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生克五霊獣 44話

葛葉はそういうと、障子を固く閉ざした。

久しぶりに顔を見せた葛葉の顔は、酷いものだった。肌は荒れて血色は悪く、目の下に隈がくっきりと現れていた。更に、ひどくやつれて見えた。

「大丈夫なのか? 寝てもおらんのではないか?」

やはり返事はない。

「父上? 母上は?」

心配した旬介が、恐る恐る晴明に問うた。

「さあ。だが、もう少しだと言っていたから大丈夫だろう」


葛葉の言う通り、雨はそれから2日後に治まった。

晴明自身も覚悟していたのは、里の被害だった。

昨日までの大雨が嘘のように、空は青く晴れ渡っていた。

旬介と藤治、獅郎を連れて、晴明は里の様子を見て回った。

屋敷に戻る頃には日が沈んでいたが、不思議と里に被害はなかった。あの大雨に、と首を傾げながら帰宅する4人を葛葉が迎えた。

「おかえり。ご苦労であったな」

「葛葉、もういいのか? なら、休め。俺達の事はいいから」

葛葉は、力なく笑った。

「少し休んだ。また何かしらあるといかん。今は蜃達が休んでおる故な」

大雨の日、葛葉に部屋へ呼ばれなかった者達は全員居間に呼ばれた。そこには簡単な夕餉の用意がされていた。

「食べながら聞いてくれ。今回の大雨の事だ。晴明殿は勿論、旬介と新月以外は聞きなれん話になるのだが。以前、この里には鬼がいた。1人は晴明殿の母となった鬼、もう1人はその鬼と縁が深く、私と晴明殿が招いた鬼だ。鬼はこの里を狙っている。そして、恵慈家を潰そうとしておる。何故なら、鬼を封じた一族だからだ」

「鬼が悪いことしたからだろ?」

と、旬介。

「そうだ。お前も覚えておろう。鬼のせいで、お前も私もあの薄暗くカビ臭い祠で生かされていた事を」

旬介の顔が青く染まった。

「あ、あの……紗々丸と……あの時の……だから、あんなに怒って……」

葛葉は、コクリと頷いた。

「お前、今更か」

晴明が、呆れたように呟いた。

「だって、あの時の鬼は死んだと思ってたもん。だから違う鬼だって!」

「あの鬼だ。あの鬼が、お前達によって復活したのだ。そして、少しの間力を蓄え、里をその力で呑み込まんと大雨を降らせよった。その力が大きくなれば、里の被害は尋常ではなくなる。だから私は必死に抗うた。だが、1人ではどうしようもなくてな。それで蜃や青龍の力を持つ紗々丸や竜子に手伝って貰っておったのだ。その証拠に、里は無事であったであろう?」

「ああ」

晴明が頷いた。

「完全に2人が蘇る前に、また封じねばならん」

「蜃に、生克五霊獣の法を教え込んでおる。準備が出来次第、奴等を封ずる。時は無い」

「…………」

その場が重い空気で満たされた。皆の夕餉の手すら止まった。

就寝前に、旬介は晴明の部屋を訪ねた。

「父上」

「どうした? 眠れんのか?」

「母上の話。俺、早くもっと強くならないと。いつ、修行に戻りますか?」

晴明は、旬介の頭をくしゃっと撫でた。

「すまん。おしまいだ」

「え? でも俺、まだ」

「時間が無いのだ。いつも時間がある訳じゃない。お前との修行、お前は辛かっただろうが、俺は楽しかった」

何故か、晴明が遠くに行ってしまう、もう会えなくなってしまうような、そんな気がした。松兵衛がいなくなった時と重なった。

「もっと、もっと、修行して欲しいのに」

「お前は、いつまでも甘えん坊だね。しかし、来年には新月を娶る。里の一部を納める。そして、何れは俺のように父になる。遅かれ早かれ、甘ったれ小僧のままではいかんのだ」

