


脳を損傷した人が、後になって高次脳機能障害というものになってしまうことがあると、事故直後の病院で担当医から聞いた。


いわゆる、脳の一部がなくなったから、それまでは理性や知性でどうにかなっていた思考が出来なくなる場合ありと。


めちゃめちゃ凹む人もいれば、逆の方に振り切って暴言を吐くようになったり。


彼の元の性格上、後者の方なら容易に想像できてしまったので、これはチャンスと思った。悪いけど。


『そうなったら怖いので』


一番わかりやすい理由だなと思った。


病院の方には、元嫁だという関係性と、そばにいた時の関係性と、これからの彼以外の家族が望む関係性を伝えた。


一か八か。


未来よりも、今日を生きる。


あわよくば。


まるでそれが家訓ですか? と思えそうな生き方を、子どもと妻がいても変えなかった人。


妻の体調や心を無視して、自分が甘えたいように甘えたい人。


幼い日の自分の寂しさを家族が埋めてくれると思ったら、家族の都合や心などおかまいなしに埋めてくれと詰め寄る人。


相手がイエスというまで、ずっと。何度でも。イエスというまで、繰り返し。


たとえそうすることで、家族の…特に嫁の心が壊れることも、離れることも、まったく無いと思えてしまう人。


自分だけは家族に許されると思い続けられる、春の温かさのような脳内の人。


そんな彼と離れられたら、きっと笑えるようになると思ってた。


――――でも、一番最初に顕著になったのは便秘がなくなり、毎朝ちゃんと出るものが出るようになったことだ。


ストレスか、とため息を吐いた。


それから、お金がそれまでと違う方へと使えるようになり、我慢していた本を買えるようになった。


近所の本屋に、駅前のアニメ専門店にと買いに行く。


そうして買った本が、ある場所に積まれていく。


過去に彼が寝ていた場所。


あたしの右横だ。


そこに本が積まれていたら、彼が眠れない。場所が物理的になくなった。これなら大丈夫。


と、見た目で分かるほどに、あからさまな状態へと変化していった。


自覚はしていなかった。


ふと、ある日。寝室なのに、書斎みたいだなと思ったのがキッカケ。


数冊だったはずなのに、彼がいただろう場所に積読のように積まれていく。


時々読むけれど、読まないのに買うだけの本も混じっていることに気づいたのは後のこと。


子どもたちに「最近、結構本買うよね」と何気なく言われて、「そこまで買ってる?」と言い返し。


寝ようかと寝室に入りかけて、入り口で立ち止まった。


「……たしかに、これは多くなってきたかもな」


思わずバツが悪いなと思ってしまうほどに、本がそれなりの高さまで積み上げられはじめていた。


元々読むのは好きで、小説だけれど書くのも好きで。マンガは無理。絵心ないから。


文字だけの中で、脳内で映像化する小説が好きで。


けれど、自分の想像力よりもはるか上の演出をして、わかりやすく表現して読み進められるマンガも好きで。


ふと買ってしまった、何かのマンガの続巻があり。


そこからさかのぼって買いたくなって、冊数が増えて。…のいい意味で、悪循環。本屋のいいカモだ。


書店になければ、取り寄せてもらうようにまでなってしまった。


そうしてあれこれ買うようになって、そこそこの冊数まで行った時にアプリで在庫を管理するようにまでなった。


そうじゃなきゃ、特典が欲しくて買った理由以外で、何冊も買う余裕はなかったので重複避けだ。


本を片手に、バーコードを読みこんでスマホを覗きこんでいるのがいたらあたしです。


買い物をすること自体、ストレス発散になっている自覚はあった。


…でも、彼がいつもいた場所を無くそうとしている自分がいたことに対しての自覚はなかった。多分。


それでもそれなりの時間が経過していけば、自分がどこか壊れてんじゃない? と自覚せざるを得なかった。


たしか、千冊を超えたあたりだろうか。


やってること、おかしくね? と。


その時点で、あたしは睡眠障害をかなり拗らせていた。


彼が出入りしていた頃から、睡眠障害は始まっていて。


寝れるタイミングで寝たいと訴えても、薬でも飲んで深く寝ていなきゃ、彼は自分の甘えだけを正当化したがっていた。


ウトウトしていようが、彼はいつものように正論だといわんばかりに告げていた。


「惚れた女が横にいて、体に反応がない男じゃないよ。俺は」


コッチには気持ちもなければ、触れたいとも触れられたいとも思えないと伝えてあっても…だ。


そんな生活を、まるで日々の鍛錬並みに繰り返し繰り返し繰り返し繰り返しされたら…起きるもんだ。


いないはずなのに見えてしまう、幻視も。


触れる相手がいないのに触れられていると勘違いしてしまう、幻覚も。


彼の声が聴こえる距離にいないのに呼ばれたと思って振り向いてしまう、幻聴も。


それが嫌で嫌で嫌で嫌で、たまらなかったんだな。


その場所を、必死になって本で埋め尽くして、寝たいって言っても本があるからって言おうとしたような気がした。


まるで子どものような行動にも感じたけれど、あたしなりに必死だったんだなと。


早く埋めなきゃ。場所を無くさなきゃ。自分が眠る場所さえあればいいから、あの人が来ても無駄になるように。早く、早く…って。


体が不自由じゃなかったなら、本があろうがなかろうが関係ないといわんばかりに、その場所を奪うだろう彼を想像して。過去の彼の姿が消せなくて、眠っても彼の声に呼ばれた気がして飛び起きて。


隣にいないことに安堵して、鼓動と手の震えが落ち着くまで、自分で自分の手を握って深呼吸を繰り返しながら。


もう、彼はここに居場所がなくなったのに。


いなくなってからの方が、怯えているかのように彼の幻に怯えるようになってしまった。


だから、逃げる。


本の中の別世界に。


決して彼が来ることがない世界に浸りたくて、ページをめくるんだ。





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