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生克五霊獣 80話

黄龍が気分直しにと、お茶をいれた。


「泰親から現れたんだ。初めてあいつが現れた時、そこに父上がいた」


一瞬、葛葉の目が泳いだ。麒麟はそれに気付いたが、構わず続けた。


「直ぐに墓から蘇ったとわかった。土の臭いとカビの臭い、それから動物の腐った臭いがその場に充満していたから。父上が歩くと、その道に蛆虫やらムカデやらがぼたぼたと落ちるんだ。そのおぞましい姿にゾッとした。所謂ゾンビってやつだよ。けれど人の記憶や思いが肉体に宿るとするならば、魂が本来無機質であるならば、あれは紛れもなく父上なのかもしれない」


葛葉は目眩がした。覚悟していた筈だが、ショックは隠せなかった。苦し紛れに呻くように、訪ねた。


「して、蜃は?」


「会議の後、兄上にその事を話したんだ。そしたら、兄上は迷うように出て行ったよ。けど、俺も俺なりに忠告した。お蝶姉さんを蘇らそうなどど馬鹿な事を考えるなって。魂があっても死人と一緒だ。否、死人よりおぞましくて残酷だから。兄上は、俺がやるって言っていた」


葛葉は卒倒した。それを黄龍が支えた。


「母上、今日のとこはおやすみくださいな。明日になれば、蜃様も帰ってくるでしょう。さ、私が案内しますよ。旬介が布団を取ってしまったから、私の布団でおやすみください」


黄龍は葛葉を部屋へと送った。が、麒麟はその場でまだぼんやりと茶を啜っていた。


葛葉を部屋へ送り終えてから、黄龍は麒麟の元へと戻った。


「黄龍も休め」


麒麟が言った。


「麒麟が休むならな」


黄龍が言った。


「そうか」


「そうじゃ」


「なあ、麒麟。里はどうなるのかな」


「どうもならん、変わらんよ」


麒麟は茶を飲み干すと立ち上がった。


「黄龍、たまには一緒に寝よう。布団もなかろう」


黄龍は静かに笑った。



*****



天守閣とは、本来人が住むべき場所ではない。


その盲点をついてか、その最上階に泰親と富子は勝手に住居を移していた。


城の主は、少し前に麒麟が訪れた場所である。


泰親は、殿の枕元に立った。


寝静まる夜更けに見張りの目すら気にせず、気付かれず、泰親はすやすや眠る殿の額をぺちぺちと扇で叩き起した。


何奴! と、時代劇風に叫びたかっただろうが声が出なかった。平安時代でも思わせる異様な衣装と、濁った目の真っ白な顔の男が不気味にニヤニヤと笑う姿に殿は釘付けにされていた。


「はじめまして。貴方にいい事を教えて差し上げましょう」


泰親はそう告げると、部屋を出た。襖は触れてもないのに勝手に開いては閉まる。殿は自分の意志とは無関係に、操られるようにその後を着いて歩いた。


黄龍の影の部屋が開けられると同時に、泰親は妙な術を飛ばした。それを避けるように影が動いたが、それはまるで小動物のように四方八方へと動き回り、仕舞いには天井に張り付いてみせた。


(あの動き……やはり化け物か。あれだけ動き回って、息一つ切れぬとは)


殿は恐怖に震えた。麒麟の霊獣姿を見た時に人ではないと確信した為、その奥方なるこの女も人間ではないと感じていた。が、やはりそうであってそれに周知監視されているとなれば、生きた心地がしない。


その様子を笑いながら、泰親は提案してみせた。


「あの男が近いうちに、ここへと現れるでしょう。その時は、捕えなさい。私がとっておきの香を差し上げます。それを炊いて話をすれば、あの男を捕らえるなど赤子より容易いこと」


泰親は黄龍の影目がけて、扇を投げた。鉄でできたそれは黄龍の影に向かって真っ直ぐ飛ぶと、壁に当たって落ちた。影は瞬時に鷹の姿へと身を変え、障子や雨戸を突き破って彼方へと逃げてしまった。


