生克五霊獣 43話
お祭りの手伝いは忙しくも楽しく、特にメインである男性の神輿は大いに盛り上がっていた。
来年からの里分裂の話もこの時は既に里に広がっており、来年以降の更なる泰平と繁栄を願って6つの神輿が掲げられると、それぞれ順番に里を練り歩いた。
今年の主役は、それぞれの里をおさめることとなる旬介達。旬介達が神輿に上げられ掲げられる姿は、めでたくも少々滑稽にすら思えた。
昼過ぎになると、一斉に休憩に入った。また昼過ぎから神輿が練り歩く。
「神輿に乗るのも大変だね」
獅郎は神輿の揺れに慣れず、少々ぐったりしていた。
「大丈夫? 獅郎程じゃないけどさ、俺も疲れちゃって祭りどころじゃなくなっちゃったよ」
休憩場所で、藤治がぐったりとしながら呟いた。
「情けねえな」
呆れるように紗々丸が言った。
甲蔵に至っては、まだ幼いせいもあり、獅郎の側でいつの間にかぐっすり眠っていた。
「紗々丸、竜子と祭り見物に行ってきたらどうだ?」
眠る甲蔵を抱き上げながら、晴明が声を掛けた。
「なんで、あいつとお?」
「そうか。じゃあ、藤治、獅郎はどうする? この子は寝てしまったからね、家に一旦帰ろうと思うのだけど。お前達が見てくれたら助かるかな」
「いいですよ、俺も帰ります。もう、疲れちゃったし。甲蔵、俺が背負ってきますよ。藤治はどうする?」
「俺も帰ろうかな? 明日もあるしねえ」
「まだ1日目だしな。あと2日、長いよね」
言うと、獅郎は甲蔵を背負って藤治と歩き出した。
紗々丸もそれを合図に、照れたように休憩場所を飛び出して行った。
「さて、旬介は新月を呼びに行ってくるかな」
旬介は少し考えたように間を空けた後、配られた甘酒を飲む蜃を見た。
「兄上、祭り行こうよ。約束したし」
急に声を掛けられた蜃は、「あ、ああっ」と声を上げた。
「ほう、今年は珍しいな」
「兄上が、俺と行きたいって」
「そうなのか? そういえば、そんなことを言っていたな」
「まあ」
「早く!」
急かされて、蜃は慌てて旬介を追いかけた。
特に何する訳でもなく、ぶらぶらと歩いては時折里の人々が祭り用に用意した料理や酒をつまみ食いした。
改めて2人になると、お互いどんな話をしていいのかもわからず、余計についつまみ食いに走ってしまう。このままではいけないと、蜃から口火を切ったのは神輿に戻る少し前だった。
「旬介、随分強くなったな。修行は、やっぱり辛かったか?」
旬介は、蜃から話を振られて、少しだけ安堵した。
「うん。辛かった。でも、久しぶりに父上と2人だったし、楽しかったよ?」
「そっか、楽しかったか。お前は父上が大好きなんだな」
旬介は、何となく首を傾げた。
「なんで?」
蜃は、苦笑いした。
「お前も知っての通り、俺が父上や母上と初めて会ったのは、今のお前くらいの年だったし、それまで父上も母上も別の人達だったからな。今でも、あの2人を本当に親だなんて思えんよ」
「じゃあ、兄上は父上も母上も好きじゃないの?」
「そうではない。親と言うより……友達……とは違うな……強いて言えば、親戚みたいなもんかな?」
「……紗々丸達、みたいな?」
「あ! 近いかも」
「じゃあ、俺のことは?」
「お前は、やっぱり弟のままだな」
「変なの」
「変か?」
蜃が笑った。
「じゃあ、新月は?」
「え?」
咄嗟に振られ、蜃はドキッとした。何かやましい事がある訳でもないのに、焦った。目が泳いだのか、それを旬介は疑わしく見た。
「新月は、兄上の事が好きだよ。兄上は、どうなのさ?」
「何を急に?」
「俺がずっと気になってたのは、山にいる間、兄上が新月を娶ってしまうんじゃないかってこと」
「馬鹿を言うな!」
蜃は、思わず声を荒らげた。
「お前はそんなくだらんことを考えておったのか? 」
旬介は、カッとした。
「くだらんってなんだよ! なんだよ、兄上になんか、わかるかよ!!」
