生克五霊獣 37話
様子を見た蜃は、相変わらず優しく、新月の心配をする。
「蜃様。私、お願いがあります。私、何でもしますから」
「?」
「旬介と母上を助けてください。蜃様は、スーパーヒーローだから、なんでも出来るって。私、小さな頃から、ずっとそう思ってました」
新月はやけくそだった。頭では無茶苦茶だと分かってはいたが、そう懇願せずにいられなかった。
蜃は、溜め息を吐いた。
「母上から、聞いたのか? ごめんな、俺はそんなに万能なスーパーヒーローじゃないんだ。けど、あの秘術は最後の手段なんだ。そこに至る前に、なんとか終わらせれるように頑張るよ。だから、今はまだ泣くな。いざって時に泣けなくなる」
蜃にそう慰められたところで、新月の不安は収まるはずもなかった。
泣きまない新月に、蜃は困ったように言った。
「ほら、今辛いのは誰だ? 自業自得だとしても、旬介の方だろう。俺のところじゃなくて、旬介の側にいてやりなさい。きっと、まだ心細いはずだ」
新月は頷くと、泣きながら再び旬介の元へと向かった。
部屋では、相変わらず旬介がしゅんと蹲っていた。もう泣いてはいなかったが、数日泣き腫らした顔を見せたくないようで、新月に顔を向けようとはしなかった。
「ねえ、旬介。今ね、蜃様にお願いしてきたの。きっと、助けてくれるから……だからね、信じていようね」
旬介に何と言っていいかわからず、散々悩んで出た言葉がこれだった。信じたいけど、不安は拭えない。旬介に言いながら、新月が自分に言っているようなものだった。
「新月には兄上がいるから、俺がいなくても平気だろ。だって新月は、最初から兄上のお嫁さんになりたいんだもん」
不貞腐れたようにぼそぼそ言う旬介。その言葉に、新月の肩がビクリとなった。
「なんで、そんな事言うの?」
「だって、新月は兄上が好きなんだろ」
新月の目から、ぽろぽろ涙が溢れた。悔しくて、悲しくて。
けれど、旬介の言う事も事実である。新月は言い返せず、部屋を飛び出した。
自分の部屋に戻ってわんわん泣いた。泣いていたら、竜子が部屋に入ってきた。
「新月、大丈夫?」
竜子は心配そうに、新月の顔を覗き込んだ。
「竜子は、大丈夫なの?」
事情も話しづらいので、とりあえず問い返した。
「うん。あいつ、相当お灸据えられて、珍しく反省してたよ。暫くは大人しいと思うけど、馬鹿だから直ぐに忘れるんだろうね」
竜子は苦笑いを見せた。
「それより、新月。なんで泣いてるの? もしかして、夜中に忍び込んだのバレて怒られちゃったとか……」
焦った表情でこそこそ話す竜子がなんとなくおかしくて、新月は笑った。
「違うよ。竜子がいて、よかった」
「え?」
「前はね、母上と父上と蜃様と旬介だけだったじゃない。でも私も旬介も小さな子供だったからそれでよかったし、いっつも蜃様が守ってくれて庇ってくれてた。でも今は随分変わっちゃったんだよね。あの時みたいな好きの意味が今は違ってて……でもさ、私ね。蜃様は大好きけど、旬介も大好きなんだ。同じ大好きなのに違うのよ」
竜子は相槌を打ちながら聞いていた。
「やっぱり、蜃様の好きは新月にとったら特別で旬介の好きは皆と同じ好きって感じなのかな」
新月は首を左右に振った。
「蜃様の好きは、手が届かない好きなの。でも安心するし、なんだろう。お家みたいな好きかな。旬介とは、ずっと一緒にいたいの」
「じゃあ、蜃様とは離れてもいいの?」
「一緒にいられたらいいけど、やっぱり蜃様の隣は姉様なんだよね」
「それは、新月が勝手に決めているだけでしょ。私は知らないけど、姉様はもういないのでしょう」
新月は、首を縦に振った。
「じゃあもし、蜃様が新月をお嫁さんにしたいって言ったらどうするの?」
