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生克五霊獣 6話

昨夜の事を反省する葛葉とは逆に、晴明は拗ねたように目も合わせずに彼女から顔を背けたまま。気まづい雰囲気の中、雨宿りも兼ねて昨日と同じ茶屋に入った。

「晴明殿、その……昨晩は、申し訳ございませんでした。私もつい腹が立ってしまって……」

晴明は、まだ熱い頬に触れた。じんじんする。同時に、女子に手を上げた事を、晴明なりに反省していた。

「痛みますか?」

「まあ、いい平手打ちだったよ」

「診せて貰えませんか?」

晴明は冷めた目で葛葉を見つめるも、左頬を押さえる手を退けた。

昨晩、最初に殴ったのは晴明の方である。葛葉を落ち着かせようとした程度だったから、そんなに力を入れたつもりはなかったが、多少頬が赤くなっていたのは確認していた。それが、晴明と違い綺麗さっぱり跡形もなくなっているわけで。

葛葉が晴明の腫れた頬に手を伸ばすと、触れたその手が熱を帯びた頬にはひんやりと感じられた。それはほんの数秒の出来事で、先程までじんじんした痛みと熱を持っていた頬は、嘘のように元に戻った。

「これで、もう大丈夫ですよ」

自ら触れても、痛みも熱もない綺麗な頬だ。

「これが噂に名高い治癒の力か」

「結果的にそうなっただけです。この力でどうこうなろうと思った訳ではありません。ただ、私の力が少しでも人助けになれればと思っただけで。そうすれば、少しは母上が救われるかと思っただけの事」

葛葉が人を救えば救うほど、晴明が傷付いて来たなど、彼女に想像できるはずもなかった。そして、散々自分を苦しめた力に救われる皮肉にあうとは晴明も、予想だにしてこなかった。

「貸しが出来たな」

やはり素直にはなれない。ぽつりと呟いた。

「そんな! 第一、その傷は私が作ったものですし」

「先に手を出したのは俺だ」

「それは、私が……!」

葛葉の話を聞かずに、晴明はお茶代を払うとすたすたと歩き出した。いつの間にか、雨は止んでいた。

「先を急ごう。迂回ルートだったな」

「迂回せずに進めば、2日程で着くようですし、これ以上野宿もお辛いでしょう。真っ直ぐ進んでみませんか?」

昨晩の晴明との喧嘩、葛葉は葛葉で反省していた。葛葉にも配慮が足りなかったと。

言い方を、もう少し改めるべきなのだが、彼女にはまだまだ学習が足りない。

晴明が歩みを止め、冷たい目で振り返る。

「別に。今更構わん」

坊ちゃん扱いするなと、晴明は思った。

「あ、けど食糧の事もありますし」

「では、山賊が住む場所故の死人の道だったらどうする?」

葛葉を見殺しにするのも目覚めが悪い、ましてや庇うなど以ての外だ。

「やはり、迂回ルートですか……」

「賢明だろうな」

晴明は、再び歩き出した。

迂回ルートを行けば5日も掛かるそうだ。ましてや、葛葉の足だと+1日は必要だろう。聞けば、迂回ルートの途中に一応小さな村はあるらしい。天気が崩れない事だけを祈りたい。

若干ぬかるんだ山道は、足元がよく滑るので、どうしても互いに歩みが遅くなる。日が随分と落ち始めた所で、野宿を決めた。しかし、まだ雨水を含んだ土も葉も健在で、到底野宿など出来そうもない。晴明独りなら、木の上で寝るか……と上を見上げるも、進んだ先は村より雨が激しかったのか葉の水が十分すぎる程溜まっている。

