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生克五霊獣 89話

旬介も新月も宴会には参加しないと言うので、何となく騒ぐ気にもなれないと、宴会場で普通に夕餉となっていた。


特に誰が仕切るとかそういうのもなく、のんびりとした時間だけが流れていく。


特に何ともない会話が続いていたのだが、終盤になってきたからか、紗々がぽつんと言った。


「旬介さ、だいぶ痩せたな」


日が落ちる前に全員で風呂に行っていた。全員気付いてはいたが、触れないでいた。それでもやはり全員気にはなっていた。


蜃が酒を飲みながら続けた。


「さっき新月と母上が何やら話しておったよ。それで今、あいつの所に行ってるんだと思う」


「やっぱり、病気なんかな」


心配そうに紗々が言うので、竜子が肘で軽く突いた。


「母上が行ったんだ、大丈夫だろ」


なんとなくその場が冷えてしまい、せっかくの温泉で皆で集まったのにと藤治が声を上げた。


「もう、辛気臭いのは止めにして、今日は呑もう。本当に悪かったら、あいつも来ないだろ」


それでも、場はあまり良くならなかったので、食事を済ませたら全員がさっさと部屋に戻ってしまった。


蜃だけは、葛葉が戻っていないのもあり、なんとなく独りで呑み続けていた。


暫くして、葛葉だけが宴会場に来た。


「なんじゃ、珍しく皆もう戻ったんか?」


「あ、ああ。やっぱり、主役がおらんとつまらんのだと」


「主役って、なんの主役じゃ」


「しらん」


葛葉は呆れながらも、手付かずのお膳の前に腰を下ろした。


蜃が、ちらりと目配せしながら葛葉に問うた。


「……やはり、旬介はどこか悪いのか?」


「お前は、なにか気付いたのか?」


葛葉は裸を見た訳では無いとはいえ、母として新月に言われるまで何も気付けなかった自分が少し悔しくて聞いた。


「随分やつれていたからな。結局、あいつが一番好きそうなこの場にも来とらんわけだし」


葛葉は一度持った箸を一旦置いた。そして、俯きながら苦しそうに言った。


「私のせいじゃ。恵慈家の者でもないのに生克五霊獣の法を使わせたから。それに、母として失格じゃ。何も、お前ですら気付いたというのに、何も気付いてやれんかった」


蜃は葛葉のお猪口に酒を注いだ。


「俺だって、さっき風呂に行ったから気付いただけだよ」


「私は、あいつを苦しめてばかりのダメな母親なのだ」


葛葉は、注がれた酒を一気に飲み干した。そこに蜃が再び酒を注いだ。


「あやつが捕らえられた時の話だ。心が壊れても自害せんかったのは、私のせいだ。本来なら腹でも切って自害するのが、誇りなのだろう。けど、あやつに私が言ったのだ。なにがあっても自害だけはするなと。恥だと言われても、私は今でもあやつが生きていてくれていることに感謝すらしているのだ」


「我らは武家では無い。自害が誉とは言えんよ。あれからだった。旬介と長年の蟠りが解けたのは」


蜃が苦笑いでもするように、もしくは安堵とも思えるそんな顔を葛葉に向けた。


「なにがあったのだ?」


「うーん、教えない」


酒が無くなったので、追加を頼んだ。



※※※※※※※



血を貰った直後からだった。不思議とその晩から熱が出なくなった。それどころか、体調が戻った気もする。念の為部屋で休ませて貰ってはいたが、悪いことをしたなと旬介は思った。


「血のせいではない気がしてたのだが」


旬介が当てが外れたと不思議そうに言うので、新月が少し呆れたように返した。


「よかったではないか」


「普通に腹が減ったぞ」


「じゃあ、なにか貰ってこよう」


「新月は食べたのか」


「一緒に頂くよ」


新月が部屋を出たのは、葛葉と蜃が親子水入らずで飲み語っている頃だった。


厨房で酒の用意をしていた薫風を見つけた。


「新月、旬介はどう?」


「ああ、もうすっかり調子が戻ったようだ。なにか握り飯でもこさえてくれないか」


「まだ、料理は残ってるから大丈夫よ」


言われて見れば、多めに作り置きしてくれていたであろう料理も酒も残っていた。


「宴会は?」


「主役がいないと盛り上がらないからって解散しちゃった」


「主役? なんの主役?」


「さあね」


薫風は、くすくすと笑った。


「皆、心配してたの。ああ、まだ葛葉様と蜃様なら宴会場にいるわよ」


「そうか、邪魔はよそう」


薫風が、食事の用意をしながら続けた。新月も手伝いながらそれに続いた。


「どこか悪いの?」


「悪かったと言えばそうだし、なんと言っていいものかわからんが、もう大丈夫だ」


「ならよかったわ。皆心配してたから」


「心配。そうか、悪かったなあ」


「皆、兄弟なんだから。遠慮することはないわ。元気になってよかった! 沢山食べなきゃね」


言うと薫風は、新月に山盛りのご飯を渡した。


「そうだな。まだまだ長生きして貰わねば、つまらんわ」


新月は笑うと、料理が山盛りに乗ったお膳を部屋へと運んだ。


久しぶりに皆と会ったのに、その事すら忘れていた。元は皆家族だったことすらも忘れていたように思う。新月が心配するように、皆心配している事に気付かされた。旬介の事も、もっと早く相談すれば良かったように思う。


薫風と話していると、不思議とお蝶を思い出した。あれだけ憧れ、頼りにしていた蜃と出会ったものの、蜃に相談しようとする考えに至らなかった。


(随分と、私も歳を取ってしまったな)


部屋に戻ると、旬介が窓からぼんやりと外を眺めていた。


「食事を持ってきたぞ。なにか面白いものでもあるのか?」


新月がお膳を置いて、旬介の傍に寄った。


「里が見えるだけだよ」


「そうか」


「静かだし、平和だ」


「うん」


「今夜は久しぶりに、穏やかに過ごせそうだ。さあ、頂こう」


新月は薫風の言葉を思い出した。


「さあ、主役のお出ましだ」


旬介は首を傾げた。


「なんの主役だ?」


「さあね」



それから三日程、温泉でゆっくりさせて貰った。翌日は皆で宴会もした。充実した旅行を楽しんだし、これからも穏やかに余生を過ごすものだと思っていた。



そう。


この時までは、誰もが疑いもせずにそう思っていたのだ。



旬介に再び異変が起きたのは、それから7日目の事だった。


葛葉の血を分け与えられてから、熱が出たり臥せるような事はなかったが、少しづつ何かが欲しいと感じるようになったのだ。


何を食べても飲んでも物足りない。満たされず、飢えているような感覚が日々強まり始めた。


葛葉の血の力を失いかけていた、あの頃の空腹とは違っていた。だから余計に気味が悪いと旬介自身が感じていたし、だからこそ新月には話さなかった。


ひと月程するといよいよ我慢出来なくなり、その時に初めて何が欲しいか気が付いた。


「血が欲しい」


無意識にぽつんと言葉に出して、ようやく分かった。と同時にゾッとして吐いた。


「あの時に、血を貰うべきではなかった」


血を貰ってはいけなかったのだ。


そして、何故あの時、血でどうにかなる問題ではないと思ったのか。本能的に、全てを察していたからに過ぎなかったのだと。



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