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生克五霊獣 57話

蜃が風呂に入っている間、玄武は里の定食屋へと走り、食事と酒を用意させた。

「気持ちよかったぞ。すまなかったね」

「いいえ、突然の事で、なんのお構いもできず」

蜃の目に映る玄武は、綺麗で逞しさもある青年だ。

「お前、いくつになった?」

「20です」

蜃は、声を上げて笑った。

「そうか! もう、そんなになるのか!! そりゃ、気付かぬうちに、俺もジジイだ」

「え! ジジイだなんて、そんな。それより、この酒飲んでみてください」

蜃は、玄武の酌したい酒を1口飲んだ。すっきりしながらも、濃厚なしっかりした味が口の中に広がる。飲んだことがないほどに、上等な酒だとわかった。

「美味いな。無理したんじゃないか?」

玄武は酒を褒められ、少しだけ照れて見せた。

「俺が玄武領の領主になってから、手掛けた最初の酒なんです。玄武領では、酒造りに力を入れています。俺の力が、酒造りに向いているから。村人が度々外に売りに行ってくれるんですが、幻の酒だと呼ばれ始めてます。これから、もっと有名になるといいなって」

「なるさ! この酒なら、天下の織田信長も気に入るはずだ」

「織田?」

「お前は、外の世界に疎いかな? まあいい、外で勢力を誇っておる武将だ。気にすることは無い。ところで、酒の名は?」

「夢路」

「ほお」

「夢路のこと、聞いた?」

「ああ、亡くなったという話だけはな」

「そっか」

「お前が、生まれるずっと前の話だ。俺も、愛する人を亡くした。身が裂ける以上に辛かったな。あの時は、周りの事もあって、泣くに泣けなかった事も多かった」

「兄上の、お嫁さん?」

「いや、何度もフラれた相手だよ」

蜃は苦笑いを見せた。

「けどなあ、最後の最後で気持ちが通じたと思ったんだ」

「今は?」

「今も愛してるよ。でも、もう大丈夫」

「そうか。俺は、まだダメだ。ここで1人で生きていこうかと思ってるとこ」

「そういうな。何れはお前も、父にならねばなるまい」

「兄上は?」

「俺は、1人でいる」

「ずるいなあ」

「俺は、モテるからいいのだ」

笑って過ごそう。今夜は、同じ痛みを抱えた者同士で。

聞けば、玄武は葛葉の話と同様、1人で玄武邸に住んでいるという。嫁をとれる程、まだ気持ちは癒えてはいない。

食事は、決まった玄武領の定食屋がいつも運んで来てくれるから問題はないそうだ。洗濯や掃除も、毎日玄武領の女達が世話しに来てくれる。家族のようなものだと話していた。

翌日になり、蜃は朱雀領へ向かった。考えてもみたら、こうしてゆっくり里を巡った事などなかったことに気づいた。里は、蜃が思っていた以上に遥かに広かった。

かつて、恵慈家の先祖が土地を貰い受け、秘密の場所として闇に忍びながら存在してきた。人々は、知らぬうちにそこで暮らす者達を闇忍と呼び、差別し、遠ざけてきた。それ故、子孫が徐々に徐々に里を広げていったのだと考えられる。そうでも思わなければ、異状な程に里は広く、そして入ったら生きて帰れない、子供は泣く間もなく消える等の噂が巡り巡り、この一体は日ノ本から無いような扱いだった。