新月の顔が真っ赤になった。
「新月。葛葉様は私達女にも、選ぶ権利をくれたんだよ。誰を選んでも後悔しないようにって、しっかり話し合って決めなさいって。新月が誰を選んでもいいってことでしょ」
「でも、竜子。それは、5人のうちでしょ」
「そんなこと、葛葉様は一言も言ってないよ! それに、蜃様だって正真正銘独身なんだから」
そう、考えてもみれば今は蜃に恋人すらいない。
全てが終わったら、旬介のお嫁入りの事で相談しようと思っていた。そして、お嫁入りしても、今まで通り優しい兄上でいてくれるようにお願いしようと思っていた。思えば、単なる未練だ。
ここで、ふと考えた。もし、自分が旬介のお嫁さんになると決めたら人柱はどうなるんだろうか。辞めにしてくれるのか、それともやはり蜃を選べるのか。もし、仮に蜃のお嫁さんにどうしてもなりたいのであれば……旬介は邪魔な存在なのかもしれない。けど、どうしても新月に旬介を切り捨てることは出来なかった。どちらも選べないならいっそ。
「私が代わりになればいいのに……」
「?」
旬介に突き放されてもこれだけ辛くて苦しいのだ。蜃にまで突き放されたら、心置き無く身代わりになれる気さえした。
村を追われ、行き場を失い、見ず知らずの自分を面倒見てくれて。散々世話になって恩返しすら出来ていないのだ。
「私、決めたよ。竜子ありがとうね」
「え? あ、うん?」
訳もわからず、竜子は納得した。蜃を選ぶ決心でも付いたのだろうかと。でもそうなると心配なのは、今度は旬介の方である。消沈して、どうしようも手が付けられなくなりそうである。と言っても、竜子と紗々丸も、まだ上手くいった訳では無いのだけど。
新月が顔を洗おうと井戸の方に回ると、蜃の姿があった。他に、獅郎と甲蔵がいる。稽古を終え、汗を流しているようだった。みっともない顔を見られたくなくて、新月は慌てて影に隠れた。けれど、獅郎がそれに気付いてしまった。
「新月、どうしたの? 水汲みに来たのかな? 手伝うよ」
へらへら笑いながら声を上げるのに、蜃も反応して新月の方を向いた。
(もう、気付かなくてもいいのに……)
新月は顔を染めて、両手で隠しながら来た道を戻ろうとしたのだが、様子がおかしいのに気付いた蜃がそれを引き止めた。
「新月、どうした?」
両手で顔を隠した新月の肩がピクリとなった。
(もう、やだ!)
無理矢理新月の顔を覗きながら、蜃が笑うので余計恥ずかしくなった。
「ははっ。顔でも洗いに来たんだな。いいよ。後で部屋に持って行ってやるから、待ってろ」
新月は、走って自分の部屋に飛び込んだ。
顔を洗って落ち着いたら、蜃に告白するつもりだったのに、気分が台無しである。相変わらずの子供扱いに、モチベーションも下がってしまった。どうしてこうも、大人のレディらしく出来ないのだろうか、と。蜃の前では、いつまで経っても女の子のままである。
「私のバカ」
情けなくなって、また泣きたくなった。
暫くして、約束通り蜃が手桶に水を張って、手拭いと部屋に持ってきてくれた。
「だから、泣くなと言ったろう。目も真っ赤に腫れて、播州皿屋敷みたいだぞ」
つまり、酷い顔だと言いたいのだ。蜃としてはいつもの軽い冗談のつもりだったが、今の新月にしたら落ち込む他なかった。
顔をばしゃばしゃ洗いながら、最後に濡らした手拭いで目元を冷やした。
「美人なんだから、勿体ないぞ」
「お蝶姉様も美人でしたね」
「は?」
珍しく突っかかるような新月の言葉に、蜃は疑問符を上げた。
「蜃様が、未だ妻を娶らないのは、お蝶姉様を忘れられないからですか?」
「急にどうした?」
「教えてください。蜃様は、何故妻を娶らないのでしょう?」
蜃は、小さく溜め息を吐いた。




