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生克五霊獣 41話

「そうか。直ぐに準備しよう」

「明日、剣術の相手してください」

「ああ。けど、無理はするな。十二分に休めよ」

「うん」

久しぶりに、十二分に飲んで食べた。沢山話もしたし、歌も踊りも楽しんだ。

あっという間に夜も更け、疲れもあって、その晩は死んだように眠った。

次の日の早朝、山修行のお陰で旬介は誰よりも早く目が覚めてしまった。いつもなら、朝の身支度、朝餉の準備を始める時間だ。けれど、今は家。いつもなら朝からヒリヒリ痛む憂鬱な指先も、葛葉のお陰でなんの支障もない。

もう少し寝ようかと思ったがそれも出来ず、誰よりも早く身支度を始めた。その音に気付いた新月が目を覚ましてきた。

「おはよう。早いね」

「おはよう。起こした?」

「ううん、大丈夫。私も起きなきゃ。ごめんね、準備手伝うね」

「いいよ、大丈夫。1人で出来るし」

なんだろうか。新月の目にほんの少しだけど、旬介が頼もしく見えた。

「じゃあ、朝餉作るね」

新月は、急に恥ずかしくなり、寝巻きのまま台所へ駆け出した。

一緒に育ったはずだし、少し前まで旬介の方が遥かに幼く感じていた。それが今は自分一人残されたように、旬介の前にいる自分の方が遥かに幼く感じる。

ふと、不安も感じた。このままでは、蜃どころか旬介にも見放されてしまうかもしれないと。

「私も強くならなきゃ」

いつまでも、少女のままではいられないと思った。


「新月、今日は早いのね」

旬介達が山修行に出掛けてから、葛葉抜きの女達で家事をするのが日課となっていた。早くから1人であくせく朝餉を作る新月に、最初に声を掛けたのは竜子だった。

「うん、旬介の方が早くて。早く朝餉の用意してあげなきゃね」

「そうなんだ。いっつもは、1番遅くまで寝てたのにね。すぐ手伝うわ」

「うん、あとお魚焼くだけ」

米を炊き、味噌汁をこさえ、魚を焼く。それも、大人数分。流石に魚まで手が回らず、干物が台の上に投げ出されたままだった。それを竜子は、慣れた手つきで焼き始めた。そうこうしてるうちに、薫風や夢路、華炎が揃い、漬物を切ったり盛り付けたりと徐々に準備が整えられた。

丁度朝餉を居間に運ぶ時、起きたばかりの蜃に出くわした。丁度厠から出てきたばかりだったようで、寝巻きのまま井戸端に向かっている途中だった。

「今日の朝餉はやけに早いな」

「旬介と父上が、もうお待ちなのです」

「そうか。他の奴らはまで寝てるぞ」

「すぐに起こします」

と、竜子は朝餉を置くと各部屋に向かっていった。

「急がせたみたいで、すまなかったね」

居間では既に、晴明と旬介が待っていた。

「遅くなりました」

新月が頭を下げた。

「いや、山では自分達で朝餉の準備をしていたからね。その時間に目が覚めてしまっただけだよ。お前達は、何も悪くない。逆に、迷惑かけたね」

「とんでもないです!」

新月は、頭を下げた。明日はもっと早く起きよう、そう思った。

「じゃあ、旬介。せっかくだから先に食べて、今日は久しぶりに手習いでもしようか。札書きも出来ねばならんからな」

「はい、父上」

言ったものの、実際に札書きを教えるのは葛葉である。要するに、今は復習だ。

「そういえば、父上。明後日から収穫祭が始まりますよ」

「へえ、そうだったか」

「今年は、兄上と行く約束をしました。あと、今日は剣術の稽古を付けてもらう約束もしました」

「それは、楽しみだな」

「父上が?」

「ああ。蜃の稽古も暫く付けていないし、お前も随分強くなった。どちらが勝つかな? どちらにしろ、おまえにとっても蜃にとっても、力を見直す良い機会だ」

「俺、絶対勝ちますよ」

「はは。頼もしいな。だが、蜃も強いぞ。俺には兄弟はいなかったが、蜃の育ての父が丁度俺の弟のような存在だったのだ。よく互いに剣をぶつけ合って、腕を磨き合ったものだよ」