旬介は地面を一蹴すると、蜃を払うようにしてその場を去った。
「最後に誤解くらい解いておきたいと思っておったのに……あの分からず屋が」
2人のすれ違いは、今後もずるずると無駄に続く事となる。
先に旬介が神輿に戻ると、晴明と新月が居た。
「おかえり。あれ? 蜃は?」
晴明の質問に、旬介はぷいっと顔を背けた。
「あんな奴、知らん」
「お前、兄上にその物言いはないだろ!」
晴明が、旬介の脳天を軽く小突いた。
「全く、また喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩した。でも、兄上が悪いし。俺、悪くないし! あーあ、兄上となんか行かずに、新月と行けばよかった!!」
「それは、それは悪かったな」
後ろから、遅れて到着した蜃が呟いた。
「お前もか」
というのは、2人とも臍を曲げたのか。と言う呆れた意味。晴明は、付き合いきれんと溜め息を吐いた。
「蜃様と旬介は、生まれながらにして相性が悪いのかもしれませんね」
新月がポツリとこぼした。
「そうかもしれんな。苦労かけるが、今後頼むよ。新月」
新月は、こくりと頷いた。
3日間の祭りは、無事に終わろうとしていた。このままであれば、終わるはずだった。が、異変が起こったのは最終日の祭りの片付けの最中だった。
夕方祭りの片付けをはじめ、日が落ちたのもあり、後は翌日に持ち越して家路に着くところだった。ふと、雲行きが怪しいことに紗々丸が気付いた。
「雨降りそう」
続いて、晴明が空を見上げた。暗闇になりつつある空には、星が瞬き始めていた。空を見上げながら首を傾げる晴明に、紗々丸が付け加えた。
「絶対、雨が来るよ。土砂降り。そんな匂いがするんだ」
「そうか?」
雨が降るなら、もう少し後片付けを進めなければならないのだけど…。
「紗々丸は、鼻が利くな。お前には青龍の素質があるやもしれん」
葛葉が荷物を引き上げながら言った。
「里の者に言霊を飛ばして知らせているよ」
「そうか?」
「晴明殿。これは、青龍の力を持つ者にしかわからんのだよ。青龍は、水をよむ者。水を操り、水の気配を知る。子らがそれぞれ、その力を見せ始めてる前兆かもしれんな」
「ほう。では、この気配。紗々丸以外、誰がよめる?」
「私と蜃、あと竜子かな。丁度、同じ話を竜子としていたところだったのだ」
「ちえー」
葛葉が言うと、紗々丸はちょっと悔しそうに顔を背けた。
「先に力が目覚めるのは女の方だ。恵慈家の血の力は、女の方が相性が良い。元は女の血だからだ。けど、なんらかを切っ掛けにそれらが男に分配する。まあ、これは純血ではなくて、血を与えられた者に限る話だがな。さあ、雨が来る前にさっさと済ませてしまおうぞ」
その晩、紗々丸の予言通り、大雨が降った。その雨は恐ろしい程強く、雨音が眠れない程激しかった。その雨が、不幸にも1週間近くも降り注いだ。
「里が心配だ」
1週間近く屋敷に閉じ込められ、皆飽き飽きとしている中、いても立ってもいられなくなった晴明が葛葉に相談しに部屋を尋ねた。大雨の夜から、葛葉は部屋に閉じこもったままあまり顔を合わせないし、食事も殆ど取っていないようだった。
大雨が始まって3日程すると今度は蜃が葛葉に呼ばれ、同時に部屋に閉じこもるようになっていた。
更に昨日になって、今度は紗々丸と竜子が呼ばれてから2人も部屋に閉じこもってしまった。
「葛葉、何をしている? また、食事を半分しか食べておらんではないか」
部屋の前に出された、朝餉の善を見てから晴明が葛葉の部屋の前で声を出した。
「いい加減空けるぞ」
と、障子に手をかけた時、障子の方から開いてくれた。
「すまん。だが、今離れる訳にはいかんのだ」
「どういう事だ?」
「あと少し、あと少しで終わるから。そしたら、説明する。それまで、待っていて欲しい」