「万事、計画通り」



*****



翌朝、旬介は朝餉の準備が終わる頃、何事もなかったかのように起きてきた。


「おはよう」


と、黄龍に廊下で挨拶した。


「もういいのか?」


可愛い息子の元気な顔を見て、黄龍は心から安堵した。


「まだ寝てても大丈夫だぞ。食事も部屋まで運んでやろうか? ああ、後で髪を結い直してやろう」


皆の目を気にして、旬介は少し照れたように顔を背けた。


「大丈夫だよ。ご飯くらい、皆と食べるし」


「そ、そうか」


「着替えてくる」


「ああ、もう出来るから居間で待っておるぞ」


黄龍がいつもより少しだけ増して優しいのが嬉しい。が、この機会に何かねだって見ようかと考えるずるい考えが浮かんだ。


「何をにやにやしておるのだ。もう大事ないか?」


「あ、葛葉様。昨晩は、ありがとうございます」


あまり覚えてはいないけれど、気を失う瞬間に葛葉の顔を見た気がした。朝起きたら傷が嘘のように治っていたので、思い出して葛葉に深々と頭を下げた。


「食事が終わったら部屋に来い。呪いを解いてやるから」


「はい」


その後、皆と食事をしたが、そこに新月の姿はなかった。娘のことは認めてはいないけれど、気になったので食事を終えたあと黄龍に聞いてみた。


「あいつは?」


「ああ、新月のことか?」


「新月?」


「そう、お前が麒麟の名を貰ったように、私もあの子に私の名前をあげたのだ」


旬介が気に入らなさそうに、ぷいっと顔をそむけた。その頬を、黄龍は軽くつねった。


「旬介! そんな顔をするな。あの娘も不幸な境遇なのだ。それに、今までのことは利用されておっただけで、何も知らぬ。それに、お前が泰親を追った時、あの娘は助けてくれと泣いて頼んで来たんだぞ」


「う~」


気に入らないが、そこまで言われると反論できない。


「さあ、あの娘の部屋に行って、膳を回収してきておくれ」


「人遣い荒い」


「大して使っておらんだろ」


旬介は、ぷうっと頬を膨らました。


が、一応文句言いながらも新月の部屋に向かった。


「入るぞ」


と、一言かけて障子を開けると、箸を何度も落としながら、新月は食事の残りを食べていた。


「片付けようと思ったんだけど、まだかかりそうだな」


「あ、うん。ごめんなさい。母上がこの棒を使うように言ったから。でも使い方忘れちゃって。難しいな、これ。もう怪我は大丈夫なの? 昨日騒ぎになってた」


「あ、葛葉様に治してもらったからな」


「そっか、いいなあ。旬介の母上も父上も心配してくれて」


新月は里芋が掴めず、刺せず、難儀していた。


「それよりさあ、その食べ方何とかしろよ。ぼろぼろ零して汚ねえし、持ち方もめちゃくちゃだし」


幼い頃を思い出した。ちゃんと箸が持てなくて、何度も手を叩かれた。その度に、黄龍が持ち方を教えてくれて持ち直させてくれた事。零すと怒られた。けど、口も手も服もその度に手拭いで拭いてくれた。


何度かべたべたの手で黄龍の着物を掴んでしまったこともある。お椀も引っ掛けて、黄龍に中身をぶちまけてしまったこともある。勿論怒られたけど、必要以上に怒られはしなかったし、自分の事は後回しで片付けてくれて、新しいものを用意してくれた。それが新月にないのかと思うと、少し不憫に思えた。


旬介は仕方ないなあと、新月の箸を一緒に持ってその使い方を教えた。


旬介の戻りが遅いので、心配になった黄龍が新月の部屋を覗いて、その光景を見た。


それに気付いた旬介が、迷惑そうに新月に言う。


「ほら、片付けが終わらなくて母上が困ってるだろ」


黄龍は笑った。


「いい。ゆっくりで。終わったら、持ってきてくれ」


「わかった、でも」


「なんだ?」


「俺、稽古あるし」


黄龍が笑った。


「珍しいな、稽古嫌いのお前が。どうした風の吹き回しだ」


本当に麒麟に似てる、と黄龍は思った。蜃に素直になれない麒麟がここにもいる。



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