生克五霊獣 42話
「お前が強くなったから、蜃が本気でやるしかなかったんだ。そうだろう?」
話を振られた蜃は、なんとなく恥ずかしくなった。実力の差など、今はたいしてないことに気付かされたから。
「あ、ああ。手加減など出来んかった。気付いたら、身体が勝手に反応していたよ」
ぷはっと、晴明が笑った。
「それじゃあ、まるで火事場のクソ力ではないか」
「…………」
否定は出来なかった。
「さあ、旬介も。修行再開は、もう少し後だ。今年の収穫祭を楽しめ。いいな!」
なあなあ、凄かったなっと、子供達がはしゃぐ中。葛葉は、蜃にも声を掛けた。
「お前は、怪我をしておらんのか?」
「ああ、大丈夫ですよ。けど、あいつも剣術のセンスを十二分に持っていると思います。正直、負けると思いました」
「謙遜じゃな」
「本気ですよ」
今まで、蜃は剣術で負けたことなどなかった。剣術は好きだったし、一生懸命に稽古もしてきたが、真剣に修行などしたことが無かった。しなくても、十分強かったからだ。
が、初めて負けるかもしれないと妙な焦りを覚えた。
「俺も、修行したいと思いました」
「修行を?」
「俺がまだ武家の家に居た頃の話です。俺も剣術の腕には覚えがあったし、正直熱血というのは苦手で。上手い具合に交わしていた相手がいました。街で1番の剣の腕と才能を持つ男が、何度も俺と勝負したいと訪ねて来ていて。そいつに今度会いに行ってみようかと。どの程度のものかなと、今ふと思い出しましたよ」
「そうか。晴明では、不足か?」
「否、不足ではありませんが、それでは手が同じ。あいつには悪いが、俺はあいつより遥か上にいていたい」
葛葉は、首を傾げた。
「何故に?」
「さあ、理由などわかりません。けれど、強いて言うなら“ 兄”だから。ですかね」
それから、その日は各々が自由に過ごしていた。遊んだり、騒いだり、出掛けたり。
蜃は、先程葛葉に話したように、その男に会うためにと文を書いた。その文を書き終わり、飛脚に頼みに行き、帰ってきたところで旬介と新月と甲蔵を縁側で見つけた。
「おお、旬介。もう、平気か? お前達だけか?」
「とっくに平気。皆、買い物とか祭りの手伝いとかに出てった。母上が、なんか心配だから甲蔵と留守番してろって」
旬介は、手に持っていた竹とんぼを飛ばした。が、それは飛ばずにぽとりと落ちた。
「飛ばないじゃんか」
甲蔵が、ぷうっと言った。
「まだ、作ってる最中」
「もう10回くらいやってるし、他にもいっぱい作ったのに。へたくそ」
甲蔵がつまらなさそうに、庭に飛び降りた。
「なんじゃ、甲蔵に竹とんぼを作ってやってるのか?」
「竹とんぼじゃなくてもいいー」
「……父上がいつも作ってくれてたから、俺もすぐに出来ると思ったんだ。難しいな、これ」
「ほうか、貸してみろ」
旬介は、小刀と新しい竹の材料を蜃に渡した。
作り手が変わったので、甲蔵が目を輝かせながら蜃に迫った。
「竹とんぼ、いっぱい作って。いっぱい飛ばすから」
「ようし、待っておれよ」
息巻いた蜃であったが、実は蜃も竹とんぼを作るのは初めてだった。竹とんぼどころか、玩具を作ったこともなかった。
作れど作れど、まともに飛ぶ竹とんぼが出来ない。それどころか、旬介が作るものよりも遥かにガタガタなものばかりで、とうとう甲蔵も拗ねてしまった。
「蜃様って、案外不器用なんですね」
新月がぽつりと呟いた。
蜃が、珍しく傷付いた。
半ばヤケになりながら、蜃と旬介が竹とんぼ作りに熱中している間、遊びを変えた甲蔵が新月と蹴鞠を始めた。
そうこうしているうちに、櫓作りを手伝いに行っていた晴明が帰ってきた。
「仲良く何をしておるのだ?」
珍しく兄弟で、夢中で何かをしている姿を見て、晴明は興味深いとそれを覗いてた。まるでゴミの山のような竹とんぼの失敗作を見て、おおうっと思わず仰け反ってしまった。
