生克五霊獣 32話
晴明は残りの食事を済ますと、茶を啜り、部屋を出て行った。
見れば、旬介のお膳は殆ど手つかづのままだ。新月も半分くらい残っているし、蜃に至ってはこれからと言うところだった。
「新月、父上が戻ったら、旬介に残りの膳を運んでやってくれ」
「うん」
「よし」
2人で夕餉の続きを始めたところで、葛葉と少年が戻ってきた。
綺麗になると、その摩訶不思議な容姿が際立って見えた。
金色の髪に、青い目に、日本人にしては彫りの深い顔立ちと白すぎる肌。
「遠い昔、聞いたことがあるのだ。遥か彼方の遠い国、南蛮に、金や赤の髪を持ち、緑や青の目を持つ人がおると。この子は、南蛮の血を引く子かもしれぬ。母は、夜鷹だったそうじゃ。村から離れたところに、南蛮人が出入りする港があったそう」
「名はなんという?」
蜃が問うた。
「紗々丸だ」
紗々丸は旬介の姿が見えない事が気になったのか、キョロキョロしていた。
それを察したように、葛葉が蜃に旬介と晴明について聞いた。
「臍を曲げて出て行ったよ。今は父上が宥めていると思う」
「そうか」
「旬介は、酷いヤキモチ焼きなようだな。俺はすっかり嫌われてしまった」
葛葉が申し訳なさそうに、すまんな、と謝った。
葛葉は紗々丸に、腹一杯食事を与えた。食べ終わると同時に、紗々丸は電池が切れた玩具のように、その場でぐうぐう眠ってしまった。よっぽど、疲れていたのだろう。その後は、蜃が抱いて布団まで運んで寝かし付けた。
蜃も眠る準備を整え、部屋で布団に入ろうとしたところで、無言の旬介が蜃の部屋の障子を開けた。
昼間も言ったのに、またかと思ったが、今は怒る気にもなれなかった。
「どうした?」
旬介は昼間の着衣のまま、目を腫らしてムスッと立っていた。
「父上にも、叱られたのか」
優しく問うと、旬介の目からぽろぽろ涙が零れた。そして、消え入りそうな声で。
「ごめんなさい」
の、一言が聞こえた。
「俺は、旬介とも仲良くしたいんだぞ。同じくらい新月とも仲良くしたいのだ。けど、旬介から新月を取ろうなんて思ったこともない。父上も母上も、取った覚えはないぞ」
「取らない?」
「取らないよ」
「ほんと?」
「本当だ」
「ほんとに、ほんと?」
「本当に、本当だ」
すっかり機嫌が直ったのか、旬介が泣き止むと、後から見計らったように晴明が現れた。晴明もまた昼間の着衣のままだった。
「よし、ちゃんと仲直りできたね。じゃあ、寝るぞ」
「じゃあね、兄上。おやすみ」
「おやすみ」
蜃がホッとして、旬介と晴明を見送りながら障子を閉めようとすると、お膳を持った寝間着姿の新月が見えた。晴明との話が終わるまで、ずっと旬介を待っていたようだった。
旬介が部屋に戻るのを見計らったかのように、新月が後をつけて行ったのが見えた。あとは、晴明が上手くやるだろう。後のことを蜃は知らないが、次の日の朝餉を一緒に食べていたから、あの後仲直りしたんだろうと思った。
「紗々丸、これからどうする?」
朝餉を食べながら葛葉が紗々丸に問うと、紗々丸はご飯を食べる手を止めた。
「母ちゃんを探さないと。村が焼けて、家も焼けて、母ちゃん泣いてるかもしらん」
「村はここから遠いのか?」
「うん、たぶん。荷車に隠れたり、歩いたりして、何日も経った」
「よくここまで来れたな。食べ物はどうしていた?」
「途中、お供え物盗んだり、畑から盗んだり、あと知らない婆ちゃんがたまに何かくれたりしたよ。なあ、母ちゃんはどこにいるだろうか」
「それは、私達にもわからんよ」
「そうか。じゃあ、これ食べたら俺は行く。母ちゃん、病気なんだ」
言うと、紗々丸は続きを食べ始めた。
恐らく、もう紗々丸の母親はこの世にいないか、何処かに売られてしまった後だろう。
