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生克五霊獣 40話

晴明にしろ旬介にしろ、葛葉にとっては出会ってから1度も離れた事のない2人であった。だから不在の間が、想像以上に寂しかった。時折、葛葉の落ち込む姿を見て、蜃は心配していた。

「けど、ようやく会えますね。今夜はご馳走にしましょうか」

「そうだな、それがいい。風呂も沸かしておいてやろうか」

葛葉が浴室に向かおうとした時だった。

「母上様」

新月だった。

「どうした?」

「あの、旬介と父上はいつまでおられる予定ですか?」

「特には決まっておらんが……晴明が考えておるじゃろうな。どうかしたか?」

新月は、少しだけ言いづらそうな素振りを見せた。

「どうした?」

と、今度は蜃が問うた。

「あの……不謹慎かもしれませんが……その、丁度収穫祭があるからって」

「あ」

と、葛葉から声が出た。

「すっかり忘れていた。晴明が戻ってくるのは、そのためだ」

蜃が、首を傾げた。

「というと?」

「蜃よ、毎年を思い出してみろ。旬介が1番大好きなお祭りじゃ」

「ああ!」

お祭りは3日間通して行われる。毎年、その間毎日、旬介は収穫祭ではしゃいで楽しむ。新月や幼馴染達と。それから、晴明や葛葉と。特に晴明と2人で出掛けることも多かった。

「あいつ、異様に好きですよね。収穫祭」

葛葉と新月が、笑った。

「ああ。付き合いきれんと皆が言っても、誰かを誘って行くからなあ。夜だろうが、昼だろうが」

「でも、俺とは行こうとしませんけど」

「照れてるんです」

新月がぼそっと言った。

「照れる? 何を?」

「前に、旬介が話してくれました。蜃様の事が嫌いで、父上に宥められた後、蜃様と仲直りしたけど、今更どうしたらいいかわからないし。でも、やっばりあの時の事は嘘かもしれない気がするから嫌だって。そういえば、あの時の事って何のことなんでしょう? 私が何度聞いても教えてくれないから」

蜃は、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「あ、ああ。新月は、知らない方がいい」

「え?」

その後、新月は蜃に何度か聞いたが、やっぱり答えてはくれなかった。


翌昼前に、晴明と旬介が帰ってきた。皆で迎えるが、その姿は酷いものだった。

晴明はまだマシではあったが、それでもよれよれになった着物に髪も傷んで、薄汚れていた。旬介に関しては、薄汚れた着物はよれよれな上に所々破れ、顔や身体に傷が多々あるどころか、指先は酷く爛れて応急的に布で巻かれていた。

「旬介、すぐ治してやろう」

お帰りの一言を出す前に、葛葉は草履も履かずに外へと飛び出していた。

「葛葉、ただいま」

晴明が、横から声を掛けた。

「ああ、晴明殿。晴明殿も、怪我があらば直ぐに。新月、竜子、2人を風呂に入れて、新しい着物を着せてやってくれ。他の者は、直ぐに食事の準備を」

「葛葉、そんなに焦らなくても大丈夫だよ」

「しかし、この姿は……。無茶はやめてくれ」

「ははっ」

竜子が2人を呼びに来た。新月は、2人の着物を取りに行っているようだった。旬介は治療中だった為、先に晴明が風呂へと向かった。

「おかえり、旬介。強くなった?」

新月が、ぽつりと話しかけた。酷く疲れた顔をしていた旬介ではあったが、新月の顔を見ると嬉しそうに笑った。

「多分ね。でも、もっともっと強くなるよ! 強くなって、新月も母上も父上も守れるようにならなきゃ」

葛葉が、呆れたように言った。

「なんとも頼もしい事じゃが、こんなになってまで……無茶はいかんぞ。それに蜃もおるし、お前一人が頑張らなくても大丈夫じゃ」

葛葉の優しさと甘さであったが、旬介は急にむすっと頬を膨らました。

「そんなの嫌だ。俺は兄上より、直ぐに強くなるから」

「なんで、お前は蜃をそこまで嫌うのだ? 兄だろう、仲良く出来んのか? 蜃も手をやいておるぞ」

「そんなの、兄上が悪いんだし」

丁度傷の手当が終わり、旬介は逃げるように浴室へ走っていった。

「全く、困ったもんじゃ。なんとかならんかな」

葛葉の悩みだった。

一方、その原因をなんとなく把握している晴明は、その点では今は諦めていた。時間が経てば自ずと解決すると思っていたから。今はそういう難しい時期なのだ。かつて自分が葛葉に対してそうだったように、と。

