パメラの訪問
「本当に久しぶりだわ! 離婚したことを真っ先に知らせてくれないなんて、ミラベルったら水臭いんだから‼︎」
指定された訪問日、パメラは時間ぴったりに商会を訪れた。そしてミラベルに会った第一声がこれである。口では怒ったように言いながら会えたことが嬉しいとパメラは満面の笑みで笑った。
マラカイトグリーンの瞳は生き生きと輝き、貴婦人らしくサイドアップされた銀糸の髪が華やかさを増している。
「知らせるのが遅くなってしまってごめんなさい」
パメラが心の底から心配してくれていたことがわかりミラベルは申し訳ない気持ちになった。離婚は良い報告ではなかったし、生活が落ち着いてからと思って出した手紙では遅かったらしい。
「まぁ、アルバートが先に知っているのは仕方ないのでしょうけど」
そしてパメラはわけ知り顔で頷く。その納得したような態度にミラベルは首を傾げた。
「商会では情報も扱っているのでしょう? アルバートがミラベルの異変に気づかないわけないものね。離婚しただなんて、届けを出した日には知っていたのではなくて?」
パメラの言葉にアルバートは素知らぬ顔だ。
「ともすればストーカーよね。でもミラベルの嫌がることは決してしないとわかっているから、ある意味護衛としてはいいのかしら?」
なかなかに失礼なことを言いながらパメラが自分自身に問いかける。もちろん誰もそれに対して答えなかったけれど。
「いくらなんでもアルバートはそこまで暇ではないわ。毎日目が回るくらい仕事で忙しいのだもの」
見かねたミラベルがそう言ったが、なぜかアルバートは目を逸らしパメラは困った子を見るような視線を寄越した。
「まぁいいわ。とにかく、久しぶりに会えて嬉しいのよ!」
ミラベルはそう言ったパメラを応接ソファに促す。再会に喜ぶあまり入り口に立ちっ放しになっていたことに気づいたからだ。
公爵夫人というだけあってパメラには二人の護衛騎士がついている。その二人を商会長の部屋の扉脇に待機させ、室内には三人だけになった。そして応接テーブルを挟んでミラベルとパメラは向かい合わせに腰掛け、アルバートはミラベルの横に腰を下ろす。
「そういえば、キリアンも二人に会いたいって言っていたわ」
パメラの口から懐かしい名前が飛び出してミラベルは知らず知らずの内に笑顔になった。キリアンは学園生時代に同じ班になって親しくなった伯爵令息だ。誠実で真面目な性格の彼は大人しくはあったが、それでいて芯の通った強さがあった。
「キリアンは今どうしているのかしら?」
リカルドと結婚してからミラベルはアルバートだけでなくキリアンとも会うことはなかった。手紙でのやり取りもあまりできなかったから、ここ最近の彼がどうしているのかを知らない。
「キリアンは弁護士になったのよ」
「弁護士ですって⁉︎」
予想外の返答がきてミラベルは思わず大きな声を出してしまった。
キリアンは伯爵家の次男で、卒業時には兄の仕事を手伝うと言っていなかっただろうか。
「そうよ。ロウ家は数年前に嫡男が跡を継いで昨年にはご子息が生まれたの。それによってキリアンはスペアとしての役目は終わったと言っていたわ」
たしかに、跡を継ぐための後継者が生まれるまではキリアンも家から離れることは難しかったのだろう。とはいえ弁護士とは意外だった。
「あの大人しいキリアンが弁護士になったのね」
「大人しいけれど曲がったことを許さない芯の強い人でしょう? それに、彼も以前のように大人しいばかりではないと思うわ」
ミラベルが覚えているのは卒業の時のキリアンだ。青年とはいえまだ大人と呼ぶには少し頼りないように見えた彼も、今では立派な弁護士になったということか。
そんなことが感慨深く感じられてミラベルはつかの間言葉に詰まった。
「王都で弁護士事務所を開いてそれなりに手広くやっているわ。キリアンはああいう性格ですもの。貴族だけでなく平民の力にもなってるみたいよ」
「彼らしいわね」
真面目で誠実な性格は健在ということだろう。困っている人がいたら見捨てられないのは彼の優しさだ。
「本当、またみんなで会えるといいわね」
心からそう思ってミラベルは言った。
そんな少ししんみりとした空気を払拭しようとしたのだろうか。ふと思いついたとでもいうようにアルバートが口を開いた。
「そういえば、なぜキリアンは名前呼びなのに俺はアルバートなんだ?」
「……本当に今さらな話題ね」
呆れたようにパメラが答える。
「たしか初対面の時に『アルバートと呼べ』って言ったんじゃなかったかしら?」
ミラベルの返答にアルバートが「そうだったか?」とでもいうような顔をする。
「今さら『テオ』とは呼べないわよ」
無理無理とでもいうようにパメラが首を振った。
アルバートのフルネームはテオ・アルバートだ。今まで名前で呼んだことはなかったからミラベルにしても馴染みが薄い。
(テオと呼んだらアルバートではないみたいね)
ミラベルはそう思ったが、そんなことを考えている彼女をアルバートがじっと見つめていることには気づかなかったのだった。
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