生克五霊獣 33話
紗々丸の持っていた茶菓子がポロッと床に落ちた。
「そうではない、戦に巻き込まれたのだ。お主のせいではない」
葛葉は紗々丸を抱きしめると、紗々丸の頭を撫で続けた。
「お前の母のようにはなれんが、これからは私がお前の母になってやる。ここで、育てばいい」
葛葉の言葉が紗々丸に届いたかどうかはわからない。泣き止むと同時に、紗々丸は泣き疲れて眠ってしまった。
暫くして、心配した晴明が葛葉の部屋に来た。後から、新月や旬介も顔を覗かせている。
「ショックが大きかったのだ。今は泣き疲れて眠っているが、起きたら暫くはどうなるか……。暫く、一緒に寝てやろうかと思うのだ」
葛葉が言うと、旬介は葛葉に飛びついた。
「俺も母上と一緒に寝る!」
葛葉の言葉を待つ前に、晴明が旬介を抱き抱えた。
「お前は、俺と寝ような」
ちょっと不満そうにしながらも、旬介はこくりと頷いた。
「じゃあ、紗々丸を頼んだ」
部屋を出ると、外で聞いていたのか、蜃が晴明に話し掛けてきた。
「この里には、迷い子はよく来るものなのか?」
「そうだな、ここは人里離れた隠れ里であろう。ここに里がある事を知らないものも多い。この子が育ったあの場所は、元々は捨て子を受け入れる為に建てられた祠だったのだ。戦や飢餓で捨てたれた子が安らかに眠られるよう、せめてもの慈愛でずっと昔に建てられた祠。この里には幾つもあってな、外ではここに捨てに来れば救われると信じられているようだ」
「捨てられた子はどうなったのだ?」
「運が良ければ、この里の住人となっているものもおるし、運が悪ければ天に召されている。そういえば、葛葉は昔言っていたな。大人の勝手で、天に召される子がいなくなればよいなどと。だから、ほっとけないのだろう」
ふうん。と聞いた蜃の横を抜けて、晴明は部屋の奥へと歩いていった。
「蜃様は、何を考えておられるの?」
残された新月が、蜃の着物を引いて尋ねた。
「いや、このままどこまで兄弟が増えるのかなと思ってな」
「嫌ですか?」
「嫌ではないが、キリがないのではないかと思って」
「キリがない?」
「ああ、何れ屋敷が子供で溢れてしまうなと」
すっと、葛葉の部屋の障子が開けられた。
「心配するな。私も考えがあるのだ」
「あ、母上」
「人の部屋の前でブツブツ話しておっては、紗々丸が起きてしまうぞ。あっちで、旬介に武術でも教えてきてやってくれ」
「はーい」
葛葉に咎められた蜃を見て、新月はくすりと笑った。
蜃の予感は的中する。
里に活力が戻るのと比例するように、捨て子も増えて行った。
葛葉達が知らない子供も多く、富子達の件で人口が減った里では、少しでも人手が欲しいと孤児を重宝した。
祠はもっと丈夫に建て直され、何日か過ごせるように布団や保存食まで置かれるようになった。
子供だけでなく、大人が迷い込むことも多かったが、葛葉の結界では邪心を持つものにこの里の存在は見えないように隠されていた。
だが、外からの人が増えれば増えるほど、そして逃げていったものが未だ生きている限り、第二の富子達が生まれないとも限らない。
そこで、葛葉を中心に晴明と蜃が今後の里のあり方について、何日も話し合い考えた。
それは、孤児の中から縁のある者、恵慈の血と相性の良い者5人を選別し、里を5つに分けた上で将来五霊獣として里の守備に当たらせることにした。
5人のうち3人は決まってはいたが、新月が女であると言う理由で、1人は保留とされた。
「女子だからと、新月を差別するつもりは無いが、女子では何かと不便であるからなあ」
と言うのが理由である。それに、旬介と万が一にも夫婦になれば自ずと枠が空いてしまう。やはり、ここは男子で統一しようとなった。
