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雇用主と従業員

 アルバートに雇われてから一ヶ月が経った。


「今日は午前中に繊維事業に関する会合、そして午後からは高温障害に強い農作物の件でフォルトゥーナから担当者がいらっしゃいます」


 商会へと移動する馬車の中でミラベルは本日の予定をアルバートと共有する。


「フォルトゥーナか。あの国は閉鎖的だが、やっと会談まで漕ぎ着けられたのは幸いだな」


 エスペランサ王国と国境を接するフォルトゥーナ国は昔から他国との交流をあまり持たない閉鎖的な国だ。それでも近年少しずつお互いの国にとって有益な部分に関しては市民間でのやり取りが増えていた。その中でも今日はフォルトゥーナが開発した高温障害に強い植物の流通に関しての話し合いとなる。


「王都の名立たる商会ではなく新興とも言えるアルバート商会との取り引きに承諾されるとは思いませんでしたわ」

「いわゆる有名な商会は基本姿勢が居丈高だからな。元々他国とのつき合いを好まなかったフォルトゥーナ側にしてみれば新興商会であっても自国への融通を利かせてくれる相手と取り引きしたかったのだろう」


(たしかに、王都の主たる商会の皆さんは上から目線が基本ですものね)


 ミラベルは商会の社員がやり取りしている様を思い出しながらため息をついた。


 元々王都の商会はアルバート家と同様嫡男以外の貴族の子息が興した店ばかりだ。家によってはその家の持つ数ある爵位の中から一つを継がせているところもある。多くの貴族を相手にし、時には貴族側から請われていろいろと融通していく内に彼らの態度は横柄になっていったのだろう。

 もちろん客に対してそんな態度は取らないが、仕事相手には違った顔を見せるものだった。


「もしこの商談が上手くまとまればリュミエ領にとっては朗報だ」


 手元の書類に視線を落としながら言ったアルバートに、ミラベルは一瞬言葉を失った。


(ここ数年高温によって不作に悩んでいた領の事情を気にしてくれていたのね)


 ミラベルはリュミエ領の内情をアルバートに伝えたことはない。それなのにこうやって気遣ってくれる現状にミラベルは何とも言えないくすぐったさを感じた。

 もちろん、仕事として請け負うからにはアルバートにしてみても利益の出ない取り引きはしないだろう。ただそうであったとしても、他国との取り引きが自国内の貴族とのやり取りよりも困難を伴うとわかっていて取り組んでくれていたのはミラベルのためなのかもしれないと思った。


「そうね。上手くまとまることを願っているわ」


 アルバートの秘書としての仕事を始めてミラベルは彼の忙しさを痛感した。

 ミラベルが朝アルバートと一緒の馬車に乗っていること、つまり、同じ邸宅から出勤しているのもそれが理由の一つだった。


 元々ミラベルは商会の所有する寮に暮らすつもりだった。寮には食堂もついているし、お風呂も最初から頼んでおけば問題ない。自分の収入で暮らしていくことを考えれば寮に住めるのはとても魅力的だ。


 しかし、肝心のアルバートがそれを許さなかった。


「寮に住む? ダメだ」

「でも他に住まいを借りるにはよりお金がかかってしまうし通勤も大変になるわ。だから寮を借りられるととてもありがたいのだけど」


 たしかに、寮に住んでいるのは主に平民の職員ばかりだ。そこに突然立場だけは貴族であるミラベルが住むと彼らも戸惑うかもしれない。それでも受け入れてもらえるように努力するつもりだった。

 

「契約書にも住居を保証するとあっただろう?」

「だからそれは寮へ入ることを認めるという意味ではないの?」


 それとも家賃補助を出すかもしくはどこかの部屋を商会で借り上げて貸与するということだろうか。いずれにしても寮よりも出費がかさみそうだ。


「ミラベルの住居はもう決まっている。俺の住む邸宅だ」

「え⁉︎」


 アルバートが住んでいるのは商会からほど近い場所に構える邸宅だ。それなりの部屋数もあり使用人もいる。ミラベル一人くらい住まわせたところで困らないのはたしかだが、離婚したばかりの婦人が暮らすともなれば周りからの誤解を招くだろう。


(マリエッタのように私がアルバートと婚約するというのであれば問題ないのでしょうけど、そういうわけではないし)


 アルバートから気持ちを伝えられたとはいえ現状二人の関係は雇用主と従業員だ。


(それに、あんなことを言っていた割にアルバートはあれ以降気持ちを押し付けることはもちろん匂わせることすらしないわ。あの時の言葉が嘘だったかのように)


 雇用主が従業員に対して関係を強要すれば立場の弱い従業員側が拒むことは難しい。そのことを意識しているからか、アルバートはミラベルに何かを求めるようなことは言わなかった。


「周りの人の目もあるでしょう? あなたの家にお世話になるわけにはいかないわ」

「関係のない人間の目なんてどうでもいいが……」


 どうでも良くはないわよ、と気にするミラベルに対してアルバートが言葉を続ける。


「ミラベルが気にする気持ちもわからなくはない。しかし俺としては仕事以外の場所でこそ口説きたいところだな」


 ニヤリと笑って言われた言葉にミラベルの頬が赤みを帯びた。不意打ちもいいところである。


(突然そんなことを言うなんて反則だわ!)


「まぁそれが本音ではあるが、それだけが理由ではない」

「……?」

「ミラベルには邸宅内での雑務もお願いしたいと言っただろう? 通いで仕事をこなしてもらうことももちろんできるが、通勤にかかる時間がもったいないし突然の対処が必要になることもある。さらには邸宅から商会への移動の間も仕事ができるし、効率を考えればやはり同じ場所に住んでもらった方がいい」

 毎日と思えばたしかに通うことによって無駄になる時間もあるのだろう。しかし貴族は体面を大事にするものだから、とミラベルは思った。

 

 たが結局少しの押し問答を経てミラベルが折れることになる。所詮自分に関する体面などすでにあって無いようなものだし、アルバートは自身のそれをほとんど気にしていなかったから。


 そして同居してみて実感する。


 通勤時間すらもったいないと思うくらいには、アルバートが多忙であるということを。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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ミラベルが好きになれない、、、アルバートは大好きよ
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