表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/96

生克五霊獣 91話

「蜃様がお一人で?」


暖かい陽の差し込む自室で、今や黄龍となった麒麟の正妻が、大きなお腹を抱えながら不思議そうに首を傾げた。


「なら、葛葉様もお呼びしたら良かったのに。いつ産まれてもおかしくないのですよ」


麒麟は大きなお腹に目配せした。


「別に後から呼べばいいさ。何だか父上のあの様子ではな、一緒に呼ぼうとも言えなくて」


「蜃様だけ呼ぶのもそうですけど、先程から貴方の様子がおかしいのが気がかりです」


見透かしたように黄龍が言うので、麒麟の顔が変に反応した。


「ほら」


「なにを」


「貴方は、昔からわかりやすいですから」


黄龍は、くすくすと笑う。


「今は言えんがな、またいずれ話せるようになった時にでも」


「母様にも言えないのですか」


「ああ、まあ……麒麟としての? 内密な話? とでも言おうか?」


「まあ、はっきりしないこと」


「さて、お主の様子も見たし。仕事に戻ろうかな」


「今日は真面目なのですね。親子揃ってサボり癖があると、母様が嘆いておられましたよ」


麒麟は溜め息を吐いた。


「そうは言ってもおられんくなりそうなのだ」


言うと、彼は部屋を出た。



丁度、お茶の用意を持った新月と鉢合わせた。


「旬介との話は終わったのか?」


「ああ」


「それで、なんの用だった?」


麒麟はふと視線を逸らした。


「蜃様と久しぶりに酒でも飲みたいので呼んでくれと」


「相変わらず、嘘が下手だな。母を舐めるな」


「うっ」


ぐうの音もでないとは、この事である。それでも父のことを言えば、父の許可が無い限り、なにがあっても母には話せない。さっさとこの場から離れる言い訳を考えた。


「ああ、新月がもう産まれそうだからと不安がっていましたよ。それ、新月と食べるのでしょう。ごゆっくり」


麒麟は、慌ててドタバタとその場を立ち去った。


「ったく、今の新月は私だと言うに」


新月は、不満だった。子供の頃に支えてきた自分には、なんの相談も無いことが。自分では何の支えにもならないのだろうか、子も産めず支えにもなれなければ自分の存在はなんだったのか。それがここ最近ずっと引っかかっていた。


「母様、そう心配しないで」


ひょっこりと顔を出すように声を掛けてきた黄龍に、新月は驚きお盆を落としそうなった。それを慌てて二人で支えた。


「出会った頃は、親もなかった私ですら子供だと思うくらいに子供でしたけどね。今は違いますよ。それに、男には男の世界があるのでしょう。今は見守りましょう。どうしようもなくなれば、何か言ってくるでしょうに」


黄龍の言うことも、最もだと思った。


「しかしな、何かあってからでは遅いのだ」


「私だって不安はありますよ。でも、どうしようもないですもの」


「黄龍は、大人になったな」


「野生児だった頃とは大きく変わったでしょう」


二人して、ふふっと笑った。


「ああ、年を取ると心配性になるもんだなあ」


新月は持ってきたお盆を黄龍の部屋へと運んだ。


(……多分、その予想は当たっているんですけど私からも言えませんわ)


黄龍は、かつて泰親達に育てられたせいでやたらと勘が良い。そして、育てられた環境のせいでやたらと耳と鼻が良かった。それは野生児だった頃から多少は衰えたものの、今でもたいして変わらない。特に子供を宿したせいで、野生の本能と言うべきか。その能力はまた強くなっていた。


麒麟が旬介に呼ばれた時、どうしても気になってしまい、日向ぼっこの振りをして廊下に出ていた。何か嫌な予感がしたからだった。


そして、その耳で聞いてしまった。旬介と黄龍の性格を思えば、そのまま伝える事など勿論出来はしない。じゃあどうしようか。今は勘づかれても困る。けれど、助けてくれた二人のためになりたいのも事実である。ずっと恩返しがしたかったから。


