予期せぬ求婚
その知らせはミラベルの卒業間近にもたらされた。
一足先に卒業したルドヴィックとマリエッタの結婚式が一年後に控えていた頃だ。
ミラベルはルドヴィックとマリエッタは彼女が卒業してすぐに結婚すると思っていた。しかしミラベルの予想に反し、二人の結婚はマリエッタが卒業してから二年半後になった。ルドヴィックが今後当主を引き継ぎ領地経営をするためにはもう少し勉強をしたいと言ったからだ。
結果としてミラベルは学園があるからと言い訳をするわけにもいかず二人の結婚式に出席することになってしまった。
その頃にはミラベルも自身の心にしっかりと蓋をし、リカルドを前にしても良き幼馴染の顔ができていたと思う。
ただそれでも、ルドヴィックとマリエッタがとうとう結婚してしまうことにショックを受けるであろうリカルドを見るのは辛かった。ましてやその彼を慰めることはきっとできないだろうと思った。
リカルドがショックを受ければ受けるほど、その想いの強さにミラベルも苦しめられるからだ。
そうやって今後の幼馴染との関係を悩んでいられたのは、しかしミラベルにとってはまだ幸せな時間だったのだろう。
卒業まであと半月と迫ったある日、ミラベルの元に速達が届いた。
それはミラベルの両親の事故死を告げる内容で、同時にミラベルが否が応でも大人にならなければならなくなった通告だった。
そこから半月の記憶は今でも曖昧だ。
叔父の協力の元両親の葬儀を執り行い、気持ちの整理もつかぬ内になんとか学園の卒業式には参加した。
ミラベルはリュミエ家の一人娘だが、エスペランサ王国では女性が爵位を継ぐことが認められていない。そのため息女しかいない家を継ぐ場合は婿を取るしか方法がなかった。
つまり、ミラベルがリュミエ家を継ぐには婿を取るしかないが、その婚姻を成立させるには当主の承認が必要となる。
父親が亡くなった時点でリュミエ家は当主不在となり、ミラベルの婚姻を承認してくれる人がいなくなってしまった。結果として、ミラベルはどうやってもリュミエ家を継ぐことはできない事態に陥ったのである。
幸いなことに父の弟である叔父はミラベルに対して好意的だった。今までも親戚仲が良かったこともあり、ミラベルは叔父にリュミエ家を継いでもらうことになる。
しかしそうなると、今度は今後の自分の身の振り方を考えなければならない。
ミラベルには婚約者がいなかった。将来的に婿を取らなければならないこともあり、両親が慎重に相手を選んでいたせいもある。また、ミラベル自身も当主は夫に任せるとしても領内のことを学んでおきたいと思っていたからだ。
結婚は家と家の契約であり婿に入るのは基本的に嫡男以外の者になる。両家の利害関係がゼロでない限り、受け入れる側は婿入りする者が婚家を一番に考えられるかどうかを見極める必要があった。
実際に生家の利益を一番に考える者を迎えた家が損害を受けたことも今までにある。そういった面を警戒するためにも、婿を取り家を継ぐ令嬢はあまり早く婚約者を決めないことも珍しくない。事実学園に通う女生徒の中で、嫁ぐ予定の者にはたいてい婚約者がいたが家を継ぐ者にはほとんどいなかった。
それに、早くから婚約を整えてしまえば確約された当主の座にあぐらをかいて怠ける者も出てくる。本人の適性や性格も大人になって変化が出ることもあって、ある程度成熟した時点で相手を決めたいというのも婿を取らなければならない家の共通の考えだろう。
叔父は両親を亡くしたばかりのミラベルの心を慮り、すぐに結婚する必要はないと言った。ミラベルの心が落ち着いてからゆっくり考えればいいと。
しかしミラベルはもう子どもではない。学園を卒業した時点で貴族社会では成人とみなされるのだから。
嫁がなければならないのに婚約者のいない状況は決して楽観できる状態ではないと、ミラベルもよくよく理解していた。
だから、予期せぬ求婚を受けた時とても驚いた。
そして同時にその申し出はとても嬉しく、そしてミラベルを救ってくれるものだと思ってしまった。
「ミラベル、良ければこれからの人生を共に歩んでもらえないだろうか?」
そう言ってリカルドが目の前に跪いて求婚してくれたから。今思えばその時がミラベルにとってこの結婚で一番満たされた時だったと思う。
しっかりと蓋をして忘れたように振る舞っていたけれど、リカルドに対する気持ちが無くなったわけではなかった。リカルドのプロポーズで溢れ出したミラベルの想いは涙となって現れる。
「私で良ければ」
そう言ってリカルドの手を取った時、ミラベルは幸せでいっぱいだった。
幼い頃から大好きだったリカルドのお嫁さんになる。そんな夢のようなことが自分の身に起きるなんて思ってもいなかった。
両親を亡くすというこの上ない不幸から、長年思い続けた想い人と結婚するという幸福。
たった少しの間に大きく気持ちを揺さぶられながらも、ミラベルは未来への希望を持つことができた。
これから幸せになれると、信じることができた。
しかしその希望が夢と消えてしまうことを、ミラベルはすぐに知ることとなる。
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