別に、旬介も蜃が本音で嫌いな訳では無い。何をやるにも完璧に上をこなしてしまう蜃が、羨ましくも妬ましくも思っていた。新月はともかく、晴明も葛葉も蜃より自分を見ていてくれている事はわかっていたし、それに不満もなかった。けれど、自分自身が蜃より優れたものがない事が知らぬ間にコンプレックスになっていて、どうしても苦手であった。仲良くしたくても、出来ない天邪鬼な反発心がどうしても先に動いてしまうのだ。

浴室に向かっている最中だった。

「よく帰ったな。もうすぐお前の好きな収穫祭があるのだが、行けそうかな?」

蜃だった。不自然な笑い顔で、ムスッとした旬介に話し掛けた。

「すっかり、忘れていました」

「そういえば、お前と行ったことがないからな。どうだ? 今年は一緒に見に行かないか?」

「…………」

「今年で最後になるかもしれんだろ?」

「どうしてですか?」

「来年には、地を分散する。それぞれがバラバラの生活になるからな。俺は、お前にそんなに嫌われる事をしたかな?」

旬介の中に、急に罪悪感が湧いてきた。

「嫌ってませんよ。ただ……ちょっと、苦手なだけです。でも、いいですよ。今年は一緒に行っても」

「そうか」

「…………」

旬介は顔を赤くしながら、小走りで蜃の横を抜けた。

晴明と風呂に入りながら、今あった蜃との事を話した。

「ははっ。蜃が、そうかあ」

晴明は、楽しそうに笑った。

「父上! 俺、兄上に困ってるんだって」

更に晴明は笑った。

「旬介は、蜃の保護者のような言い方をするな。蜃は優しいからな、お前ともなんとか仲良くなりたいのだぞ。それに、いくらお前達が分散した各土地を納めるにしても、統括するのは蜃になる。だから、今のうちに和解しといてくれないか?」

「別に喧嘩してるつもりもないですけど」

「ああ、俺にも経験があるからわかるよ」

「父上にも?」

「ああ」

そして、晴明は葛葉との事を旬介に話した。誤解から嫌っていた事や、今更素直になれなかったこと。それを思えば旬介は晴明に似ているし、蜃は葛葉に似てしまったのかもしれない。

「けれど、最後は相手を理解しようとする気持ちが大切なのだ。それが出来たら、お前も少しは大人になれるかな」

「ふうん」

相手を理解しようとする。考えたことも無かった。

「お前は理解されてばかりだからな。蜃にも、新月にも。今度はお前が理解する側になる事が必要なんじゃないか」

旬介は、難しい顔で湯船に浸かっていた。

「さあ、この休みによく考えてみるといい。さて、そろそろ上がるぞ。逆上せてしまう」

2人が風呂から上がると、宴会の準備は進んでいた。随分見ない間に、紗々丸と竜子の仲が縮まっているように見えた。あれだけ嫌がってたのに、何があったのだろうと思った。藤治は相変わらず華炎に振り回されているし。

「甲蔵、お前大きくなってない?」

白い髪の間から赤い目が、旬介を捉えた。

「背は随分伸びたけど」

甲蔵の頬を触ってみたが、相変わらずぷにぷにとして気持ちよかった。

「旬介、何をしている。早く、座れ。主役だぞ」

蜃が、旬介の背中をポンと押した。

「主役?」

「暫くロクなもの食っとらんのだろ。今夜は無礼講じゃ」

晴明の言葉をふと思い出した。

「兄上」

「なんだ?」

相手を理解しようとする気持ちが大切。

「俺、茶碗蒸し食べたい」

蜃が、ふっと笑った。


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