「紗々丸の母上も、目が青いの?」
旬介が、なんとなしに聞いた。
「母ちゃんは、黒い目だったし、髪も黒かったよ。俺は父ちゃんによく似てるって言ってた。父ちゃんは、死んだんだって」
「寂しい?」
「俺は強いから、大丈夫だ!」
食事を食べ終えると、他の者がまだ食べている中、紗々丸は母親を探すために屋敷を出ていこうとした。それを、葛葉が引き止めた。
「待て。私が探すのを手伝ってやろう。お前はここで待つといい」
「ほんとか! でも、母上見つかるかな」
「探してみなけらばわからんが、お前の母上もお前を探しておるかもしれぬだろう。あまりウロウロしておっては、母上もお前を見付けられんぞ」
「そっかー」
気丈に振舞ってみても、内心は不安でしょうがなかったのかもしれない。安心したのか、それまで強ばっていた紗々丸の顔が緩んだように見えた。
朝餉の後、紗々丸を旬介達と遊ばせている間、葛葉は部屋で紗々丸の母を探す作業に取り掛かった。術を教えるのも含めて、その場に蜃を呼んでいた。
「これは、降霊術のようなものだ。よく覚えるように」
「母上、これで紗々丸の母親が見つかると?」
「死んでおれば、何処でどうなったかわかる」
「では、もし生きておれば?」
「術は失敗に終わる」
失敗する方がよいとは、なんとも複雑だ。
葛葉が降霊術を使うと、そこにぼんやり女の人の影が現れた。残念ながら、術は成功した。
「お主は、紗々丸の母親か? 子はお主を探し回っておるぞ。何があったのだ?」
女の影は、よよよと泣いた。
『私は、南蛮人を相手に夜を彷徨う夜鷹。生まれも不幸、育ちも不幸、住む場所もなく、父もわからず産み落とした我が子と共に日々貧しい生活を送っておりました。奇っ怪な容姿であれ、愛する我が子に変わりはなく。ですが、気付くと私の鼻は腐って落ち。あの子に見せるには忍びない容姿と成り果てました。それでも、私はあの子の為にこの身を売り続けた所存です。そうして、火が放たれたのは客との床の最中で。燃え盛る戦果と、人を斬り倒しながら進むお侍に、私は斬り殺されてしまいました』
女の影は、無念と泣いた。
『あの子を、どうかお頼みいたします』
女の影はそういうと、煙のようにふっと消えた。
「母上、世の中にはこうも知らねばいいこともあるのかと思いました」
葛葉も蜃も、苦々しい顔をしていた。なんとも、後味が悪い。
「紗々丸は、母親の病の事も知っていたのだろう。だからこそ、自分で必死で探し回っていたのだな」
葛葉は顔を伏せた。あの子になんて言えばよいのやら。
「俺が話しましょうか?」
頼もしく立ち上がった蜃を見上げて、葛葉は顔を横に振った。
「いいや、これは私が話さねば。同じ母から託されたのだからな」
庭に出ると、旬介と新月と紗々丸が蹴鞠をして遊んでいた。時々、逸れた鞠を見守る晴明が蹴った。
きゃっきゃと笑う子供達の姿が、妙に痛々しく思えた。
そして、意を決して葛葉は紗々丸を手招きした。
紗々丸を葛葉の部屋に入れると、暫くして外の者が聞いたのは紗々丸の悲痛な泣き声だった。
自分の部屋に紗々丸を入れた葛葉は、少しでも落ち着かせようと茶と茶菓子を出した。
「紗々丸、お食べ。今から、主の母について話すぞ」
「かあちゃん、何処にいるかわかったのか?」
「ああ」
紗々丸は嬉しそうに茶菓子を掴むと、それにかぶりついた。
「お前の母上は、もうこの世にはおらんかった」
葛葉がぽつりと言うと、紗々丸な気丈な目がうるうると動いた。
「嘘だ!」
「本当だ。お前を頼むと言われた」
「わあああああああああああああああああああ!!」
その場で大声で泣き叫ぶが、紗々丸も薄々感じていたのかもしれない。
「かあちゃん、病気だったんだ……俺が、俺が早く見つけなかったから、死んじゃったああああ!!」