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生克五霊獣 39話

「だから私と共に、としたのだ。いずれにせよ、あの術を使うには犠牲が必要になる」

「血の繋がりはなくとも、父上にとって旬介はそれだけ強い親子の絆があるのでしょう。形は違えど、それは母上にも。俺よりずっと強い絆があるように見えますけどね」

葛葉は、相槌を打つように頷いた。

「他に、何か手を考えましょう?」

「そうじゃな、すまんな……」

「何、俺もこれ以上誰を失って行くのは嫌ですから」

「そうではない」

蜃が首を傾げるのに合わせるように、葛葉は続けた。

「私が産んだのは蜃、お前だよ。けれど、あの子がお前の代わりに私達を支え続けてくれたのは、紛れもない事実なのだ。だから……」

言いたいことが言葉にならず、詰まる葛葉に蜃は笑いかけた。

「何を今更。そんな事、気にもしていませんよ。何故なら、俺にとって本当に両親だと思えるのは、まだ養父母なんですから。頭では分かっていますが、どうしても覆しきれません」

「そうか。人間とは傲慢なものだな。それを悔しく思う私がいるぞ」

それではと、部屋を出る蜃の背中を見ながら、葛葉は安堵を覚えた。


次の日の早朝、旬介は晴明に叩き起されると、寝ぼけ眼を擦りながら身支度を済ませた。

皆も寝ている中、見送りに出たのは葛葉と新月だけであった。新月は自らこさえた握り飯を旬介に渡した。

「お弁当、お腹空いたら食べてね」

まだ約束のうちと漠然と考えている新月と違って、旬介は既にもうすっかり夫婦のつもりであったから、弁当を当たり前のように受け取った。

「うん、頑張って早く帰ってくるからね」

ふああ、と大欠伸をする。それを見て、葛葉が呆れた。

「お前は、何しに行くのか分かってるのか? 先が思いやられるな」

それを見た晴明が苦笑した。

「まあ、よい、よい。さあ、行こうか」

緊張感のないまま、2人は去っていった。

「さて、お前にも私の出来る限りの理を教えてやる」

葛葉が新月に言った。

「私も、もっと強くなりたい。蜃様に稽古を付けてもらえるようにお願いしてもらえませんか?」

葛葉が首を傾げた。

「構わんが、自分で頼めばよかろう? どうしたのだ?」

「蜃様、お優しいので」

ああっと葛葉は納得した。確かにそうだ。蜃は女子には甘いが、新月には特に甘い。

「厳しくするように言っておこう」

「はい」


*****


こんな所、いつからあったのだろか。全然知らない。

里の中を抜けて、入ったことも無い山道を行き、その脇の小さな階段を上がると、古びた小屋があった。

「ここも里?」

旬介が晴明に聞いた。

「そうだよ。ここはね、俺が子供の頃、松兵衛とよく修行に来た場所だ」

「へえ、おじいちゃんと父上の秘密の場所かあ。凄い」

もう、随分使われていないのであろう。幸い小屋は丈夫に作ってあったお陰で、雨風は凌げそうではある。が、中は酷く荒れていて、蜘蛛の巣と埃が凄まじい。

「修行にな、春と秋の数日間ここに泊まったのだ。自分の事は自分でやる、誰の助けも借りない。それも修行の1つ。勿論、毎日食べる物も己の力でどうにかするのだ」

「父上と2人で」

楽しそうに旬介は呟いた。

「いいや、お前一人でやるんだ。俺は俺だけの事をするから、お前もお前だけの事をする。食糧調達も、風呂も、洗濯も、何もかも」

「父上は手伝ってくれないの?」

「ああ。その逆、俺の事も手伝わなくていい」

旬介は、しゅんとした。

「すぐに慣れるよ。最初は大変だがな。俺も、すぐに慣れた」

「わかった」

不安に、ムッスリしながら旬介は頷いた。

「とりあえず、今日は掃除だなあ。これじゃあ、数日どころか明日までいるのも厳しいぞ」


*****


夜が明ける前に起きて、夕方になる少し前までクタクタになるまで稽古する。剣術、体術、武器の使い方、あらゆる稽古を繰り返した。それから、日が沈むまで食糧になる獲物を狩りに行き、山菜やキノコを取りに行く。

