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生克五霊獣 8話

その理想故か、後に里は子捨ての里と呼ばれるようになるのだが、それはもう少し先のお話。

「お地蔵様がいるなら、少しは守ってくれるかの。今日はこの辺りで休むとするか」

「はい」

この先進んでも、荒れた場所が改善しているような気がしない。晴明と葛葉は、お地蔵様の周辺を足で踏み慣らし、小枝を集めて焚き火をした。そこで、葛葉の持ってきた餅を夕餉として炙って食べた。

その晩、眠る葛葉の傍らで晴明がうとうととしていると、急に辺りが明るく感じた。人の気配がする。それも大勢の気配だった。灯りは、沢山の提灯のようだった。

不審に思った晴明は一旦葛葉を起こし、刀に手をかけながら奥の木に隠れた。葛葉が晴明の後ろに隠れる。ぎゅっと晴明の着物を握る葛葉の手が震えていた。

気配と灯りが近付いてくる。

これだけの人数を相手に出来るものだろうか。晴明の額にも変な汗が滲んだ。出来れば、このまま隠れてしまってやり過ごしたいところだった。

暫く様子を伺う2人だったが、それが常識的におかしい事に気付いた。

と言うのも、彼等が来る方向は道ではない。しかも、木や草も関係なく、真っ直ぐ歩いてくるのだ。その感覚が合っているとするなら……このままここにいては、彼等とぶつかる。

晴明は葛葉の手を引き、彼等の通路になりそうな場所を避けるように移動した。

再び、茂みに隠れて息を潜めた。

「!」

思わず声が出そうになった。

人影は只のモヤのような影であり、人としての身体には見えなかった。よく見れば、顔になるであろう部分に、溶けかけたゼラチンのような目玉が張り付き、人影に寄っては鼻汁のように垂らしながらそれは真っ直ぐ列をなして歩いていた。

それぞれの手の部分には、不気味に光るボロボロの提灯がある。

(あれが、死者。では、これが死人の道か……)

晴明は、初めての光景に恐怖を感じた。上手く息が出来ないような気がした。気付かれないように息を潜め続けるのがやっとだった。もし、相手に気付かれてら……失禁してしまうくらいでは、済まないだろう。

情けなくも、刀を握る手が震え始め、カチャカチャと金属音を鳴らそうとしていた。それに気付いた葛葉が、晴明の手に自分の手を重ねた。ご安心下さいと言わんばかりに。

盗賊には弱くても、この場での葛葉は有利だった。ぽつりと耳元で呟いた。

「私が結界を張りました。あの者達に気付かれる事はないでしょう。大声を出さなければ、話しても大丈夫です」

晴明は、ひと呼吸して、刀から手を離した。

「恐ろしゅうございますね」

「お主は、平気なのか?」

「見慣れておりますが、あのような参列は初めて見ました」

「見慣れて?」

「はい。実は、時折松兵衛と共に里の外に、戦の死者の弔いに出掛けることがございました。道に迷った死者は、時折あのような姿で現れ縋るのです」

「では、これが死者の道とか言うやつか」

「でしょうね。けれど、この霊道はあの世に通じていないような気が……」

話していた葛葉の言葉が止まった瞬間だった。葛葉の頭に、しくじったと浮かんだ刹那、考える間もなく晴明の襟首が引っ張られ死者の参列の中に引きずり込まれてしまった。

葛葉が手を伸ばした時には、晴明の姿は消えていた。

顔面蒼白で、葛葉はその場に崩れ落ちた。

「何故? どうして?」

全身が、ガタガタ震える。

一人の死者が、突然参列から離れ、晴明の着物の後ろ襟を掴むと、死者の参列に突き入れたのだ。

「助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ」

震えている場合ではなかった。葛葉は、自らも参列の中へと飛び込んだ。


暗くて、腐くて、暑苦しい。むんとした嫌な感じだ。更に呻き声やカナギリ声などの気味の悪い音が鳴りっぱなしで、思わず耳を塞いだ。

何が起こったか分からず、宙に浮いているのうな身体が、どっと地面に倒れたような気がした。恐る恐る目を開けると、沢山の足が自分を踏みつけている。が、その足は自分をすり抜け、前へと進む。痛くはないが、不快でしかない。