そして、ふと思い出したことがある。ずっと泰親達に言われて当時の麒麟と旬介を付け狙っていた時に、二人が度々口にしていた話だった。


『私達の子供にケダモノの身体を与えましょう。餌にすれば、私達の願った幸せが手に入りますよ。この里で……』


(あれは、この事だったんだ)


今更気付いたが……。


「母様、少し父様と話をしたいと思います」


「なんの話しを?」


「母様を不安がらせないでって、お説教してやりますよ」


新月が笑った。


「麒麟領は、良い娘で良い嫁を貰ったものだな」



黄龍は新月に告げた通り、新月が夕餉の準備をしている間に旬介の部屋を訪ねた。


「父様、よろしいですか」


「ああ」


っと声がしたので、新月は大きなお腹を抱えながら襖を開けた。


「珍しいな。どうした?」


黄龍は、笑って見せた。


「今日は調子がよろしいようですから、この大きなお腹を見て頂こうかと」


「最近はずっと調子が良いぞ」


黄龍は部屋に入ると、失礼しますと入口に腰を下ろした。旬介は構わず、隅に置いていった座布団を引き寄せた。


「そこは冷える。ここに座われ」


黄龍は旬介の出した座布団の上に座り直した。


「最近は、何度もお腹を蹴るんですよ。もうそろそろ産まれそうです。名前は、お二人に決めて頂こうかと」


旬介は笑った。


「そうか、男か女か。楽しみだな」


それから、少しだけ二人の間に無言が流れた。


最初に口火を切ったのは、黄龍であった。


「ねえ、父様。イタチ娘は、聞いてしまったのですよ。私に何か出来ることはありませんか?」


旬介は特に表情も変えずに返した。


「そうか、お主は相変わらず耳が良いな。けど、稚児(ややこ)を産んでくれたらそれで充分だ。それと、新月を頼まれてくれたら更に有難い」


「……私は、知っていたかもしれません。もっと早くに。けど、それがそれだと気付いたのは今更です。泰親と富子に取り憑いていた鬼の子です、それは」


「そうか」


旬介の胸で、全てが腑に落ちた。


「教えてくれて、ありがとうなあ。鬼であろうとは思っておったし、そんな話も母上から聞いてはいたが、確信はなかったのだ。これで、兄上に説明しやすくなった」


「父様!」


「なんじゃ?」


黄龍の目が潤んだ。


「どうするおつもりですか?」


「どうもしないよ。兄上に報告するだけじゃ」


「それでは、報告してからどうするおつもりで」


黄龍は、今にも飛びかかりそうな勢いで叫んだ。


「黄龍、新月に聞かれてしまう。俺にはわからん、その先は兄上の判断だ」


黄龍は悔しかった。自分が一番近くで、一番聞いて見てきた筈なのに、何も出来なかったし、今尚何も出来ない。子供だったからという言い訳には乗せたくなかった。


「わかりました。では、この先は蜃様に」


しょんぼりと立ち上がった黄龍の袖を、旬介が引き止めた。


「そう心配するな」


「父様、とても説得力がありませんよ」


「そうかもしれんな」


お互い苦笑いして、話は終わった。


廊下で、案の定新月が待っていた。


「なあ、黄龍。教えてくれんか?」


今にも泣きそうな声で、新月は黄龍に請うた。


新月が外にいるのを、黄龍は知っていた。匂いがしたから。だから、話を切り上げてきた。


「母様、ごめん。ごめんなさい」


黄龍は泣きそうになるのを堪えて、その場を立ち去るしか無かった。


黄龍が飛び込んだのは、麒麟の部屋である。仕事をするといいつつも、ぼんやり考え事をしていた麒麟はその様子に驚いた。同時に察した。


「お腹の子に触る。今は余計なことは考えるな」


「余計な事ってなんだよ!」


黄龍の剣幕に再びおどろいた。


「お前は、大人になってからそうだ。昔みたいに言わないし、怒らない、無理も言わない。僕がもっと早く気付いて、葛葉様に教えていたら。きっと、こんなに悪くならなかったと思う」


わあっと泣き出した黄龍を、麒麟は慰めるように抱きしめるしか無かった。


そして、落ち着いた頃に一言だけ告げた。


「俺と蜃様でなんとかするから。絶対、なんとかするからさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