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生克五霊獣 45話

蜃は、ふと顔から表情を消した。そして、その先を見つめていた。かつて、自分の生活を変えたもの。自分から愛しき最愛の者を奪ったもの。全てが、また繰り返されようとしている事に腹ただしささえあった。

「これは、俺の復讐でもある。今度は俺が2人を封ずる。忌々しい」

「お前には、苦労を掛けるな」

葛葉は、そう囁くとその場を離れた。


*****


かつて、人であった男女の姿が山奥にあった。人でなくしても、まだ人であった頃の姿はなく、それすらお互いに不快感を覚える理性もない。

皮膚は爛れ、目は釣り上がり、口は裂け。ただ時折、人であった頃の面影を移すその姿は、人が化け物に呑まれてしまった痕跡であろうとわかる。

その2体の化け物の口から、黒い霧のようなものがごうごうと吐き出され、それは空に立ち昇っていく。

「ああ、忌々しい。忌々しい」

降らせた黒い雨を遮られたことに、心底腹を立てていた。

「葛葉め。何処までも、わらわ達の邪魔をする。何時も何度も。あの娘を先に始末するのが先決じゃ」

女の口から、低い恨み言が漏れた。

「可愛い我が子と我が孫を誑かし、本当の鬼はどっちじゃというに」

そして、時折すすり泣いた。

「許せぬ、許せぬぞ……」

男の方が、女に詰め寄った。同様に、口から真っ黒な霧を吐き出しながら。

「まだ、力が足りぬ。もっと人を喰らいましょう。幸い、ここには捨てられた子が多くやってくる」

そう、ここは紛れもなく子捨ての里だ。誰かが見つけない限り、捨てられたままでは里の者にはなり得ない。迎えなど来ない、まだ理性を持たない子が時折やってくる。

運悪く、喰らわれたこの骨が周囲に散乱していた。

「子では、力にもならぬ。ただの腹の足しじゃ」

鬼と成り果てたその心には、負の感情しかない。

「さあ、富子さん。そう悲観なさらずに。まだ、諦めるには早いですよ」

泰親は、くすくす笑った。


*****


屋敷に、里の長が訪ねてきた。聞いて欲しい話があるという。

「珍しいな」

晴明は、長を居間に通すように告げた。

葛葉に案内される最中、長は葛葉を懐かしそうに見た。

「最近は儂も老いが酷くて、寝て過ごす事が多かったのです。葛葉様、あの幼子が母になるとはなあ。儂もそろそろ迎えが来るかの」

「お爺さん、そんな事言わずに。まだまだ人生これからですよ」

廊下を通ろうとしたところで、旬介の足が止まる。見慣れない老人を見て、さっと影に隠れた。

「旬介、いい年なんだからちゃんと挨拶せえ」

姿の見えない旬介へと葛葉は一喝し、すぐさま長に振り向いた。

「下の息子ですよ」

「ほう、いつの間に。儂は1人しか知らんかった」

「色々ありましたから、里の者にも秘密が多くて。この機会に、色々お話しますよ」

長を部屋に通すと、そこには晴明が座っていた。

再び、長は懐かしそうに目を細めた。

「随分、ご無沙汰しております。幼い頃は、よくして頂いていたのに。近頃は、挨拶にも伺わずで」

晴明が一礼した。

「なあに、気にすることは無い。昔からそうじゃ。里のことは、里に任せる。里を守るのが恵慈家の仕事とな」

促されるまま、長は晴明の前に腰掛けた。

「して、話とは?」

長は、顔をくしゃりとしてから話し始めた。

「10年程前、里が黒い霧に呑まれたことがある。あの時は、悲惨だった。疫病が蔓延し、作物が枯れて、沢山の里の住民が姿を消した。里の秘密を守るためとは言え、このような悲惨な状態であっても、逃げ出した者を抜け忍のように手にかけるのは本当に辛いものだった。その時の悲劇が、また繰り返されようとしておる。空を見ればそれはわかる。このような事は言いたくないが、恵慈家だけでは里は守れぬのではなかろうか」

