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ミラベルの結婚

 ミラベルとリカルドの結婚は急遽決まったことではあったが、リュミエ家での立場が曖昧になっていたこと、そしてできる限り早く足場を固めるためにという理由でルドヴィックたちよりも早く式を挙げることになった。

 エスペランサ王国において不幸があった時に喪に服す期間は最低で半年だ。もちろんそれ以上の期間を亡き相手に捧げる家もあるが、今回のように何かしらの理由がある場合は最低限の期間を開ければ誰も何も言わない。


 結婚後、ルドヴィックはヒュラス伯爵家を継ぐがリカルドはヒュラス家の持つ爵位の一つを分け与えられることになる。

 つまり嫡男であるルドヴィックは招待する相手の吟味を含め式も披露宴も準備に相当の時間がかかるが、リカルドはそこまでのものを求められていないということだ。

 今後はルドヴィックの片腕として協力していく立場ということもあり、むしろそれほど盛大にやらない方が良い、そう考えられていた。


 そしてミラベルは婚約と同時にヒュラス家へ花嫁修行と称して滞在することになる。

 リュミエ家を叔父一家がまとめていくためにもその方が良いとミラベルも考えていたので否やはなかった。


 婚約期間中のリカルドは何かにつけミラベルを優先してくれた。

 贈り物もたくさん贈ってくれて街中へのデートにも頻繁に行く。婚約者として何も文句のつけようのない相手だった。


 昔から好きだったリカルドに大事にされる日々はあっという間にミラベルの心にかつての恋心を思い出させた。

 元々厳重に心の中に隠していただけで、ミラベルのリカルドへの気持ちは無くなったわけではなかったのだから。自分で自分の気持ちを誤魔化していただけ。だから許された気持ちが盛り上がるのは仕方のないことだったのだろう。


 リカルドの両親も昔から知っているミラベルのことを可愛がってくれた。

 突然両親を失ったことを心配していたせいもあり、ヒュラス家に入ってからは自分たちのことも実の両親と思って甘えればいいとまで言ってくれたのだ。


 そうやってヒュラス家での日々を過ごすうちにミラベルの心も次第に落ち着きを取り戻していく。

 そして卒業から半年後、ルドヴィックとマリエッタの結婚よりも半年前にミラベルはリカルドとの挙式の日を迎えたのだった。


 当日の光景をミラベルは今でも鮮やかに思い出すことができる。


 結婚式はヒュラス家の領地にある教会で挙げた。

 リュミエ家からは両親の代わりに叔父一家が参列してくれて、ヒュラス家からはリカルドの両親とルドヴィック、そしてルドヴィックの婚約者であるマリエッタが参加した。


 家族だけが参列する結婚式はとても小規模なものだったけれどミラベルに不満はなかった。

 もちろん、学園時代の友人たちに参加してもらいたい気持ちはあった。

 しかし結婚自体が急なこともあり、さらには両親の喪が明けてすぐということも鑑みてミラベルは誰も招待しなかったのだ。

 リカルドからも友人を呼びたいと言われなかったのだから、今にして思えば彼はそれほど大々的に周りに自身の結婚を知らせたくなかったのかもしれない。


 式を挙げた教会はヒュラス家の領地に古くからある。

 小ぢんまりとしているが扉を開けた正面と両側に設えられたステンドグラスは見事なものだった。

 天気に恵まれたこともあり、教会の中にはキラキラとした光が舞い散っていた。

 そんな中ミラベルは叔父にエスコートされて祭壇まで続く赤いウェディングアイルを歩く。

 祭壇の前に佇む黒のモーニングコートをまとったリカルドはミラベルの目にいつにもまして輝いて見えた。


 夢にまで見た結婚式。

 ミラベルに向かって微笑んでくれたリカルドの顔も、誓いの言葉を言った声も、いまでも目に耳に焼きついている。


 そうして幸せな結婚式を挙げたミラベルは、しかしその夜に自身の大きな思い違いに直面した。

 

「え……どういうことかしら?」


 侍女に薄手のナイトドレスを着せられて夫婦の寝室で待っていたミラベルに、リカルドは初夜の儀はしないと言った。


「ミラベルとこれからも一緒に生きていきたいと思う。でも、白い結婚でいたい」


 リカルドの言っている意味がわからなかった。

 結婚したからには将来的に子どもも欲しいと思っていたし、リカルドともそういった関係になると思っていたからだ。


「私は……ちゃんとした夫婦になりたいと思うわ」


 今までであればミラベルはあまり自分の希望を前面に出すことはなかった。けれどこのことに関して遠慮してはいけないと、思い切って自身の思いを告げる。


「……ごめん。受け入れることは、できない」


 申し訳なさそうな顔をしたリカルドは、しかし頑として自分の意思を曲げなかった。


「それならなぜ私に結婚を申し込んだの?」

「一緒に生きていきたいと思ったからだよ」

「でも本当の家族にはならないということよね?」

「何を言うんだ。ちゃんと届も出したし、戸籍上も夫婦になっただろう?」

「夫婦……リカルドにとっての夫婦って一体何? それに、子どももいらないというの?」

「子どものことは……追い追い考えていこう」


(考えるってどういうこと? 初夜すら済ませない夫婦の間に子どもはできない。それとも養子でも取ろうというの?)

 

 リカルドはヒュラス家の嫡男ではない。結婚と同時に子爵の位を与えられたから子どもが産まれたとして継ぐ家はあるが、あくまで分家。仮に子どもが産まれず継ぐ者がいなければ爵位はヒュラス家に戻されるだけである。


「結婚式もあって疲れただろう? 今日はもう遅いし、早く休もう」


 そう言ってリカルドはミラベルと共に使うベッドへ寝転んだ。

 広いベッドは二人が寝てもまだ余裕がある。真ん中よりも少し反対側に身を寄せ、ミラベルを抱きしめることもなくリカルドはこちらに背を向けた。


 新婚初夜を一緒のベッドで寝ない夫婦などいない。

 ここで別々に休もうものなら使用人も不審に思うだろうし、場合によっては口さがない者たちの噂話にされる可能性もある。

 もちろん家の者たちが不用意に噂をするとは思わないが、用心するに越したことはない。

 

「周りの人に、白い結婚だと言うの?」


 リカルドの背中にミラベルは小さく問いかけた。

 途端にリカルドがガバリッと起き上がる。


「まさか言うつもりか?」


 ミラベルを見据えるリカルドの目には怒りの感情が見える。


(なぜ?)


 ミラベルにはそんな目で見られる理由など思い浮かばなかった。


(結婚したのなら普通に思うことを望んだだけなのに)


「……いいえ」


 言うわけがない。いや、言えるわけがない。結婚当日に夫から拒まれたなど、いったい誰が言えると言うのだろう。


「そうか。ならいい」


 ミラベルの答えを聞くとリカルドはまるで興味を失ったかのように再び背を向けた。

 

 なぜこうなってしまったのかミラベルは何度考えてもわからなかった。

 でもリカルドと自分の思うような関係にはなれないのだと、拒まれたその背中を見つめる中でそれだけは理解したのだった。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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