「で、どっちが勝ったんですか?」

「勿論、勝つのは俺だ。けど、相手も強くてな。本当にいつもギリギリで、いい勝負だった」

皆が揃う頃に、晴明と旬介は食事を終えた。それと旬介が入れ替わるように居間を出ると、その後を新月も追った。残った晴明は蜃と話をして、午後から蜃と旬介の試合をする事に決まった。

「簡単な稽古のつもりだったんだけど」

札書きの練習をしながら、旬介が呟いた。後ろで、午後からの試合の準備と手習いの手伝いを新月が行っていた。

「嫌なの?」

「ううん、俺が勝つし」

さらっと答えた。

「怪我しないといいけど」

「兄上が?」

「ううん、旬介が」

新月が心配してくれたのが嬉しくて、旬介の顔が少しだけ緩んだ。

「いっぱい修行したし、きっと勝てるよ」

あっという間に昼過ぎになる。

葛葉が心配そうに見守り、晴明は楽しそうに見守っている。子供達は、晴明同様楽しそうだ。

「旬介、無茶すんなよ!」

紗々丸が手を振り回して叫んだ。お祭り気分だ。

「蜃、手加減は無用だ。寧ろ、手抜かりしたら怪我をするぞ」

晴明が蜃に告げた。それでも、いきなり本気で行くには気が引ける。寧ろ、徹底的に叩きのめしたりなんかしたら、また嫌われるのも嫌だった。ここは負けてやるのもありかと考えた矢先だった。

「兄上、わざと負けたりしたら、一生口効かないから」

旬介の見透かしたような台詞に、一瞬ドキッとした。

「馬鹿言え。負けても恨むなよ」

はじめ! っと、晴明の声が響いた。

先手を打ったのは、旬介だった。蜃の受けた木刀から響く衝撃が重たかった。

いつまでも幼い子供と思ったいた事を、改めさせられた。いつから、こんなに力がついたのだろうか。いつから、こんなに早く動けるようになったのだろうか。いつの間に、こんなに大きくなったのだろうか。わざと負けようとした自分を恥ずかしく思い、同時に手を抜いたらやられる気がして、ゾッとすらした。

蜃は後ろに弾き飛ばされ、体勢を立て直す間もなく旬介の次の攻撃が始まった。それをかろうじて避け、受け止め、そのまま鍔迫り合いへと繋がる。次に弾き飛ばしたのは、蜃の方だった。

お互い僅かに体勢を立て直すのと同時に次の攻撃に入ろうとしたが、全てが僅かに旬介の方が早かった。そのせいか、蜃の体勢が悪く、ゾッとした蜃の木刀が旬介の肋骨にめり込んだのは僅かに蜃の方がまだ技術に長けていたから。経験の差もあった。

はっとした蜃の手から、木刀が落ちた。その場に、吐きながら蹲る旬介が見えた。

「す、すまん。本当に、すまん」

顔面蒼白の蜃の横を飛ぶように抜け、葛葉が旬介の治療にかかった。

「蜃、気にするな。これも勝負だよ」

晴明が、蜃を持ち上げるように起こした。どうやら、気付かないうちに座り込んでしまっていたようだ。とんでもないことをしたと、うっすら目元に涙すら溜まった。

手に伝わった、肋骨が根こそぎ折れる生々しい感触が残り、手が震えた。

「強くなったろ? 旬介は」

「はい…」

「また、相手してやってくれ」

「…………」

うんとは、言えなかった。

治療は終わったものの、まだぐったりとする旬介に晴明が近寄った。

「旬介、大丈夫か? 立てそうか?」

旬介は、コクリと頷いた。悔しさでいっぱいだった。

あんなに修行したのに、やはり剣術でも兄には勝てないのかと思うと、悔しくて泣きそうだった。

「部屋で休んだ方がいい」

葛葉が旬介にそう告げると、旬介は首を左右に振った。

「もう、大丈夫」

そして、ゆっくりと立ち上がる。

「父上、俺全然ダメだ。早く山に戻らないと」

蜃を見てから、ふと視線を逸らすように下げた。

「旬介。蜃は、強いだろ。だけど、今のはそれだけじゃないぞ」

「?」


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