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生克五霊獣 76話

旬介は粥の入ったお椀を手に取った。


「ほら食え」


「なんだよこれ」


娘が不審な顔をしているのが、よくわかる。


「お粥だよ」


「なんだそれ」


「粥は粥だし、いいから食え」


旬介は、粥に匙を突っ込むと粥をすくって、娘の口元に突きつけた。


「うえ」


「食べる前から言うな」


無理やり娘の口の中に粥が突っ込まれる。


最初は嫌そうな顔をしていた娘だったが、ひと口食べると粥の椀を旬介から奪って、娘はそれを奪って食べた。随分、空腹だったらしい。旬介は旬介で、黄龍の頼まれごとを終えて一安心だ。先程まで心細かったが、訳の分からない娘にしろ誰かいることで心細さもなくなった。暫くしたら、きっと黄龍が助けに来てくれるような気もした。


娘は空になったお椀を置くと、旬介の顔をじっと見た。


「で、お前は僕をどうする気だ? 殺すのか?」


旬介の顔が、え? っと言った。


「殺す……殺しはしないよ。見張ってろとは言われたけど……」


はっとした。娘の呪いのせいで、攻撃系の呪術は使えないものの、言霊くらいは使える。黄龍に娘が起きたことを知らせ、麒麟に閉じ込められたことを報告し、早々に助けに来てもらおうと思ったのだ。


そこで、言霊を出そうと試みるも何も出てこなかった。


それもそのはず、麒麟が娘を閉じ込められた後に貼っておけと渡した札にはありとあらゆる呪術を封じる結界を作り出す効果があったから。どんな方法であれ、イタチを使わせないようにするための細工だった。ちなみに、これもすっかり麒麟は忘れており、何かヤバくなったら旬介が言霊で呼びに来るだろうと思っていたから、この後のピンチは誰にも想定外であった。



*****



夕餉の席にみんな集まった。蜃の姿はなかった。


「あれ? 葛葉様、蜃様は?」


薫風が尋ねると、葛葉は首を傾げた。


「会議の後から見ておらんのだ。他のものとおると思っておった」


「待ちましょうか?」


葛葉は蝶の言霊を作った。


「子供達を待たすのは可哀想じゃ。夕餉が始まった事だけ伝える。蜃は後でも大丈夫だろう」


料理がそれぞれ並んでから、藤治が誰とも言わず声を掛けた。


「あれ? 旬介は?」


その声に反応したのは黄龍だった。


「ああ、先程例の娘に食事を運ぶように言いつけて。そろそろ食べさせて戻ってきてると思ったんたんだが……お前達、一緒じゃなかったのか?」


子供達が一斉にバラバラと首を左右に振ってみせた時だった。


「あー!」


麒麟が、思い出したかのように叫んだ。


「やっべ! 札剥がすの忘れたわ」


「は? どういう意味だ、麒麟?」


黄龍が曇った顔で問うた。


「……いやあ、黄龍の用意した祓いの粥を食ったら、出てくるじゃん。溜まりに溜まった呪詛が具現化してさ。修行にいいと思って、旬介を娘と同じ牢に閉じ込めて来たんだけど……霊力封じの札貼ったまんまだからなんかあっても助け呼べないよなって」


黄龍の拳が、麒麟の顔面に飛んだ。


「ばか! あの子は今、呪術封じされてるんでしよーが!!」


麒麟の顔が青ざめる。


2人してドタバタと、地下牢に走った。


「どういう事だ?」


驚いたまま、呆れたように呟いた葛葉に、朱雀が答えた。


「富子と泰親が、あの娘を使って、子供達の血を封じたようで。本来の力を使おうとすると暴走するんです。簡単な言霊くらいなら使えるんですけどね。俺もだけど、ドタバタしてて忘れてました」


「それは、麒麟の子だけか?」


「うちの子と2人」



*****



急に娘が苦しみ出した。苦しそうにのたうち回ると、吐瀉物と共に真っ黒いヘドロのようなものを吐き出した。その量は以上で、何度も何度も嗚咽しながらも止まらずに吐き出される。息がまともに出来なくて、苦しくて意識が朦朧とした。それでも止まらず、気を失いかけたところで、それは止まった。


