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生克五霊獣 84話



黄龍と蜃が屋敷を飛び出した直後の出来事である。暫くして、蜃から連絡を受けた玄武と白虎も麒麟邸へ到着した。


「葛葉様、どういう状況で? 蜃様からは、大至急麒麟邸に集まるようにとしか言われてなくて」


到着早々、まだ状況を知らない白虎は葛葉に聞いた。ただ、麒麟邸に残った者の状況から、思わしくない状況であることは感じた。嫌な予感しかしない。


「麒麟が……麒麟が捕まったかもしれない。殺されるかもしれない」


葛葉は白虎にそう縋った。


「母上、子供達がいる」


玄武が少し咎めるような口調で言った。


白虎は旬介達を玄武に任せ、薫風と二人、葛葉を支えると奥の部屋へと移った。


「葛葉様。それで、黄龍さんは?」


葛葉は答えた。


「私も経緯はよく知らぬ。けど、恐らく麒麟から何か良くない知らせが届いたのだと思う。無言で装束に変えて、鬼のように飛び出してしまった。気付いた蜃がすぐ後を追ったが、まだ誰からも言霊すら届かないのだ」


白虎が宥めるように言った。


「蜃様からは、朱雀さんや青龍さんも向かっていると聞きました。まもなく、誰からか言霊が届くでしょう。ただ、信じて待ちましょう」


何も言えずに震える葛葉の背中を、薫風がゆっくり摩り続けた。


「白虎、葛葉様は私に任せて。そういうことなら、やらなきゃいけないことが多いわ」


「ああ」


白虎は、部屋を出た。


外では葛葉と同じように、旬介が玄武に現状を話していた。そして


「俺も行きたい!」


と最後に叫んだ。それを玄武が咎めた。


「お前が行って何になる? 足でまといにしかならんだろ」


「けど」


「けどじゃない。それに、今の麒麟領はお前一人だ。麒麟の結界だって不安定なんだぞ。麒麟の為を思うなら、他にやることがあるだろう」


旬介は悔しそうな表情で、玄武から顔を逸らした。玄武は少し屈むと、旬介と目線を合わせて諭すように続けた。


「大丈夫だ。だから、俺達がここに来たんだ。先ずは、お前の力で麒麟の結界をはり直さないとな」


旬介はコクリと頷いた。


「玄武、始めようか」


「ああ」



※※※※※



蜃は、黄龍達の後に続いて階段を駆け上った。暫くして、誰かがその後を追い掛けてくるのがわかったが、気配からして竜子達だろうと思った。


「麒麟!! 麒麟を返せ」


黄龍の枯れた怒声が響く。


それを無視するように、富子が蜃に気付いた。


「おお、蜃よ。晴明と共に我らの元にくる決心が着いたかえ」


蜃は目の前の悪鬼二人に、出来る限り最大限の軽蔑の目を向けた。


「屍は燃やしました」


富子は目を見開くと、煙のように消えた。その直後、城全体を震わす声だけが響いた。


「晴明!! あるあきいいいい! 蜃、なぜ、なぜ父にこのような所業を!!」


「晴明? 父? それはただの屍だ。俺は屍を父に持った記憶は無い」


「アアアアアアアアア!!」


何かと分からぬ悲鳴とともに、城が崩れ始めた。


泰親が、板に打ち付けられたままの麒麟を連れて逃げようとしたときだった。それより早く、蜃の刀が泰親の喉へと真っ直ぐ突き刺さり、それを貫いた。


「ぐえっ」


泰親から蛙が潰れたような声が漏れた。


「貴様をこの程度で始末できるとは思っておらん。今日は麒麟を返してもらう」


泰親は見た。蜃の目の奥に、富子から晴明から受け継がれた鬼がいることを。そして、それを今尚喰らい続ける葛葉から受け継いだ龍神の姿を。ゾッとした。


「ヒッ!」


泰親がひきつけを起こすように短い悲鳴をあげると、蜃が泰親の身体を後ろへと蹴り飛ばした。刀から喉が抜けた。その隙をついて、泰親は煙のように消えた。


麒麟を板から下ろすのは、朱雀と青龍が行った。黄龍も麒麟に駆け寄って何度も名を泣き叫んだ。


「麒麟! 麒麟! 生きてたら返事してくれ


!! 死ぬな! 私を置いてくな」


麒麟の目から、うっすらと涙が零れた。黄龍が掴んだ麒麟の、爪を失った血まみれの指先が、少しだけ動いた気がした。


「麒麟、まだ生きてるな。死ぬな。家に帰ろう」


麒麟は蜃が背負った。炎に呑まれる城内を抜けるため、朱雀と青龍が退路を先行した。


葛葉への言霊は、竜子が飛ばした。麒麟の命は、今消え入ろうとさえしていたのだ。



※※※※※



葛葉のように、蜃は治癒の能力が使えない。使えないが、使ったことがないから、そう思っているだけかもしれない。葛葉から、治癒の理は聞いたことがあった。葛葉のように使えなくてもいい、ただ麒麟が葛葉の元に到着するまでもてばいい。ただそれだけが願いだった。一か八か、試してみた。


やはり葛葉のように治癒は出来なかったが、止まらなかった出血がいくらかマシになった気がした。と同時に、使い慣れないせいか体質なのか不明だが、蜃に想像出来なかった極度の疲労が襲い、バタリと倒れてしまった。