最初は晴明が食べられる物を細かく教え、肉の捌き方も丁寧に教えた。屋敷から持ってきたのは、米と塩のみ。水はふものと川まで汲みに行くのだが、まあまあ遠い。食事を済ませてから風呂や洗濯をする頃には、体力も底を尽きかけていた。

最初のうちは泣き喚いて助けを求めていた旬介も、何を言っても晴明が手を貸さない事に気付いてからは、諦めたように頑張っていた。

数日もすれば、さほど寒くもない筈なのに荒れて割れた手から血が滲んだ。食事を出来ない日も多かった。それでも、やるしかなかった。

何週間、何ヶ月経ったか考える間もない時間が流れた。倒れずに、ここまで居られたことに驚くぐらいだった。

ある日。

「旬介、明日は屋敷に帰ろうと思う」

疲れた身体にムチを打ちながら、血の滲む手で誤魔化し誤魔化し洗濯していた旬介に晴明が声を掛けた。

「修行は、終わったのですか?」

半分期待して、少し安堵のような嬉しさがあった。

だが

「いや、米と塩が尽きた」

その期待は、無残に打ち砕かれた。

「米と塩……」

「そう、がっかりするな。米と塩を調達するための帰還ではあるが、何日かは休もうと思ってるよ」

「やっぱり、戻ってくるんですね」

「ああ、まだまだお前に教えていない事が山程あるからな。けれど辛いなら、ここでやめてもいいぞ」

旬介の手が止まった。

「でも、やめたら母上と死ななきゃならないから……新月と夫婦になったんです」

「ほう」

「だから、俺は死ねません。どんなに辛くても、やるしかないんです」

「その事だがな」

再び手を動かし始めた旬介の手を、晴明が止めた。

「俺は、そうさせるつもりはないんだ。犠牲には俺がなろうと思っているから」

旬介は飛び跳ねるように立ち上がった。

「これは、随分前から決めていた事だよ。鬼の1人は、紛れもなく俺の母親だ。母上のせいで、葛葉にも随分辛い思いをさせた。それに、こうする事が俺が唯一出来ることで、俺の役目だと思ってるんだ」

旬介の顔が歪んだ。言葉が見つからない。

「なあに。案ずることは無い。子の責任を取るのは、親の役目だからな。お前は俺の分まで、葛葉と里を頼むよ」

やっぱり、強くならなきゃ。なにがなんでも、強くならなくちゃいけない。その思いが、旬介の言葉を詰まらした。視界が酷く歪んで見えた。そして、改めてとんでもない過ちを犯したことに気付かされた。

あの時、何故あの場所に惹き込まれていったのか。藤治の言葉に従わなかったのか。紗々丸を止めなかったのか。悔やんでも悔やみきれない思いが零れた。

「あの場所のことも、鬼のことも。きちんと説明しなかった俺達が悪いのだ。お前は、しっかり罰も受けただろう。俺は、それで十分だと思うぞ」

言葉にならない声を振り絞った。

「……修行……続けます……」

「いいのか?」

「……うん……」

その日、旬介の身体は疲れているのに、全然眠れなかった。それどころか、修行を始めたばかりの時のように、明け方まで布団の中で泣いて過ごした。


*****


「そろそろ、2人が帰ってくるぞ」

葛葉が晴明から受け取った言霊で、その旨を皆に伝えた。

「ほう、修行が終わったんですね。思ったより早かったかな」

蜃が感心するように言ったが、葛葉がそれを否定した。

「いいや、単に食糧に持って行った米と塩が切れただけのようじゃ」

「俺が持っていきましょうか? というか、時々運んでいたし」

そうなのだ。持っていった食糧が切れたというのはただの口実で、精神的にも肉体的にも旬介が限界だと悟った晴明が骨休めの為に用意した帰省に他ならなかった。

「いや、ここらで少し休みを入れなければ、潰れてしまうという意味だろう。帰ってきたら、充分に休ませてやってくれ」

晴明にしろ旬介にしろ、葛葉にとっては出会ってから1度も離れた事のない2人であった。だから不在の間が、想像以上に寂しかった。時折、葛葉の落ち込む姿を見て、蜃は心配していた。

「けど、ようやく会えますね。今夜はご馳走にしましょうな」


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