あれから屋敷に新たに来たのは、女の形をした男児が1人と、背の高い男児が1人。女の形をした男児は、聞けば借金のカタとして人買いに売られたという。博打に酒に溺れた親は、娘がいると嘘までついて金を借りていたらしい。とうとう首が回らなくなり、嘘を隠蔽するために息子に女の形をさせ、借金取りに引き渡したと。だが、道中この娘が何やらおかしい事に気付いた。そこで服を引っペがえしてみれば、そこにはあってはいけないものが付いていたと。
腹を立てた借金取りは、この男児を山の中に置き去りにし、一目散に村に戻って行ったんだと。今頃、この子の親は殺されている事だろう。
山に置き去りにされた男児は、とぼとぼ山の中を独り彷徨ううちに、この里に辿り着いたそうだ。名前を藤治と言った。
そして、背の高い男児はというと。親が木こりだったという。親の仕事に着いてきたものの、独り遊んでいるうちに親とはぐれてしまったという。普段から食い扶持に困っていたから、どさくさに紛れて捨てられたようだった。名前を獅郎と名乗った。しかし、聞けば妹がいるという。妹も共に来ているというが、今は里の人にお世話になっているそうだ。名前は夢路というそうだ。
里の人が世話を始めた子を、屋敷に招くことは難しかった。村も子を必要としていたから、働き手として取り上げることは叶わず、結局当初の予定と代わり、屋敷に招いた子供の殆どは旬介達がどこからとも無く連れてきた子供ばかりだった。
その中には、女子もいた。女子も葛葉は、新月のように男子を支える存在になれるようにと、献身的に世話をした。
しかし、1人だけ里の人間が持ち込んできた子供がいた。
夜更けに、震えながら村人はその子を葛葉に託した。
見れば旬介を拾った時のような赤子で、姿が見えないよう産着にしっかりと包まれている。
懐かしさと共にその子を抱いて見ると、その赤子は真っ白な髪と真っ赤な目を持っていた。
「この子は、神様の子か。はては、呪われた子に違いねえ」
だから、親にも捨てられた。何とも哀れな子供だ。せめて、紗々丸の母親のような気持ちがあれば……この子は救われたのかもしれないのにと葛葉の胸は傷んだ。
不思議と、妹がいるせいか。甲蔵と名付けられたこの子供を、獅郎はよく面倒を見た。そして、似たもの同士か。面倒は十分に見れないが、紗々丸はこの子に興味を持っているようだった。
葛葉の代わりに、獅郎がオムツを変えてやることもしばしばあった。
「凄いな、獅郎は何でも出来るんだね」
獅郎は子供と言えども、どの子よりも少しだけ年上であった。こういう旬介達のあどけない質問にも、へらへら笑いながら答えていた。
「オレの家は兄弟が多くて、皆大変だったから。妹も弟もこうやって世話してたんだよ」
「そうなんだ。母上の代わりなんだ」
「ははっ。お母さんの代わりにはなれないよ」
へらへらしてはいるが、時々しゅんと暗い顔をする。時々、晴明は獅郎から話を聞いてやった。どうやら、兄弟が10人ほどいたらしい。だが、ある日を境に1人ずついなくなっていく。そして、夕餉が少しだけ増える。食べられない日も少なくなった。そして、今度は1番可愛がっていた妹が呼ばれた。だから、獅郎は妹の夢路がいなくなることを恐れ、一緒について行ったんだという。案の定、親は山奥で姿を消してしまった。
夢路や自分の前に、姿を消した兄弟達は何処へ行ってしまったんだろう。
今までより立派で、ご飯もちゃんと食べられる生活をしていると、それが気になって辛くて仕方なくなる時があるのだという。
そして、最後に獅郎は晴明に約束して欲しいと言った。
「誰も、もう連れていかないでください」
晴明は、獅郎と約束した。
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