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約束

 ミラベルの人生において、リカルドとルドヴィックそしてマリエッタとのつき合いが一番薄かったのは間違いなく学園へ通っていた時期だ。幼馴染との適切な距離を保つことを意識していたミラベルはクラスメイトや他の学園生とのつき合いに重きをおいていた。たとえリカルドにつき合いが悪いと言われても幼馴染よりもクラスメイトとの予定を優先したのはそのせいだ。


(どうせリカルドが私を誘ってくるのはマリエッタがそう言ったから)


 その思いもあった。

 そしてそれはあながち間違ってはいなかったのだろう。ミラベルからマリエッタへ、しばらくはクラスメイトとの時間を優先したいと言ったらリカルドがそれ以上誘ってくることはなかったのだから。


 そうして初めて、ミラベルは幼馴染以外と多くの時間を過ごすようになった。


 そもそもアルバートと出会ったのは同じクラスになったからだ。調べ物をして発表をするグループで一緒になったのがきっかけだった。ミラベルとアルバート、そして侯爵令嬢のパメラ・ウィルソンと伯爵令息のキリアン・ロウの四人でのグループだ。


 パメラは侯爵家という高位貴族の令嬢ではあったが本人は家柄を鼻にかけることのない気さくな性格だった。そしてキリアンは真面目で融通のきかないところはあるが貴族社会では珍しいくらい誠実な性格。そこにアルバートとミラベルが一緒になったグループは思った以上に上手くいっていた。


 アルバートはその当時からすでに今のようなどことなく捉えどころのない性格だったし癖が強いところも変わっていない。それでも相性が良かったのか、裏表のない性格の生徒が集まっていたからかグループを組んでからそう経たない内に四人はとても仲良くなった。


(思えばあの時が気持ちの上で一番自由だったのかもしれないわ)


 そう思うのは、それ以外の時には常に近くに幼馴染の存在があったからだ。現実的な距離だけではなく心理的な距離も含めて。

 ずっとリカルドに囚われていたミラベルだったけれど、唯一学園に通っていた期間だけは自分の恋心から距離を置くことのできた時間でもあった。そしてそのままリカルドへの気持ちが薄れていけば良かったのだが。


 結局卒業を半月後に控えたあの時に、もしかすると手にしたかもしれない未来を手放してしまった。


「ミラベル、好きだ。どうか俺に寄り添う権利をくれないか」


 アルバートがそう言ってくれたのは学園の卒業式の時。


 ミラベルはアルバートの気持ちに気づいていなかった。そしてその時にはすでにリカルドとの結婚が決まっていて。


「私を想ってくれてありがとう。でも、ごめんなさい。気持ちには応えられないわ」

「これからどうするんだ?」

「ヒュラス家に嫁ぐことになったの」

「ヒュラス? もしかして、リカルド・ヒュラスか?」


 アルバートはミラベルに気持ちを伝えてくれたけれど、自分の望みを叶えることは難しいとわかっていたに違いない。なぜならその時点でアルバートは侯爵家の三男でしかなく将来がまだ定まっていなかったら。家門の仕事を手伝うわけではないアルバートが、卒業と同時に貴族の妻を娶り養うことは難しかっただろう。


 それでも、両親を失いいく先のなくなったミラベルを心配してくれていたに違いない。もちろん伝えてくれた気持ちも本心だった。


「ええ。そうよ」

「ミラベルはリカルド・ヒュラスを避けていただろう?」


(気づいていたの?)


 アルバートの言葉にミラベルは驚いた。リカルドは時々ミラベルの教室へやってくることがあった。以前よりは控えめにしていただけですべてのつき合いを絶っていたわけではなかったから。そしてそんな時はたいていマリエッタを伴っていた。


 二人が一緒にいる姿を見たくなくて何回かアルバートたちに不在を伝えてもらったことがあったけれど、なぜそんなことをしたのかをアルバートはちゃんと理解していたのだろう。


「そうね。たしかに避けていたわ」

「ならなぜ! あいつはフルール嬢のことを……」

「リカルドは、これからの人生を共に歩もうと言ってくれたわ!」


 現実を突きつけられる気がして、アルバートの口からリカルドとマリエッタのことを言われたくなかった。だからミラベルはアルバートの言葉に被せるように言い放つ。


「たしかにリカルドはマリエッタのことを想っていたかもしれない。でもこれから共に生きていく相手に私を選んでくれたの」


 ミラベルにしてもリカルドが本当にマリエッタへの気持ちを思い出にできたのかはわからなかった。それでもリカルドの言葉を信じたかったし、求婚してくれた時の喜びに満ちた自分の心を大事にしたかった。


「……わかった。声を荒げて悪かった」


 そう言って俯いたアルバートは何かを堪えるかのように体の両脇でぎゅっと拳を握る。お互いの息遣いさえ聞こえてしまいそうな沈黙がつかの間二人の間に落ちた。


「もし……」


 そして沈黙を破ったのはアルバートだった。


「今後もし、何か困るようなことが起こったら必ず連絡して欲しい」


 卒業してリカルドと結婚したらいくら学生時代の友とはいえおいそれと連絡を取ることはできなくなるだろう。ましてやアルバートが独身なら尚のこと、いらぬ誤解を招かないようにするためにもせいぜい手紙で季節の挨拶を交わすくらいだろうか。


「わかったわ」


 リカルドと結婚するのだから困るようなことが起こるとは思えなかったけれどミラベルはそう答えた。


「必ずだ。約束してくれ」

「約束する」


 アルバートの念押しに答えれば、彼はキュッと唇を引き結んでミラベルを見つめる。じっとこちらを見る瞳によぎる想いが何なのかミラベルにはわからなかった。でもミラベルは逸らすことなくその目を見つめ返した。


 おそらくこうやって話せるのは最後だと思ったから。

『ありがとう』という感謝の気持ちを込めて。


 アルバートとの別れは同時に子ども時代との別れ。同じ女性同士であるパメラとはまた会えるかもしれないが、彼女は侯爵令嬢でミラベルは子爵夫人になる。表向きは平等をうたう学園時代とは違い社交界では爵位の差が影響してくるだろう。もちろん男性であるキリアンとの関係もアルバートと同様だ。


 だから、楽しかった思い出を胸に別々の道を行く。

 その道が再び交わることはないと思ったから、ミラベルはその日の出来事を大切に胸にしまった。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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よろしくお願いします。

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