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生克五霊獣 81話

そして、ふと会議の後からずっと蜃を見てないことに気付いた。


「そんなんじゃないけど……」


なにか言いかけた旬介を無視して、黄龍は話を変えた。


「蜃様に稽古付けてもらえ。とはいえ、昨日から見かけんのだ。稽古はそれからだ」


旬介は頬を膨らました。


(なんだよ、母上のバカ)


さっさと行ってしまった黄龍を不満げに見送った。


いつも母である黄龍に、この年で構われるのが恥ずかしいようでウザかった筈なのに。急に出てきた訳の分からない娘の事ばかり気にかけられると、何故か嫌で嫌でしょうがない。


旬介は新月に箸の使い方を教えるのをやめた。


「もう覚えたろ、食べ終わったら台所まで自分で運べよ」


旬介が元々不機嫌そうにしている態度なので、新月自体は気にせずにうんと首を縦にふった。すると、彼はまた不機嫌そうに部屋を出て行った。




朝餉を終えると、葛葉と何処にいるか分からない蜃(蜃がいないので待っているだけなのだが)以外は、それぞれの領へと帰って行った。


皆を見送り、麒麟が廊下を歩いて部屋の障子を開けた時だった。黄龍の鷹が、彼の元に降りた。嫌な予感がした。


『泰親共が我らの正体をバラし、城主の背後につきました。ここへ攻めてくるやもしれません。お覚悟の程を』


伝えると、鷹は消えた。


(まずいな)


麒麟はどたばたと黄龍を探した。


「黄龍! 黄龍よ!!」


だが、出てきたのは葛葉だった。


「どうした? 血相変えて」


「血相も変わる! 母上、黄龍は?」


「さあ?」


「俺は今から出掛けてくるぞ。里の外の例の城じゃ」


「何があった?」


「泰親がよからぬ事を考えとるのだ。何かあれば鷹を寄越す」


麒麟は黄龍も待たずに用意を始めた。


「母上、準備を」


葛葉はその雰囲気に呑まれて、それを手伝うしかなかった。


準備を終えても黄龍が見当たらないため、麒麟はそのまま屋敷を飛び出した。



*****



黄龍が蜃を見つけたのは、その日の昼近くだった。


彼は晴明の墓のところにいた。どうやら、最近まで富子達が塒として使っていた小屋で一晩明かしたらしい。


「蜃様、いつからここに?」


黄龍の声に、蜃ははっとした。しばらく言葉を探したように沈黙してから、何かを話す代わりにふっと笑ってみせた。


「父上の墓が荒らされておる。それから、小屋のように変わり果てたこの社も酷い有様だ。そんなに、年月は経ったものかな」


黄龍は、目をぱちくりさせた。


「そうですね、あれから20年近くは経ったように思いますが」


「そうか、するとお蝶はもっと前に」


「ええ」


「麒麟に言われたのだよ。お蝶も父上のように蘇るかもしれないなどと思ってしまったのが、あいつには分かったらしい。けど、お蝶は肉体ごと消えてしまったから、ダメだろうなあ」