「毒……かよ……」


ぐったりした身体で、娘は恨めしそうに呟いた。


「毒……なんて」


旬介も信じられず、間近で目視してしまった地獄のような光景に、泣きそうになりながら呟いた。


「殺さない……って……言ったく……くせに……嘘つき」


娘はヒクヒクとしていたが、それを詫びる間もなく、娘の吐き出した真っ黒の吐瀉物が、うごうごと蠢いているのに気付いた。まるで、生きているようだ。


その真っ黒い吐瀉物が徐々に何かを形成していく。


「ひっ!」


じわりと、ちょっとだけ失禁してしまったきがした。けれど、それを恥じる暇もなく、その物体から光る目のような物が旬介をしっかり捉えたのだ。


それは、のそりのそりと近付いてくる。


「来るな」


恐怖の涙で視界が歪む。自分が無力であること、今は刀すら部屋に置いてきてしまっていること。これがこれ程怖いものなのかと、身をもって感じていた。だが、娘から出てきたそれは容赦しない。


腰が抜けてまともに動けない彼に向かって、ぬるぬると腕のようなものを伸ばしてきた。獣臭い息のようなものを感じた。


「ひいい!」


ぬるぬるとした腕のようなものを、旬介の身体を抱くように巻き付きつけると


、黒い物体は彼の身体をゆっくり引き付けていく。


「やめ……ろよ……」


娘が声を出した。何故そう言ったのかは、彼女にもわからなかった。


その声に反応した黒い物体は、腕のようなものとは別に今度はしっぽのようなものを体内から出し、娘を鞭のように殴りつけた。勢いで、娘の身体が壁に転がった。


『何か出てきたら、仕留めとけよ! 確実にな』


旬介の頭の中で、麒麟の声が蘇った。


「……無理だって……」


思わず愚痴た。


黒い物体に旬介の身体が引き寄せられた。食べようとしていたのだ。


が、あんぐりと開けられた物体の口のようなものから刀がズンっと飛び出すと、旬介を絡めていた腕のようなものがずるりと抜けた。


瞬間、パン! と物体は風船のように弾け飛んだ。牢の中に真っ黒いヘドロのようなものが飛び散り、見るも無残な空間だけが残された。その先に、刀を持った麒麟と牢を開けようとしている黄龍の姿があった。


「なんとか間に合ったみたいだな」


麒麟の安堵の声が聞こえた。


「ふえ……」


ガチャ……と、牢が開いて黄龍が入ってきた。


「大丈夫か? 麒麟のバカがなあ、酷い目にあったな。怖かったろう?」?


黄龍はこの時、旬介が知らぬ間に失禁していたのに気付いたが、それには触れずにまだまだ幼いと抱きしめてやっていた。それを見ながら、麒麟は頭をかいた。


常日頃から黄龍の過保護っぷりが目に余るので、獅子が子を谷底に突き落とすつもりで決行したのだが、麒麟の不注意で失敗した。


いつもなら、過保護も大概にしろ! と言ってお前もだったろ! と言い返されるのだが、今回はその言い合いすら出来ない。


はあっと溜息を吐くと、麒麟は娘の傍によった。


「お前も出て来い。先ずは湯浴みだな」


「……」


娘は横たわったまま、麒麟を見上げた。


「悪いようにはせん。この状況も、後で教えてやる。殺されたくなければ、言われた通りにせい」


娘は麒麟に掴み起こされて、ずるりずるりと歩きながら牢を出た。




黄龍は先ず、旬介が今の姿を皆に見られては自尊心が傷付くと思い、こっそり先に風呂に入れて着替えさせると部屋に送った。


暫くして、黄龍が娘を風呂場へと案内した。初めての湯浴みを、娘は躊躇って見せた。


「怖がるな」


と、娘を座らすと丁寧に洗ってやり、湯船に入れてやったのだが、その際背中の酷い傷に気付いて聞いた。


「お前、背中の傷はどうした?」


娘は言いにくそうに答えた。


「……僕は役に立たないから、ダメだから。お仕置きだって。だから、父上に喜んで貰うことをしなきゃダメだって。……そう母上が、教えてくれた」


「痛かったろ」


娘は頷いた。



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