イヤホンを忘れた日
母が私の部屋にズカズカと入り勝手に私のものを整理し始めてる。
私は勝手に部屋の片付けをしないで!と怒った。
私の部屋は、見た目だけならそこまで散らかっているとは見えないが、タンスを開けるといらないもの、必要なものが乱雑に入れらている。
何回片付けても、数ヶ月すると元に戻ってしまう。
そんなこんなで母と口論した後、私はイライラを抱えて家を出た。
ポケットには、昔なんとなく買ったシガーケース。
その中には、普段なら吸わないタバコが数本入っている。
煙でも吐き出さなきゃやってられない。
近くの喫煙所へ向かう。
イヤホンを耳に突っ込もうとして、ふと気づく。
――忘れた。
まあ、いいか。取りに帰るのは、面倒だし。
私は慣れない手つきでタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。
誰の声もない静かな空気が、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
間違って買った、やけに大きい靴を気にしながら、
コンビニへ向かってのんびり歩く。
エナジードリンクと、母から頼まれたものを手に入れ、またゆっくり戻る。
帰り道、もう一度喫煙所に立ち寄る。
煙を吐きながらぼんやりしていると、シニアカーを押したおばあさんが声をかけてきた。
「ねえ、自販機でタバコ買うカード、持ってないかい?」
「すみません、普段吸わないから持ってなくて」
そう答えると、おばあさんはちょっと困ったように言った。
「じゃあ、一本、分けてくれない?」
私はシガーケースを取り出して、ふたを開けた。
中には二種類のタバコ。
「どちらでもどうぞ」
と、ケースごと差し出す。
「せっかくだから、一本ずつもらっちゃおうかな」
笑いながらタバコを受け取ったおばあさんは、そして小銭を差し出した。
320円。
タバコ二本にしては、明らかに多い。
「お金大丈夫ですよ」
「いいの、いいの。もらって。本当に助かったよ」
私は一度受け取り、もう一本タバコに火をつけた。
おばあさんと、たわいもない話をするために。
私の祖母は今年で85歳だと話すし、おばあさんに年を尋ねた。
おばあさんは笑って、自分は76歳だと言った。
足が悪くて、200メートル先のコンビニまで行くのも一苦労らしい。
「タバコ吸ってるとストレスがたまらないのできっと長生きできますよ。」
そんな冗談みたいなことを言いった。
「確かにそうだね、ストレスを溜めないのが長生きする秘訣だね。」
おばあさんは冗談とタバコの煙を吐いた。
のんびりとタバコを吸う時間、私はストレスが溜まった時はタバコを吸う。
普段吸わないので肺に入れるとむせてしまう。
だからふかしてぼーっとする。イライラしてた気持ちがリセットされる感覚だ。
二本目を吸い終えた頃、やっぱり320円は受け取りすぎだと思って、
100円玉を1枚だけ返した。
おばあさんは返さなくていいと言ってくれていたが、この100円でタバコを買って吸って欲しいと私は思う。
タバコがストレス解消になるのなら、少ない本数でもここの喫煙所で吸って欲しい。
家で吸わないでこの喫煙所で吸うならそこまで吸わないだろう。
帰り道、私はぼんやり考えた。
もしイヤホンをつけていたら、たぶん今日のこの出会いはなかった。
たまにはイヤホンを家に置いてきて、のんびりタバコを吸うのも、悪くないなと思った。
のんびり歩きながら、マンションに着く。
家のドアを開ける頃には、少しだけ心が軽くなっていた。