晴明は仕方なく立ち上がると、とりあえず参列に合わせて歩いた。

葛葉と話をしていて、気付いたらこうなっていた。参列から外れたいが、四方八方人影だらけで出口があるように思えない。

困った。

恐怖より、困った。

そして、心地悪すぎるので、一刻も早く抜け出たい。

どうしたものか。首を傾げた。


一方、葛葉も参列の中にいた。必死で晴明を呼ぶが、返事があるはずも無い。葛葉は懐から人形の札を取り出すと、そこに息を吹きかけた。札は蝶のように変化し、ヒラヒラと葛葉の頭上を舞った。

「蝶よ。晴明殿を探し出して、案内しておくれ」

蝶は闇の中に消えていった。

暫くし、蝶は葛葉の元に舞い戻った。そして、人影の流れに逆らうよう、ヒラヒラと飛ぶ。葛葉も、人影をかき分けるように流れに逆らって進んだ。

人影は避けることもなければ、それにぶつかり痛みを伴うこともなかった。しかし、顔に張り付いた目玉だけは、ポロポロ落ちては潰れた。それを拾うように人影が足を止め、それにつまづいて人影の波が乱れた。


晴明の周りに焔が上がり始めた。熱くはないが、苦しい焔だった。赤くなったり、青くなったり、例えるなら地獄の業火があるのだとしたら、この事だろうか。

暫くして、その焔が人影が変化したものだと気付いた。

同時に、目の前に焔を背にして葛葉が現れた。

「晴明殿! ご無事で」

葛葉は、このまま晴明の胸の中へと飛び込みたい衝動をぐっと抑えて立ち止まった。

「私の失態で……申し訳ございません」

「ああ、それより。早くここを出ないと」

まずい気がした。

「どうやら、この霊道はあの世に続いているのではなく、グルグルと同じところを回り続けているようですね。この霊道と死者達そのものが結界となっているようなのです。そしてこの死者の一部は、生前不運にもこの霊道に迷い込んでしまったものや、晴明殿のように引き釣り込まれたものたちのようです」

「何故、そう思う?」

葛葉は、死者を指さした。

「時折、あの様に生前の名残のあるものがいます。この様子だと、迂回ルートも怪しいものかもしれません」

一部の死者の身体に、数珠やお守りや簪のような物があった。

「結局は、避けて通れぬ道と言うことか」

葛葉は、先程と同じように人形の札を取り出した。

「現し世への道を案内して貰いましょう」

ぐいぐいと焔が押し寄せてきた。

葛葉が人形に息を吹きかけると、今度は燕となって飛び始めた。

「さあ、晴明殿。あの燕の後を」

晴明は、葛葉に言われるまま燕を追いかけた。

夢中で走り、何かに蹴つまづいて2人しして転がった。

見れば、お地蔵様だった。周りにあった人影も焔も、嘘のようになくなっていた。

そこには、しーんと静かに広がる暗闇だけ。

「無事抜けたようですね」

「怪我はないか?」

「はい。晴明殿は?」

「大丈夫だ」

なんだか、急に笑いが込み上げて来て、2人して暫く笑った。

「して、あの焔はなんだったんだ?」

「死者が怒ったんですよ。私が、彼等を押し退けたから」

「大胆な事をしたんだな」

「夢中でしたから」

更に笑った。

その晩は、2人眠る気にもなれず、朝方までお地蔵様の近くで語り合った。

そして翌朝、2刻程足を進めて見つけた。 崖のすぐ下にある村に。

「これが、湯治場のある村だろうか」

晴明は、法眼から渡された湯治場の村の特徴を描いた地図のようなものを取り出した。

「やはり、ここのようだ」

安心すると同時に、どっと疲れが出た。思えば、満足に寝ていない。

「葛葉殿、何処か休める場所を先に探しましょう」

「ええ……」


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