それが……


朱雀領に着いたのが夕方頃。華炎は五歳前後になるであろう子供を連れていた。父親の朱雀(藤治)によく似た、女の子のような可愛らしい男子だった。

「お前が、里に来た頃を思い出すなあ」

懐かしさに、朱雀の倅の藤治を抱いて蜃は笑った。あまり人見知りはしないようだ。

「そうですか? ちょっと、優男すぎやしませんか?」

朱雀は、心配そうに言った。

「ここでは、このくらいで丁度いいだろ」

その晩、酒と肴を共に、朱雀と華炎と話が盛り上がった。積もる話は、こちらでもやはり多い。酒は、玄武領の夢路だった。

「それにしても、華炎が母親になるなんてな。俺には想像出来んかった。いつも朱雀に甘えていたのに」

「朱雀は兄上みたいな存在だけど、特別だから。でも、母っていうのは慣れないわ」

「俺は、華炎で慣れてるから」

蜃が、笑った。

「仲良きことは、良いことだ」

「兄上は、いなかった時の話はどのくらい聞きましたか?」

「そうだな、母上と玄武には会ってきたのだ。そこで、夢路の話と玄武の話をな」

「そうですか、ならよかった」

「何が?」

「それぞれの話は、それぞれから聞いた方がいいと思うから」

「? そうか」

蜃は、この時の朱雀の物言いが少し気にはなったものの、あえてそれ以上は言わなかった。それを確認するかのように、朱雀は語りだした。

「元々の家から、それぞれの領土に移ってから、各領で競争が始まったのですよ。どの領が一番里を栄えさせられるかっていう。ただただ平和に暮らしていた俺達には刺激が足りなかったので、一種のゲームみたいなノリでね」

「ほう」

「玄武から聞いたのでしょう。玄武領は、酒造りを始めました。そこで朱雀領では、炎を活かして鉄製品造りをメインに始めたのです。主に、刀鍛冶から鉄砲鍛冶。外の世界に数人派遣し、技術を盗んで来させると、里で独自の開発を進めました」

華炎が、真新しい刀を一振、蜃に差し出した。

蜃がそれを手にすると、各所に施された装飾の素晴らしさと、妙な軽さを感じた。

スラリと、鞘から引き抜いた。刀身が光もないのに、紅くキラリと光った。

「見事だな」

「朱雀の炎で打った刀は、軽い上に恐ろしく丈夫でよく切れる。それに、不思議と熱を持っているのです」

「熱を?」

朱雀が蜃から刀を受け取ると、それを灯篭の油にそっと近付けた。

ボッ! と炎が上がった。

「これは、炎を操る俺だから許される悪戯ですよ。真似しないでくださいね」

笑いながら、朱雀は刀を蜃に渡した。

「俺が打った最初の刀です。是非、兄上に」

「いいのか?」

「はい」

そして、この晩は朱雀と華炎と語らった。

翌日になり、今度は白虎領へと足を運んだ。

白虎には、夕方前に着いた。最初に出迎えたのは、薫風だった。小さな女の子を背負っていた。

「玉のような子だな。可愛い」

「うちは娘なんですよ。将来はどの領に嫁がせて、領土を大きくしようかしら」

悪びれずくすりと笑うので、蜃は驚いた。その顔を見て、彼女は更に笑った。

「そんな顔しないでくださいませ。冗談ですよ。今、旦那様は領の様子を見に行っておりまして、まもなく夕餉の支度も始めますから、お茶でも飲んで待っていてください」

蜃は薫風に案内され、居間に通された。お茶と団子を運ぶと、薫風は背負っていた娘を傍に寝かせた。

「もう、黄龍ちゃんにはお会いになられました? お留守の間の話を、何処までお聞きになれれました?」

蜃は、小さなデジャブに顔を傾げた。

「朱雀も同じ事を言っておったな。何かあったのか? 俺が聞いたのは、夢路の事と里の特産物のことくらいだが……」

薫風は、にっこりと笑った。

「そうですか。それなら、私も白虎領についてご説明致しましょう。白虎領では、力を提供しているのですよ」

「力、とは?」

「風の力で、大きなものを起こす。時にはエレキテル、時には水の動きなど。風車をイメージして頂ければ、その力が想像出来ましょう」

「ほう」

「力は、生活を豊かにする」

「考えたものだな」

白虎(獅郎)が、帰ってきた。

「お久しぶりです。風の噂で聞いていました」

「風の噂とは上手いな」

「まあまあ。里では蜃様の帰りを祝って、祭りをするとか」

「なんと、大袈裟な」

蜃は、笑ってから顔をしゃきっと戻した。

「そんなことより、夢路の話は聞いた。辛かったな」

白虎は、苦笑いを見せた。

「あまり、思い出したくはないのですが、夢路を1人にした俺も悪いんです。もっと、夢路の事を気にかけてやれば良かったのに……」


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