リカルドの言い分
「本当にそうなの?」
リカルドの言葉に驚き過去のことを思い出していたミラベルは、自身に問いかけられたマリエッタの声に視線を上げた。
「そうね。リカルドの言う通りよ」
(私は決して納得してはいなかったけれど)
そう心の中でつけ加えたが、もちろん声に出しては言わなかった。
(思い返せば『白い結婚』の理由も結婚式の翌日に説明されたわね)
結婚式の後、衝撃の一夜が明けてどことなく気まずい空気のまま迎えた朝食の席で、リカルドは改めてミラベルと結婚した理由を述べた。
曰く、婿を取るのではなく嫁ぐとなると良い相手には大抵婚約者がいるかすでに結婚している。
曰く、今から相手を探しても碌な者はいないだろう。
曰く、ミラベルの両親にはお世話になったし、ミラベルを助けるためにも自分と結婚するのが良いのではないか。しかし自分にとってミラベルはあくまで大事な幼馴染でしかなく、そういった関係にはなれないから白い結婚でいたい。
簡単に言ってしまえばそんな内容だったと思う。
叔父はミラベルにすぐに嫁がなくてもいいと言ったけれど、たしかにリカルドの言うように今から相手を探すのは難しい。
(でもだからといって白い結婚を望んでいたわけではないわ。それに結婚してしまってからそんな大事なことを言うなんて)
婚約期間が短かったとはいえ、話ができなかったわけではない。ましてや同じ邸宅に住んでいたのだから話すことも相談することもいくらでもできたはずだ。
リカルドはあえてミラベルに言わなかった。そのことにミラベルはすぐに思い至る。
(なぜかなんて、きっと考えるまでもないわね)
結婚式の当日、ルドヴィックとマリエッタがミラベルたちにお祝いの言葉を言ってくれた。その時に答えはもう示されていたのだ。
「まさかリカルドに先を越されることになるとは思わなかったが……落ち着いてくれたのなら良かったよ。私がマリエッタと結婚した後もこれで気兼ねなく家に招待することができるな」
「そうね。ルドヴィックが、リカルドが独り身の間は新婚家庭に招くのは目の毒だと言うからしばらく会えなくなってしまうのかと思っていたけれどその心配がなくなったわ。私たちが結婚したらミラベルと一緒に遊びにきてね」
「……ああ。兄さんとマリエッタが気にしていることはわかっていたからね。これからもミラベルと共に家族ぐるみでつき合っていけたらと思っているよ」
三人の会話をミラベルはリカルドの隣で聞いていた。ところどころ気になるところはあったけれど、自分の考えすぎだろうと思うようにしていたのに。
(ルドヴィックはリカルドの気持ちを知っていたから、きっと本当にリカルドの心を案じたのだわ。もちろん、リカルドとマリエッタの間に少しの間違いも起こらないようにという心配はあったのかもしれないけれど)
ルドヴィックは真面目な性格だし、自分がマリエッタと両想いになったことでリカルドが傷ついたことをよく理解していたから。
(マリエッタは……マリエッタは本当にリカルドの気持ちに気づいていなかったのかしら? ああでも、マリエッタは何事もありのままに受け取る性格だから本当に言葉のままの気持ちなのよ。たとえ配慮が足りなかったとしても)
悪意なく無意識に発せられた言葉に傷ついてしまうのはミラベルの気持ちの問題だ。
そしてリカルドは。
(リカルドはマリエッタの側にいられるようにするために私との結婚を選んだのね)
その事実はミラベルを打ちのめした。
結婚の時三人で話していた内容を聞いた時も頭を掠めた考えが、ここにきて確信をもって腑に落ちる。
(マリエッタと今後も会えるようにするには、ルドヴィックに自分はもうマリエッタのことを特別に想ってはいないと納得してもらわなければならないわ。そのために手っ取り早い方法が私との結婚だった)
リカルドも何事もない状態であったならこんな話をミラベルへ持ち掛けはしなかっただろう。何よりも両親が健在であったならリカルドの思惑にも気づいたに違いない。
しかし現状ミラベルは家を継ぐこともできず嫁ぐ先もない状況だ。そしてルドヴィックともマリエッタとも親しく、結婚したら家族ぐるみのつき合いをすることが可能な存在。
これほど都合の良い相手がいるだろうか。
(もちろん、私のことをまったく気に入っていないようであれば無理な話だろうけれど。少なくとも幼馴染として親しくしてこれたということは、友情くらいは感じているのかもしれない)
そして、きっとリカルドはミラベルの気持ちに気づいている。
結婚を申し込んでミラベルを想っているような態度を取り続ければ、スムーズに自分の手に入れたい立場を得ることができるとわかっていたのだろう。
(もしかするとほんの少しは、行く先のない不安定な立場の私を気にしてくれたのかもしれないけれど)
そう思ってしまうのはミラベルの願望か。
(この結婚でリカルドはマリエッタに会える立場を手に入れ、リカルドのことを好きな私は彼と結婚できて今後の心配もなくなる。だからすべてが丸く収まると、そう考えたのね)
そんなものは傲慢でしかないけれど。
(それに、そんな計画を立てたのなら白い結婚なんて言っていないでちゃんと初夜を済ませてしまえば良かったのに。そうすれば少なくとも今の時点で私がリカルドの企みに気づくことはなかったのよ)
だがリカルドは白い結婚を選んだ。彼の中の譲れない一線だったのか、ミラベルに酷いことをしておきながらマリエッタへ捧げる純情なのか。
それとも。
(まさか、いつかマリエッタをルドヴィックから奪うつもりかしら?)
もし今後何らかの方法でリカルドがマリエッタを手に入れた時、ミラベルとは書類上の夫婦だっただけだと言いたいのかもしれない。窮地に陥ったミラベルを助けるために結婚したのだと言えばより一層優しい人と思ってもらえるだろう。
(最悪ね)
ミラベルはこんな形で自分の想いを成就させたいわけではなかった。むしろ幼馴染という立場を捨てて離れていこうと思っていたのに。
なのに引き戻されてしまった。
さらに逃げることの叶わない籠の中に。
かつての絶望を再び思い出しながら、ミラベルはリカルドへヒタッと視線を合わせる。
「私たちは白い結婚だったわ。リカルドの希望した通りにね」
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録、評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。