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生克五霊獣 62話



(兄上、流石に強いな)

と、麒麟は部屋で自分の掌を見つめながら思った。手が僅かに震えている。

ああは言ったが、今度こそ負かしてやろうと麒麟ながらに稽古は続けていたつもりだった。人を殺める決意が出来たのも、蜃のせいだ。人を斬る覚悟がなければ、蜃は倒せないだろうと思ったから。蜃を倒せなければ、自分の抱えるコンプレックスや劣等感からも抜けられない事は分かっていた。

蜃は優しい。それ故に、悔しくて辛いものがあった。

俺は、兄上のように優しくもなれない。

じゃあ、自分はなんなのか。何が優れているのか。結局は、弟でしかないのか。それが悔しくて悔しくてたまらなかった。

「麒麟」

黄龍の声がして、はっとした。

「なんだ?」

「入るぞ」

障子が開けられ、部屋に黄龍が入ってきた。

「どうした?」

「蜃様と旬介が遊びに出て行ったからな、2人でお茶でもと思ったのだ」

黄龍が、淹れたばかりの茶を湯呑に注いで麒麟に差し出した。

「蜃様は、流石に強くなっておったな」

「……うむ」

「けど、麒麟も強かった」

「今回も勝てなかったがな」

「けど、負けはしとらん」

「兄上が、手を抜いたのかも」

「まさか」

「黄龍は、呆れたか?」

「呆れたわ」

「…………」

渋い顔で、湯呑みを置く麒麟の頬を黄龍がつねった。

「痛い! 痛い! なにするっ」

「そんな事を気にするお前に呆れたというのだ」

「は?」

「蜃様が強いのは当たり前ではないか。龍神と鬼の子で、しかも鬼は武術の天才ときてる。お前のような一般人が勝てると思うな」

「何を言い出す?」

「そんな化け物を相手にして、相打ちに持ち込んだお前は凄いと言いたいのだ」

「…………」

「それに、蜃様も必死だろう。五霊獣の馬鹿達を取りまとめねばならんのだから、必死で強くなったのであろうに。しかもその1人は、人を殺めてまでこの里を守ったのだ。プレッシャーだな」

麒麟は、ふっと笑った。

「黄龍、すまないな」

「全くだ」

と、麒麟の唇が黄龍のそれと重なった。


*****


翌朝、ぎゃんぎゃん泣きわめく旬介を黄龍が抱きながら、麒麟と共に蜃を見送った。

「蜃さまー! 帰るのやだー!!」

短時間にすっかり懐かれて、嬉しいような心苦しいような気持ちで、蜃は旬介の頭を撫でた。

「また、遊ぼうな。今度は、家にも来るといい」

「やだー! もっと遊ぶう!!」

「旬介、今度は遊びに行こうな」

「ふえええ」

黄龍の胸に顔を埋めながら泣きわめくので、彼女の胸元はすっかりベトベトになってしまっていた。

「兄上、さっさと行ってくれ」

麒麟がしっしと手の甲を振るので、それを見て蜃が苦笑いを浮かべた。

「相変わらず、お前は可愛げがないな」

「こんな、おっさんに可愛げを求めるな」

「全く、帰る!」

ふいっと踵を返して帰ろうとする蜃を、見えなくなるまで麒麟は見ていた。懐かしい風景だった。

その横で、ぐずる旬介の背を撫でながら黄龍が呟く。

「お前も少し肩の荷が降りたのではないか? ようやく、昔の顔に戻ったように見えるよ」

「ん?」

黄龍が笑った。

「こっちの話だ」


*****


これは、数年前の出来事。


麒麟と黄龍は里を出て、1人の忍びを追っていた。

息を切らせながら、傷を追いながらも男は必死で逃げていた。自ら押さえた脇腹には手裏剣がめり込み、そこから血が滲み出ていた。抜けば血飛沫と共に運悪ければ内臓すらも飛び出すだろう。男は分かって、それを抜かずに逃げていた。

捕まえようと思えば、直ぐにでも捕まえられそうなくらい男の足元は及ばない。男もそれを分かって、なるべく茂みの中を抜けた。

(無駄だな)

そう思いながらも、麒麟と黄龍はあえて捕まえずに後を追った。

ふと先に、男の把握出来る範囲から、麒麟だけが消えた。黄龍は囮になった為だ。

更にずんずんと男は必死で逃げる。暫くして、男は力尽き、その場で崩れるように倒れた。

黄龍が男の傍に寄り触ると、男は事切れていた。

ざっと、麒麟が黄龍の元に現れた。

「死んだのか」

「ああ」

男の状態を簡潔に伝えた。

「黄龍、この先に村が見える。恐らく、こいつの村だろう。潰すぞ」

黄龍は、ひゅるんと自らの霊力を鷹の姿に変えた。

「皆を呼ぼう。2人じゃ無理だ」?