仕方が無いので、青龍と朱雀二人でそれぞれ麒麟と蜃を背負って道無き道を最短ルートで走り抜けた。



麒麟邸に到着すれば、自ずと人手は増える。待機していた者たちが麒麟と蜃を受け取り、他の者達を休ませる準備に入ったが、黄龍だけは頑として麒麟から離れなかった。麒麟の手当をしながら、葛葉の治癒が始まった。


暫く治癒を施していたが、その場にいた全員がおかしな事に気付いた。


治癒が遅いのだ。


「あの悪鬼共めが!!」


葛葉が思わず悪態をついた。薫風が葛葉に尋ねた。


「葛葉様、どうなされました?」


「これは悪鬼の毒薬じゃ!! 血でかき消せんよう、毒薬を使いよった!」


「母上?」


黄龍が、真っ青になりながら続きを問うた。


「麒麟の治癒が効かぬのだ! 全くでは無いが、これでは何日かかるかわからん。それまで麒麟が耐えうるかわからん。私は、また大切な者も護れぬのか」


葛葉は治癒を続けながら泣いた。自分の中の霊力が空になるまで続けた。それでも、麒麟の傷はじわじわとしか回復しない。


「何が治癒だ。大切な倅も護れんで、こんな能力、無駄なだけじゃないか」


黄龍が卒倒した。倒れるのを支えたのは竜子だった。薫風が葛葉に言うた。


「麒麟さんは、大丈夫です。だって、黄龍さんがいます。死にません、耐えます! だから、葛葉様も何度でも何日でもお願いします。私達が何も出来ない分、お願いします」


薫風は葛葉に、頭を下げた。葛葉からすれば、薫風に頭を下げられるいわれはなかった。けれど、薫風も出来ることといえば、それくらいしか思いつかなかった。


「ああ、私は死んでも麒麟を助けてやるつもりだ」



少し話は変わり、旬介は白虎と玄武に指導されながら、麒麟領だけではなく、里全体の結界をはり直していた。幼くも葛葉の血を貰っただけに、その霊力は強い。葛葉は五霊獣の法の為に血を与えたつもりではあったが、ここで役に立った。旬介も必死だった。


ただ、そんな中一人蚊帳の外であるのは新月だ。何をしていいかも分からず、部屋に入って出ていかなかった。行かないようにしていた。それが今の新月に出来ると考えた唯一のことだった。邪魔にならないようにすること。そんな新月も麒麟邸の全員が心配でたまらなかった。


「新月ちゃん」


と、時折気にかけてくれたのは薫風だった。


昔から彼女はそうなのだ。幼き頃、この里へ来たのも獅郎と同じくしてそこそこ年齢も高かったため、葛葉を母と言うより叔母という感覚の方が強い。


そして、その分子供達の世話や周りの事をよく見られる姉のような存在だった。


ここでも、誰よりも視野が広かった。


「しばらく、白虎領へお泊まりする?」


「え?」


「今、白虎領は白百合一人しかいないの。あの子、お留守番は出来るけど寂しがり屋だし、そんなに強くないのよ。何かあったらって考えたら心配で。助けてくれないかしら」


新月は世間知らずと言えども、頭が悪い訳では無い。だから、自分なりに考えた。


「僕も、母上と父上が心配だ。けど、ここじゃ役立ずだ。僕が白百合を守ったら、あんたが助かって、そしたらその分、あんたが母上と父上を助けてくれる。そういうこと?」


薫風は、笑って見せた。


「わかった! なら、僕行く」


新月の準備が出来ると、薫風は案内の蝶を出した。そして、新月を白虎領へと見送った。



ミイラのように包帯をぐるぐるに巻かれた状態で、麒麟は眠り続けた。何日も眠り続けたが、突然不気味な唸り声が部屋から漏れた。その傍らを一時も離れず、黄龍は寄り添っていた。


「黄龍、少し休んだら。私が見てるよ」


時折、竜子が心配して声をかけた。


「大丈夫だ」


日に日にやつれる顔を向けて、黄龍はそう答えるだけだった。


まもなくして、ようやく蜃も動けるようになった。動けるようになると、麒麟の様子を見に来た。黄龍のげっそりした顔に、酷く胸が傷んだ。


「黄龍、あれから休んでないのか」


黄龍は、ようやく蜃を目の前にして少しだけ話した。


「暗くなると麒麟が苦しむのだ。私がいるのが分かると、また安心して眠るのだ。そして、また直ぐに苦しむのだ。どれだけ酷いことをされたのか、想像が付かぬ」


「悪かったな、俺も治癒が使えれば」


「毒薬のせいらしい。蜃様のせいでは無い」


二人の声に反応したのか、麒麟が苦しそうな声を出した。黄龍は、麒麟の顔を優しく撫でた。


「麒麟、大丈夫じゃ。黄龍だ」


麒麟の目が薄ら開いたかと思うと、また眠った。


「母上が言っていた。明日には毒薬の効果が切れる筈だから、治癒が出来るはずだと。自害せんかった、それまで生きててくれた。それだけでも、私は嬉しい」


「……そうか。麒麟が治ったら、ゆっくり休めよ」


「そうだな」


蜃は二人の部屋を出た。悔しいと憎いの感情が胸の中にぐるぐると渦を巻いている。晴明を燃やした事に後悔はないが、なにかわからない感情がせり上がり、声を殺してひたすらに泣いた。

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