47 余話
*プラータ王子視点*
『久し振りだな、小さいの』
「お久し振りです。ネージュ殿」
今、私の目の前に居るのは、大型犬の大きさの真っ白な毛並みのフェンリル。本来の大きさではないが、圧は恐ろしいものがある。
ネージュ殿に初めて会ったのは20年以上前。魔王国の森で穢れた魔獣を追っていると──気が付けばこの森に居た。何処の森なのか、どうなっているのか全く分からなかったが、兎に角、穢れた魔獣を森の外へ出す訳にはいかず、ひたすらその魔獣を追っていると──
『主!』
「戒めの拘束!」
目の前に、大きな白色の魔獣の背に乗った小さな女の子が現れた。黒色の髪を靡かせた少女が放った魔法は、薔薇の蔦のような物で、スルスルと伸びて私の追っていた魔獣をあっと言う間に絡め取った。
『グワアアアー』
その魔獣が、蔦から逃れようと大声を上げて暴れ出す。
ーあの位の蔦ならすぐに逃れて、今度はあの少女が危ないなー
と、攻撃魔法の発動を始めようとすると───
『グゥゥ──────』
「…………」
バタバタと藻掻いていた魔獣の声が弱々しくなり、動きも小さくなり、そのままその場に倒れた。
「────え?」
「ん?」
俺の声に反応して振り返った少女と目が合った。
「誰?」
「───っ!?」
黒色の髪に、淡い水色の瞳の小さな女の子──なのに、その少女から視線を逸らす事ができない上、体が強張って動けず背中に嫌な汗が溢れ出した。
「お前が、あの魔獣をこの森に放ったのか?」
「もしそうなら、見逃せないな」
「ちがっ───」
背後から剣を突きつけられた。
ー全く気配を感じなかったのに!ー
「ディ、リュウ、その人はこの魔獣を追って来ていただけだから!その人は大丈夫!」
「「ハルが言うなら……」」
と、ハルと呼ばれる少女の一言で、私に突きつけられていた剣が下ろされ、振り返ると、そこには2人の男が居た。1人は騎士だろう。もう1人は……かなりの魔力を持った者だ。私もかなりの魔力持ちだけど、それ以上だ。とは言え、この中での一番は……黒髪の少女だ。
ー魔王国に、こんな者達が居たか?ー
居たなら、父上から聞かされていただろうけど、聞いた事はない。
『その小さいのは、この世界の者では無いな』
「あ、そうなんだ」
「なるほど、迷い込んだんだな」
白色の魔獣が呼ぶ『小さいの』は、どうやら私の事らしく、違う世界からこの森に迷い込んでしまったのでは?と言う事だった。『そんな事が有り得るのか?』と言うと、『私もそんな感じだし』と、ハルと呼ばれる少女がへによっと笑った。
ー可愛らしいな。魔力も恐ろしい程だし、私の嫁にー
「ハルは俺の妻だ」
「っ!?」
騎士と思われる者が放つ殺気が半端無い。兎に角、これ以上、あの少女を見るのは止めた方が良いと言う事は理解した。
「えっと……あの……さっきの“戒めの拘束”と言う魔法は………」
『アレは、我が主が作った防御魔法だ』
「防御……魔法???」
ーいや、アレは攻撃魔法だった……よな?ー
理解がいまいち追いつかず、暫くの間、少女達を質問攻めしたのは言うまでもない。
******
「あの時は、本当にありがとうございました」
『少しは成長したみたいだな』
かなり成長したと思うけど、ネージュ殿からしたら、ほんの微々たるものでしかないようだ。
「戒めの拘束のお陰で、他国とのいざこざを招かずに済んで、逆賊も始末できました」
『そうか……』
ネージュ殿がニヤッと笑う。
「あれ?プラータ王子?」
「あ、ハル様!!と、エディオル様、お久し振りです」
「また迷い込んだのか?」
「そのようです」
ネージュ殿の後ろから現れたのは、小さいけど大きなハル様と、普通の人間ではないエディオル様。
ハル様は魔法使いで、私に“戒めの拘束”の魔法を教えてくれた師匠だ(師匠呼びは嫌だと言われた)。ハル様の様にスルスルと延ばして遠くのモノを確実に捉える事はできないけど、近距離であれば問題無い。それでも、ごっそり魔力が消費されるのに、ハル様はいくら魔法を使っても平気なんだそうだ。
『主はチート故な……』
と、いつもネージュ殿が嬉しそうに言っている。
本当に、ハル様は見た目は小動物だし天然なのに……本気を出せば一国を滅ぼせる力を持っている。本人いわく、攻撃魔法は苦手らしい。
ー戒めの拘束は、立派な攻撃魔法ですけど?ー
とは、絶対に口にしてはいけない。口にしようもんなら、ネージュ殿とエディオル様に何をされるのか──想像する事もしたくない。
「ハル様の指導のお陰で、“戒めの拘束”を修得して逆賊を捕らえる事ができました。ありがとうございました」
「そうなの?それなら良かった」
にっこりと嬉しそう笑うハル様は───
一 一体何歳なんだ?ー
子供どころか、孫も居るんだそうだ。本当に色々不思議で恐ろしい人間だなと思う。
前回、この森に迷い込んだ時は、3日程で魔王国に戻った。今回は、何日ぐらいになるのか?戻れる迄の間、また師匠に攻げ──防御魔法を教えてもらうのも良いかもしれない。
********
と思っていたのに──
『今回は俺が、剣の指導をしようか?』
と、エディオル様に言われて拒否する事もできず、ひたすらエディオル様からの訓練を受けた。
ーエディオル様も普通の騎士じゃないー
魔王国どころか、この世界では私もそれなりの実力者なのに、あっちの世界に行くと、如何に自分がちっぽけな存在なのかを思い知らされる。
「あれ?プラータ?」
「マシロ、久し振りだね」
何故か、魔王国の森からあっち世界の森に迷い込んだにも関わらず、竜王国のどこかの森に戻って来ていた。マシロが居ると言う事は、竜王国の西領なんだろう。
「西に何が用があった?」
「いや……まぁ…久し振りに双子は元気かな?と思って。先触れも無く来てしまって申し訳ない…」
「ふふっ。プラータならいつでも大歓迎よ。でも、今双子は───」
バサッ────
『おう、プラータか。今日はどうした?』
「竜王陛下………」
上空に現れたのは、黒竜姿の竜王バージル。西領に居ると言う事は──
『『バージルさま、ありがとうございます』』
その黒竜の背中から飛び降りて来たのは、白色と黒色の鷲だ。マシロとカイルスの双子の子供達。月に一度西領では“黒竜が白色と黒色の鷲を背負って飛行している姿”を見る事ができるんだそうだ。
『『かあさま、ただいま』』
「おかえりなさい」
2羽の鷲を抱き留めるマシロは、本当に幸せそうだ。
「バージルさん、今日もありがとうございます。お茶を用意してるから、離宮に来て下さい。プラータも一緒にどうかな?」
「お言葉に甘えて」
「良かった。それじゃあ、離宮に帰ろう」
そう言うと、マシロが白竜になり、背中に双子の鷲を乗せて飛び立つ。彼女もまた、出会った頃は弱々しい少女だったのに、今では立派な守護竜だ。この世界で幸せに過ごす事ができている事が、何よりも嬉しい。
『プラータ、お前も早く良い伴侶と巡り会えると良いな』
「………その言葉、そのまま竜王陛下にお返ししますよ」
と言うと、竜王陛下は静かに笑った。