麒麟は男の服を剥ぎ取り、それを自ら纏った。

予め待機していた、他の五霊獣達は直ぐに来た。

先ず最初に麒麟が村へと入った。暗いが、訓練された目でよく見える。乾いた土地と、貧しそうな建物が並ぶ。臭いで、人が暮らしていることがよく分かる。

徐々に周りで悲鳴にもならない声や物音が始まった。

口を塞がれては寝込みを襲う、手っ取り早い暗殺だ。他の五霊獣達に次々倒される中、麒麟もそれに続いた。それに勘づいた子を抱いた女が目の前に飛び出してきた。

「あんた!」

麒麟がはっとした。

「あんた、無事だったんだね!!」

ああ、そうか。と麒麟は察した。この親子は、先程死んだ間者の家族か。

麒麟が刀を抜きざま女の首をはねた。呆然とした表情で女の首が宙を舞い、床にゴロンと転がった。ゆっくり倒れた女の身体から、赤子が落ちた。

「ぎゃああああ!」

赤子の泣き声に、まだ襲撃されてない村人が飛び出てきた。

「麒麟!その子供なんとかしろ!!」

五霊獣の誰かの声がした。

麒麟の前を横切り、赤子に真っ直ぐ刀を突きつけたのは黄龍の方だった。

「ぎゃああああ!」

だが、その刃は赤子の頬を深く切り裂いただけだった。

「ぎゃああああ!」

「なにやってんだよ!」

またもや、五霊獣の誰かが叫んだ。

「すまない」

黄龍は麒麟にだけ聞こえるように呟くと、赤子を抱きしめて村の外へと走った。その声は、悲痛に満ちていた。

ただただ、止めることも出来ず。麒麟を始めとする五霊獣達は、村人を1人残さず始末するとその村に火を付けて退散した。

里を守る為、里の秘密を知られる訳にはいかない。

必要なまでの処置だった。

そう信じた。


「皆、すまない」

そう頭を下げた。兄弟同然に育ってきた幼馴染に頭を下げたのは、これが初めてだった。全てを俺が背負うから、麒麟の覚悟の証だった。

「皆が手を汚したのも、俺の命令ゆえ。皆は何も悪くない、この里を任された俺がこの里に住まう条件に皆を脅し、させただけだ。そういうことにしておいてくれ」

「馬鹿言うなよ。俺達やった事実は変わらねえし、それを上から物言うのはおかしいだろ? 俺達は納得して動いたんだ」

そう最初に声を上げたのは青龍だった。その表情は、怒ると言うより悲痛に見えた。

「すまない」

「それより」

と、横から朱雀が切り出した。そして、続けた。

「黄龍があの村の子供を抱いて去ったように見えたんだけど。どういうつもりだ?」

少しの間を置いてから、麒麟は続けた。

「……黄龍と俺には子が出来ん。黄龍は、もう限界なんだ。だから」

「あの子を育てる気なのね」

と竜子。

「ああ。俺には、止めることは出来ん。だから、せめて背負わせて欲しい」

「麒麟も黄龍も、わかってるだろうな。もし、あの子が何かの拍子にこの事を知ったら、とんでもないことになるぞ。親が一気に仇へと変わる」

説得するようにゆっくり話す朱雀を、麒麟は見れなかった。

「わかってる」

「お前……」

何かを言いかけた青龍を、竜子が止めた。

「わかるなんて気軽に言えないけどさ、私も女だから少しは気持ちがわかるのよ。だから、私は見守るわ」

「…………」

納得出来ない、という顔で不満げに青龍は顔を背けた。そして、言おうとした言葉を飲み込んで、別の言葉を見つけた。

「だからって、これとそれは違うだろ。お前一人で背負うべきものでもないと思う」

「兄上と約束したんだ。俺は恵慈家の次男だから」


*****


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