黄龍は言葉を探していた。


「なあ、黄龍よ。俺はここで1晩頭を冷やしたんだ。それから、なんでお蝶を忘れられないのかと考えた」


「なぜでした?」


蜃は笑った。


「初恋だったからかな」


「あ」


黄龍の口から、間抜けな声が漏れた。


「もういいんだ、もう。けど、俺はこの里を離れすぎたかな。どう思う?」


「そのお陰で、麒麟は立派に成長しましたよ」


「そうか」


「そうです。帰りましょう。食事、残してありますから」


黄龍と蜃が麒麟邸へ戻ったのは、夕方前だった。旬介が不機嫌そうに、黄龍を迎えた。


「珍しいな、お前が迎えてくれるなんて。何年ぶりだ?」


旬介は、相変わらずぷうっと頬を膨らましてみせた。


「そんなんじゃないし。ねえ、おやつは?」


「なんじゃ、腹が減ったのか? 麒麟にどっか連れてって貰ったらよかったろう」


言いながら、黄龍は足を洗った。蜃は、草履を履き直した。


「よい。旬介、俺とどっか行こうか」


蜃が旬介を誘ったが、彼は乗り気じゃないという表情をした。


「父上、どっか行ったし。やっぱいい」


「なんじゃ、お前は。せっかく、蜃様が誘ってくれたというのに」


「いいったら、もういいの」


また不機嫌そうに家の奥へと引っ込んでしまった。


「なんだ、あいつは」


と、黄龍も不満そうな顔をして謝ろうと蜃の方に目線を向けると、蜃は吹き出したいのを堪えながらくすくす笑っていた。


「どうしました?」


蜃は、苦しそうに答えた。


「親子だなあと思って。麒麟によく似て」


「どういう意味ですか?」


「そうだなあ。母上と留守番しててやるから、旬介と出掛けてこい。あの娘の世話もしててやる」


黄龍は首を傾げた。


「出かけろと言われても……」


「ああ、気分転換の散歩でもいいでは無いか。天気がいいし」


「は、はあ」


蜃があまりにも進めるので、それにしたがってみることにした。


2人して足を洗い終わると、黄龍は旬介の部屋へ、蜃は客室へ向かうため廊下を歩いていると、葛葉が気付いて寄ってきた。


「ああ! 2人して何処に行っておったのだ」


「母上、神妙な顔をして、どうしました?」


「神妙な顔にもなるわ。蜃よ、麒麟が外で何やら交渉しておる国衆がおるそうなのだが、それのことはしっておるか? それの後ろに泰親が現れたそうじゃ。もしかしたら、里が危うくなるかもしれんと、麒麟は飛び出して行ってしまった」


蜃は驚いて、葛葉の肩を握った。


「麒麟1人に行かせたのですか? 何故止めなかったんですか? せめて、俺が戻るまで」


「あの気迫では、止められなかったのだ! 黄龍もおらんし、お前はいつ帰るかもわからんかったではないか」


互いに喰ってかかる2人を、黄龍が止めた。


「喧嘩はおやめ下さい。麒麟はもう大人です。なにか考えもあったのかもしれないし、何かあれば直ぐに鷹を寄越してきますよ! 今は信じて待ちましょう」


「…………」


蜃も葛葉も取っ組み合いをやめた。


が、そうは言ったものの、黄龍も酷く不安だった。果たして無事帰ってきてくれるのだろうか。


「食事の用意、しますね。朝の残り物ですけど」


黄龍は、台所へ向かった。


ぼんやり台所で蜃の食事の用意をすると、戸棚を開けてみた。少し前に買っておいた茶菓子が手つかずのままである。いつもなら、知らない間に麒麟が摘み食いしているのに。その分も考慮しておいてあるのに。ああ、茶菓子も食べずに出て行ったんだと思うと胸騒ぎすらする。


「黄龍」


は! っとした。振り返ると、葛葉だった。


「すまなかった。私がもう少ししっかりして居れば。蜃の言う通り、せめてお前達を探してでも帰るまで待ってから行かせるべきだった」


「麒麟は大人です。自分でそう判断したのでしょう。母上もお茶菓子どうですか? 皆が来ていたから買っていたのだけど、早く帰っちゃったから余ってるの」


「そうだな。あの娘と頂こうかな、ゆっくり話す機会も必要だろう。蜃から聞いたぞ。旬介と2人で、ゆっくり話してこい。それが終わって機嫌が治ったら私の部屋に呼ぶといい。いつまでも力を封じられたままでいる訳にはいかんだろう」


「また忘れてました」


黄龍は笑うと、葛葉に蜃の膳を渡した。


新月の部屋に茶と茶菓子を届けると、後程葛葉が来ることを告げた。そのあと、旬介の部屋へと向かった。


「いるのか?」


「いる」


と淡白な単語が聞こえたので、黄龍は障子を開けた。部屋には書物やらなんやらが、そこら辺に転がっている。


「お前なあ、片付けなさい。何してたんだ、こんなに散らかしおって」


拗ねて、色んなものを放り投げては気を紛らわしていたが、そんなことは言えない。


「いいだろ、別に。俺の部屋だし。あとで片付けるし」


「そうか。じゃあ、おやつはお預けかな。せっかく一緒にと思ったのだけど」


「あいつと食えばいいじゃん」


「新月は、葛葉様と二人っきりだ。1人で食べるのも寂しいしなと思ったのだが、お前がそう言うなら私は部屋にもどるよ。ここに置いておくからな」


「一緒に食べればいいじゃん!」


「誰と?」


「ここで!」


旬介は、皿の上の茶菓子を手に取った。


黄龍は黙って茶を入れた。




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