「お前達、揃ってぶきっちょか」
「あ、父上」
旬介が、救世主を見つけたと言わんばかりの声を上げた。
「竹とんぼ! 竹とんぼ、作り方教えてよ」
「ああ」
その声を聞いて、蹴鞠を止めて甲蔵が晴明に飛びついた。
「兄上達、全然出来ない下手くそなんだ」
「ははっ」
晴明は、苦笑した。晴明は生まれつき手先が器用で、それもあって子供の頃から色々な物を作るのが好きだった。
晴明の手に掛かると、竹とんぼはあっという間に出来てしまった。晴明の竹とんぼは、空高く高く飛び、また飛ばした主の元へとちゃんと帰ってくる。
「凄い! 凄い! いっぱい作って! いっぱい飛ばすから」
甲蔵にせがまれたのもあり、蜃や旬介に教えるのも兼ねて、晴明は何本も竹とんぼを作った。何本か作るうち、旬介は次第に上手くなり、晴明程まではいかずも、それなりの竹とんぼが出来るようになった。
しかし問題は蜃で、いくら練習してもちっとも上手くならない。終いには嫌気がさして、それを投げ出した。
「兄上にも、出来ないことがあるのだな」
不機嫌な蜃とは変わって、旬介は嬉しそう。
子供のように膨れながら、蜃は自室に篭った。
「旬介、あんまり蜃をからかうな。お前と違って、あいつは慣れとらんからな」
「だって、折角兄上の弱点見つけたんだもん」
「お前な」
晴明が、旬介をコツンと小突いた。
その後、皆が帰ってくるも、蜃は妙に不機嫌なままだった。
*****
数日して、待ちに待った収穫祭が始まった。
朝から、太鼓の拍子や笛の音が里中に響いた。
屋敷の女子達は、皆里へと手伝いに出掛けた。酒や料理を振る舞う準備だ。
それから男達は、櫓や神輿の用意で、皆が皆大忙しだった。
このお祭り、里に暇なものなど誰一人いない。皆が働き、交代で楽しむ。そこに、身分などなかった。
「甘酒でも飲んで一休みしたら、祭りに行ってくるといい」
朝から働き詰めの女子供達に、葛葉は甘酒を配りながら声を掛けた。
気付くと、昼はとっくに過ぎていた。食事はちょくちょくつまみ食いのようなことをしていたので、それ程腹は減っていなかった。
「男達は、神輿の方にいるよ。交代で掲げてるから、今頃休憩中だろう。誘っておいで」
楽しそうに飛び出していく子供達を見て、葛葉は少し寂しく感じた。来年には、こんな風に皆で楽しめるんだろうか。きっと、この祭りも姿を変えてしまうに違いない。
それに……1番の心配事が、まだ控えている。
そこまで考えて、今は変に思い詰めるのはよそうと思った。
「旬介、お祭り行こう」
新月が、走ってきた。夢中で来たので、息が切れている。それを
見つけた晴明が、新月の側に寄り、背中を摩った。
「新月、旬介なら蜃と出掛けたぞ」
「ええ!」
驚いたのと残念とで、新月は思わず声を上げた。
「今年は、蜃と約束したんだそうだ。どうだ、俺と行こうか」
旬介も蜃も取られたような気分で、新月はコクリと頷いた。
「そう、不満気な顔をするな。俺も傷付くぞ」
晴明の笑いに、新月ははっとした。
「どうじゃ、気分転換にでも」
と、晴明が指差す先には“ おしるこ屋” 。
「私、栗のおしるこがいいです」
「そうか。なら、俺は餅にしようかな」
今年は晴明と2人だったけど、それはとても楽しかった。楽しくて、ふと亡くした両親を思い出した。いつだったか、こうして歩いて近くのお祭りを見に行ったことがあったのを思い出した。
「晴明様。おっとおって呼んでいいですか?」
「ああ」
父上ではなく、おっとお。それが、本来の新月だった。
ほんの少しだけ、時間を遡る。
朝早く全員で目を覚まし、軽く朝餉を済ませると、それぞれ事前に打ち合わせた場所に向かった。
女性陣は、祭りで嗜む料理や酒の準備のため、里に特別設置された幾つかの料理場へ分かれて向かい、男性陣は神輿を掲げるため神社へと向かった。