「けど!」

「もう、タイムリミットだ。なあに、心配することは無い。俺が生命をかけても、お前達を守るから」

「父上」

旬介は泣いた。涙が止まらなかった。

「さあ、泣いてないで早く寝ろ。明日から、忙しくなるぞ」

「うん」

晴明の部屋から出たところで、旬介は新月と鉢合わせた。

新月は家事を済ませ、ようやく寝るところだった。

「まだ起きてたの? どうしたの? 目が腫れてる」

「なんでもないよ」

旬介はぷいっと顔を背けると、新月の側を走り抜けようとした。が、袖を掴んで新月がそれを引き止めた。

「私を、お嫁さんにするのやめた?」

「は? やめてないし」

「なら、ちゃんと話してよ」

「なんで?」

「蜃様は、ちゃんと話してくれるのよ。辛いことも楽しいことも」

旬介が、ムッとして新月の手を振り払った。

「なんで、兄上が出てくるんだよ」

「だって、旬介が気にしてるの蜃様の事でしょ。蜃様は色々話してくれるけど、旬介はいっつも話してくれないじゃない。小さい頃は話してくれてたのに」

「それは、なんか……かっこ悪いし……」

「私が蜃様のお嫁さんになっても、旬介のせいなんだからね。なんにも話してくれない人の、お嫁さんになんかなれないよ」

今度は新月が、旬介の横を走り抜けようとした。

「わかった! 話すよ。待ってよ」

「ほんと?」

「話すけどさ、笑わない?」

新月は、こくりと頷いた。

その後、新月の部屋で旬介は色々話をした。2人で、こんなにゆっくり長々と話をするのはどれくらいぶりだろうと言うくらい話をした。

辛かったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと、それからなんで泣いてたかとか。話してないことが沢山あるのに気付いた。

「あの時は、2人で蜃様のお布団で寝かされてたんだ。何も知らないうちに全てが終わって。姉様がいなくなってて。でも、とんでもない何かがあったんだって事だは分かったな。また、誰かいなくなっちゃうのかな」

「あの後、おじいちゃんもいなくなったんだよ。出て行っちゃって……姉様いなくなってから兄上元気なかったのに、更に元気なくなって。で、新月が兄上にずっと付いてて。ずるいと思った。俺だって寂しかったのに」

「そうなんだ?」

「新月は、ずっと兄上、兄上ーだったから」

新月は笑った。

「笑わないって約束したろ?」

「だって、おかしいもの」

「もう!」

「……どうなるだろうね、この先」

新月も旬介同様、不安でいっぱいだった。



2人の、皆の不安をよそに、事態はこの時より急速に悪化していった。

雨が止んで直ぐだというのに、今度は里を覆うように暗い霧が立ち込め始めた。

太陽が霧で覆い尽くされ、昼も夜もわからないくらいに暗かった。

「そろそろ、奴等が動き出したか」

葛葉が里の空を見ながら、小さく呟いた。

「母上、どうするつもりで?」

それを聞いていた蜃が、後ろから声を掛けた。

「ああ、蜃か。奇襲を掛けたいと思っているよ。そうでもしなければ、奴等を止められまい。それに、富子殿と泰親殿を同時に封ずる必要がある。法は1度しか使えん」

「そう簡単に行くものかな」

「1度、封じているのだ。そう簡単にいかんだろうな」

葛葉は、困ったように苦笑いをして見せた。

「で、2人は今どこにいるかご存知で?」

「うむ」

と、葛葉は里の先を指さした。その方角には、かつて泰親がいた湯治場がある。

「里の外か?」

「否、里の中だよ。奴等は出られんのだ。私の結界はそのからの邪を封ずるが、同時に中の邪も封じてしまう。奴等は湯治場に行きたくて、その入口で機を伺っておるのだろう。私の力が弱まるか、自然に回復して結界を破れるようになるか、とな」

「湯治場とは?」

「お前は知らんったか? かつて、我らが父、先代の当主が傷と霊力を癒すために訪れた地だ。そこで、富子殿を娶りなさった。それから、私達が元服の為の試練にと向かわされた場所だ。そこで、我らは泰親殿に出会った」

「言わば、鬼2人の故郷か」

「まあ、そうとも言えるな。そこには不思議な薬草と霊泉があるのだ。だが、霊泉はとうに枯れているがな」

「ふうん。枯れているなら、意味はなかろうに」

「否、薬草が、ぼうぼうと茂っておるのだよ。恐らく今もな。それが、目的だろう」


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