晴明は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

「仰る通りで。ですから、我々は新たな体制を整えている最中です。もはや来年にはと」

「して、その体制とは?」

「里を5つに分割し、その里をそれぞれ恵慈家の血を分けたものに守らせます。確かに、その力は我々より小さくなるかもしれない。けれど、里の隅々まで目が届く上に、いざと言う時の対応が早くなる。そして、最終的にはその5つを恵慈家が管理する」

「晴明殿は、そこまで考えておられるか」

「はい」

長は感嘆の声を漏らした。しかし

「今回、儂が来たのには、更に話があってな。最近、里に捨てられる子が少ない。否、それであれば悪いことではないのだ。そうではなく、実は捨てられておるにも関わらず、何者かに連れ去られておるのではないかと睨んでおる。儂がそれに気付いたのは、大雨の日からじゃ。証拠に、あの雨で子供の骨のようなものが里の麓に幾つか流れてきた」

「喰ろうておるものがおると……」

長はこくりと頷いた。

「獣かもしれぬ。しかし、それにしては食べ方が綺麗なのじゃ。儂としては、里の者に手を出される事を考えるとな」

「それに気付いてる者は? おるやもしれんが、まだ少ない。何とかしては下さらぬか?」

晴明は、一礼した。

「早急に」


長が帰ってからだった。晴明は葛葉に、長の申し出を告げた。

「恐らく、鬼2人だろうな。子を喰らい、飢えをしのぎながら力を戻そうと足掻いておるのだろう」

「ああ」

(晴明殿には、辛かろう)

葛葉の考えを見透かしたかのように、晴明が一言告げた。

「気にするな。俺は家族を守ると決めたのだからな」

「…………」

葛葉にとっては辛い存在であれ、蜃にとっては歪んだ愛情を押し付けようとした相手で、晴明にとっては我が子に甘過ぎる相手であるのだ。醜い感情が、葛葉にしか向けられていないことは、昔から分かっていた。

「自分がいなければ等と、再び考える事は許さん。あんなに嫌っていたはずのお前を、俺は選んだのだからな」

葛葉が涙を堪えながら頷いた。

「さて、どうするか。俺が囮になるとするか」

晴明がにっと笑った。どうやら、作戦があるらしい。


*****


蜃が、山の中を1人歩いていた。

葛葉が示した、例の場所の辺りである。囮だった。

最初は晴明が囮になる予定であったが、作戦を聞いた蜃が自分から名乗り出た。

術を掛けるのは自分だが、もう一度彼等に会ってみたかったからだ。二度と会いたくないが、こうなれば会ってみたい。居場所も最愛の者もその先の未来すら全て奪い去り、人をやめたその者が今はどのような形をしているのか。単なる興味でもあった。

「お祖母様、いるのでしょうか? 蜃が、逢いに来ましたよ」

ぶらぶら散歩していても仕方ないので、蜃は声を上げてみた。

やはり、返事はなく。溜め息にも似た息を吐いて、たまたまあった古ぼけた切り株に腰掛けた時だった。

「蜃? 本当に蜃かえ?」

か細い女の声がした。

蜃は、はっとなり立ち上がった。

「富子お祖母様ですか?」

再び声がした。

「そう、そうじゃ。1人か? 逢いに来てくれたのか?」

蜃の額から、暑くもないのに汗が一筋流れた。

「そうです。噂を聞きましてね。逢いに来たんですよ。姿を見せてください」

暫く、その場に女の啜り泣きが響いた。森のざわめきに交じる啜り泣きは、少々不気味だ。

「お前の母に虐められ、退けられ、晴明まで誑かし、挙句に鬼と成り果て封じられた。哀れじゃ……わらわは、ただ晴明や蜃のために尽くしていただけじゃというに……あの傲慢な娘よ。里は晴明のものじゃ……」

恨み言と共に、周囲の薄らと漂う黒い霧が徐々に濃くなり始め、それが人の形へと形成されていく。その霧が段々人の姿へと姿を変えた。

「醜かろう。その姿を奪われた、哀れな姿をあまり見せたくはなかったがな」


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