16 同じ黒色
「落ち着いて!私は貴方を保護した───」
ガシャンッ───
「マイラ、どうした!?」
物が割れる音とマイラの大声が響き渡る部屋に入ると、保護した女性がマイラに向かって枕を投げようとしていた。どうやら、彼女は混乱しているようだ。このままだと危険だから、少し荒療治にはなるが、気を失わせて──とソロリと彼女に近付くと、その彼女と視線が合った。そんな彼女の瞳もまた、髪と同じ黒色だった。その黒色の瞳が大きく見開かれ、彼女の動きがピタリと止まったかと思えば、今度は俺の方へと走って来た。『突撃されるのか?』と身構えていたが、彼女は俺に手を伸ばして抱きついて来た。
「え?」
「は?」
戸惑いの声が出たのは、俺もマイラも同時だった。よく分からない状況で、取り敢えず離れてもらおうとしたが、更にギュウッと抱きつかれた挙句、首輪のせいで声は聞こえないが泣いてもいるようだった。
「すまないが、少し離れてくれないか?」
「…………」
「ここには、君を害する者は誰1人居ないから」
「…………」
「ねぇ……私じゃ駄目?」
俺の言葉には無反応のまま泣き続け、マイラが彼女の肩に手を掛けて言葉を掛けると、彼女はまた更に俺にしがみつく力を強めた。
「マイラ、もう、このままで良い……」
「ですね………」
離そうとすればする程抱きついてくる力が強くなる。勿論、全く苦しい訳ではないし、これぐらいなら簡単に引き離す事はできる。ただ、マシロもこうだったのか?と思うと、どうしても無理矢理離すのもどうか?と思ってしまったのだ。ただ、今、抱きついているのはマシロではないから、「可哀想に」と言う感情しか無い。これがマシロなら、きっと腕の中に閉じ込めてずっと離さないと言う自信がある。
「一応、マシロ様にも報告しないといけないから……しますね……」
「そうだな………」
ーレナルド殿が来るのは、夜だったなー
「あ、念の為にユマ様とレナルド様にも報告を飛ばします!」
「頼む……」
マイラは急いで部屋から出て行き、入れ替わるようにイネスがやって来たが、やっぱり彼女は俺から離れようとはしなかった。
ーマシロが寝た後で良かったー
この女性にとって、俺の何かが安心するから抱きついているだけなんだろうし、俺もこの女性に対して想いがある訳でもないが、やっぱりマシロ以外の女性に抱きつかれている姿なんて、マシロには見られたくない──が、いつこの状態から開放されるのかは分からない。マシロに見られずに済むと言う事はないだろう。
「取り敢えず、他の男性の使用人で大丈夫なのか試してみましょうか?」
「頼む」
そうして、イネスが何人かの男性の使用人を連れて来たが、やっぱり彼女は俺から離れる事はなかった。
「これは、仕方ありませんね……」
「そうだな………」
気が付けば、彼女は俺に抱きついたまま眠ってしまっていた。なら、ベッドに戻そうか──としたが、ガッツリ掴まれていて、俺から離す事ができなかった。
「そろそろマシロ様が起きる頃なので、報告ついでに行って来ます」
「分かった」
イネスが退室してから、俺は大きく溜め息を吐いた。
******
「マシロです。入りますね」
日も暮れかけた頃、マシロが部屋にやって来た。
「今は大丈夫ですか?」
「寝ているから大丈夫だ」
「カイルス様、お疲れ様です」
「レナルド殿!来れるのは、夜だと聞いていたが──」
「ユマに急いで行けと言われてね」
くくっ──と笑っているところを見ると、ユマ様が色々と気を遣ってくれたと言う事が分かった。
「それは、ありがたい」
「彼女も黒色なんだね」
と、俺にしがみついたまま寝ている女性の顔を、マシロが見つめたまま女性の髪を撫でた。
「カイルスさんが、安全地帯なんだね。目覚めた後、これからどうするか考えないと……」
ー何としてでも離れてもらいたいー
何故、好きなマシロの目の前で、他の女性に抱きつかれなければならないのか。マシロが何とも思っていなくても、良い気はしない。
「取り敢えず、寝ている間に首輪を解除して、この魔道具を付けようか」
「お願いします」
目が覚めて暴れられると大変だからと、レナルド殿がさくっと首輪を解除した後、女性の耳に翻訳機能が付与された魔道具を着けた。
「これで、彼女がどの国の人でも言葉が理解できるようになったから、少しは落ち着いてもらえるかもしれないね。ん?」
「マシロ、どうかしたか?」
女性を見たまま首を傾げたマシロ。
「あ……ん?いや……やっぱり彼女を何処かで見た事があるような……気のせい…かな?違う国の人だもんね。会った事はない…筈……ん?これは?」
「ああ、それは、この女性が書いた文字だ。どこの国の物なのかは全く分からない」
形状からして、この女性が書いたのは2パターンの文字だ。2つとも不思議な形をしている。
「ん………」
「え………」
この女性が目を覚ましたのと、マシロが戸惑いの声を出したのは同時だった。この女性が、マシロを視界に捉えると、俺にしがみついていた手の力が弱まった。