「浅はかだったな。もう1泊してこれば良かった」

しかし、この先はまだ長い。同じ事が何度も起こらないとは限らない。

「少し、この辺りを乾かしましょうか」

「は? そんなこと出来るのか?」

「はい、炎を司る朱雀の力で」

皮肉を感じるが、意地を張ってる場合ではない。

「やってみろ」

「はい」

葛葉が何やらモゾモゾ唱え、九字を切ると、その場一体があっという間に干上がった。

「これなら、野宿も出来ましょう」

「また、貸しが出来たな」

綺麗さっぱり干上がったその場は、初めての野宿より心地よい。

「さっさと寝て、明日に備えろ」

「晴明殿、また起きておられるつもりですか?」

晴明が溜め息を見せた。

「それなりに、落ち着いたら少し眠るさ」

「そうですか、その時は遠慮なく起こしてくださいまし」

「ああ、そうするよ」

このまま、葛葉を置いていくことも、寝込みを襲うことも出来るのだが、この先も含め、旅には葛葉が必要だと晴明も分かっていた。

自分がこの旅に参加しているのは、鬼退治でもなければ、葛葉を認めるためでも娶る為でもない、彼女の死を見届ける為なのだ。けれど、この女はしぶとくても独りでは直ぐに死ぬだろう。浅はかで無知で非力すぎるから。術者と言うだけでは、どうしようもない。

自分の存在する意味は? 考えれば考えるほど、己の価値が見い出せない。恵慈家で、必要ないのは自分だと十分に分かっていたから。嫡男であって、嫡男の器がないことがどれほど惨めなことか。この旅で既に痛過ぎるほど、痛感している。

そんな晴明の苦悩を知ってか知らずか、葛葉はすやすやと寝息を立てながら、晴明の傍らで眠ってしまった。

「女子とは、呑気なものだな」

なんだか、笑えてきた。


翌朝、うとうととする中で物音を聞いて、晴明の目が覚めた。

周りを見ると、殺気立っている。確実に、茂みから何者かがこちらを見ていた。

その異変に葛葉も気付いたようで、青い顔して震えていた。

「葛葉殿、こちらへ」

庇う気など、なかった。なかったが、猛獣に狙われた小動物のように、ガタガタ震える小娘を放ってはおけなかった。

腰を抜かしたのか、葛葉が這いながら晴明の傍に寄ると同時に、茂みから何者かが飛び出した。

咄嗟だった。考えるより早く、晴明が刀を抜き、その者を切り捨てた。

ドサリと落ちたのは、汚らしい男だった。

それを合図に、数人が飛び掛かってきた。晴明に、考える暇などなかった。一人斬り、二人斬り、三人斬った所で、ああ山賊に襲われたんだと理解した。そして、このまま自分が手を止め走って逃げれば、葛葉は殺されるんだとも思った。それで、自分の本当の目的は達成出来るし、自分だけなら逃げることなど楽勝だと。

そう思い、最後の男を斬らずに避けた。よろけた男は体制を立て直すと、今度は葛葉に襲いかかった。

しかし、やはり晴明に心を凍らしてまで見捨てることなど出来ず、彼は小さく舌打ちすると男に向かって脇差を投げた。

脇差を背中に受けた男は、その場に崩れ落ちた。

「……迂回ルートを狙った山賊か。やはり、引き返すか。この先も……」

はっとした。葛葉が、声も上げずに泣いていた。なんて、か弱い。そして、どんなに憎んでも、どんなに術にたけていても、一人の女子なんだと気付いた。

「葛葉殿?」

晴明が、葛葉の背中にそっと手をやった。

「怖かった」

どうすればいいかわからず、ふと幼い頃を思い出した。幼い頃、怖い夢を見て寝小便をして泣いていた時、母がぎゅっと抱き締めてくれた事。仕方なく、仕方なくだと。晴明は、葛葉を抱き締めてやった。

「落ち着いたら、引き返そう。まだ、死人の道の方がマシかもしれん」

葛葉は、晴明の腕の中でコクコク頷いた。

一刻程すると、すっかり昼間の景色に戻っていた。先程までの乱闘も嘘のように、小鳥が囀り風が吹く。けれど足元に転がる死体や、風に乗る血の匂いが夢ではなかった事を告げる。

葛葉は晴明の胸から離れても、その着物まで離すことが出来なかった。晴明も振り払う事などせず、暫くそのまま歩いた。葛葉の心臓はまだドキドキしていたし、身体もガクガクしていた。

半刻程歩いて、流石に動きづらくなった晴明は、いつものため息のあと葛葉を着物から振りほどき、代わりにその手を握ってやった。想像より細かった。

「これで、少しは歩きやすくなる」

「申し訳ございません」


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