さようなら
「ミラベル、そんな言い方はないだろう?」
幾分焦ったようにリカルドが言った。
「僕たちの白い結婚はお互いが納得したものだったはずだ」
さらに続けられた言葉に、ミラベルは自身の微笑みが歪むのを感じて顔を俯ける。
(どの口が、そんな嘘をいうの? 騙し討ちだったくせに)
「どちらにしろもう済んだことでしょう? これからマリエッタがここで暮らすことにそれが関係あるのかしら?」
リカルドの言葉にこれ以上気持ちが掻き乱されることが我慢できず、ミラベルは話を区切るようにそう告げた。半ば睨みつけるように見つめればリカルドが虚をつかれたような顔をする。
「ミラベル?」
どうしてそんな風に言うのか、とでも言い出しかねないリカルドの表情にミラベルは苛立ちが募るのを抑え切れなくなりそうだった。
(もうこんな茶番は早く終わらせてしまいたいわ)
「いずれにしても、私のことは気にせずにマリエッタはここに居ればいいということよ」
そう告げるとミラベルはスッと立ち上がる。
「二人は積もる話があるでしょうから私は失礼するわ」
もちろん嫌味だ。
(私に内緒で何度も二人で会っていたようだし、いまさら積もる話なんてないでしょう?)
たとえ二人で会っていた理由がマリエッタの離婚の相談であってそこにやましい事実がなかったとしても、妻という立場だったミラベルに秘密にしていたことは褒められた行動ではない。
そのことを二人は理解しているのか。
(きっとわかっていないわね。二人とも無自覚に自己中心的な考え方をしているのだから)
自分たちが問題としていないのだからミラベルにとっても問題ないと思っていそうだ。
(もう私は振り回されるのは懲り懲りなのよ)
そう思ってミラベルが応接室を出ようとしたところにマリエッタが声をかける。
「離婚するための手続きのこととか、リカルドがミラベルに内緒で何度も相談に乗ってくれたの。離婚後にリカルドの所に身を寄せても良いのか気になっていたのだけど、お互い納得の上での白い結婚だったのなら遠慮する必要はなかったのね」
「マリエッタ!」
マリエッタの言葉はさらにミラベルの心を抉った。
たとえ悪気がなかったとしても、ミラベルの知らないところで二人で会っていたとはっきりと言われることは許容できるものではない。そして自覚のないマリエッタとは違い、お互い納得の上ではないことを知っているリカルドがマリエッタを制するように名前を呼んだことにもはや嫌悪感を感じた。
「そうね。遠慮せずにリカルドと仲良く過ごしたら良いと思いわ」
それだけ告げるとミラベルは今度こそ二人に背を向ける。
「ミラベル! 離婚の手続きで終わっていない分についてあとでリュミエ家に連絡するから」
なぜか焦ったようにリカルドが早口で言った。
(離婚届はもう出したわ。終わっていない部分は……慰謝料の件ね)
慰謝料といってもリカルドが自身の非を認めたわけではない。彼の中では騙し討ちでの白い結婚はミラベルを救うためのものであり、ミラベルに内緒でマリエッタと会っていたことは不貞行為をしたわけではないため問題ないものとされているのだから。
だからリカルドの中では、彼が支払うのは今後ミラベルがしばらくの間生活に困らないためのある程度の資金ということだ。それすらもリカルドの罪悪感を減らすためのものでしかなく、さらには優しい自分をマリエッタに対して演出するための道具のようなものだろう。
(もはやあなたからは一銭ももらいたくないわ)
そう思ったけれど。
ミラベルはそのことに言及しなかった。
ただ最後に一言だけ。
「さようなら」
そう告げると、後ろを振り返ることなく応接室を後にしたのだった。
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