生克五霊獣 31話
「ねーねー、お祭りは?」
「オラ達は、祭りじゃねぇよ。祟り神の神社を作ってるんだ。もう、悪させんようにな。若も、悪さしたら神社に閉じ込めれちまうぞ」
「やだやだ。俺、いい子だよ!」
「そうか。ははっ」
「お祭りはしないの?」
「やるぞ。やるが、女共がおらんとなあ。今年も収穫はないが、祟り神が収まったんだ。里の収穫じゃて、収穫祭をやるのじゃ」
「楽しみだね」
無邪気に、旬介は里を走り回った。何もかもが新鮮だった。
空が赤く染まり、烏が鳴いた。
「旬介、そろそろ帰らないと」
新月が、旬介の袖を引いた。
「あ! わすれてた」
旬介の叫びに、新月は首を傾げた。
「あのね、前のお家に。大事なもの忘れたの。それを取りに行くとこだったんだ」
「今から?」
「走れば大丈夫だよ!」
「でも、すぐ暗くなるよ。蜃様を呼んでこようよ。一緒に来てくれるよ」
「新月、先に帰っててもいいよ」
新月は、少しムスッとした。
「蜃様に、言いつけてやる」
今度は、旬介が怒った。
「新月、いっつも兄上の事ばっかり! 新月は嘘つきだ! 針千本飲まないといけないって言ったの、新月なのに!」
嘘つき呼ばわりされ、新月も怒った。
「私、嘘なんてついてないもん!」
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
新月は、泣きながらその場を走り去ってしまった。
すっかり臍を曲げた旬介は、赤から紺に変わり行く空の下、一番星も無視して里の外れに向かって走り出した。
わんわん泣きながら家路に着いた新月を最初に見つけたのは、蜃だった。
「おお、新月。心配したぞ。どうした? 旬介は?」
新月は、泣きながら蜃に全てを話した。蜃は呆れながら、新月を家に入れた。
「全く、あいつは。俺が捕まえてくるから、新月は待ってろ。母上と父上にも伝えといてくれ」
蜃は、すっかり日が落ち真っ暗な闇の中、飛び出して行った。
一方、旬介はというと。本人の予想に反して、真っ暗になった山道を歩いていた。怒られながらも散々駆けずり回った場所である。獣道を抜けて、松兵衛の作った小屋が見えたら、その奥の祠に飛び込んだ。
祠の隅の筵と板をずらすと、そこに包み紙を見つけた。嬉しそうにそれを開いて確認すると、晴明が旬介に与えていた金平糖や飴が出てきた。
「よかった!」
それを再び包み直すと、懐に入れて外に出た時。松兵衛の小屋がガタンと揺れた。
「!」
子供心ながら、旬介は驚いた。が、まだ恐れを知らない旬介は、そっとその小屋を覗いた。
奥に、人影が見えた。その人影は旬介を見付けると、飛び掛ってきた。
驚きはしたが、松兵衛に武術を散々仕込まれていた旬介の身のこなしは軽く、相手をぐるんとひっくり返し、動けないように仰向けに固めると、馬乗りに固定した。
「はなせ!」
人影も同じくらいの年頃だろうか。暗闇で顔は見えないけれど、声が幼い。飢えのせいか、身体は旬介のように小さく、旬介より骨ばって感じた。そして、声が枯れている。
「はなせ! はなせ!」
「なにすんだよー!」
先程まで隠れては出てを繰り返していた月が、雲から完全に顔を出した。
「わあ。変な顔」
酷く汚れてはいるが、金色の髪が見えた。
「お前のが変だ!」
少年は叫ぶ。眼が青い。
「ねえねえ、何で目が青いの? 髪の毛、黄色いの?」
「うっせえ。知るかよ! それより、放せよ!」
旬介がなんの警戒もなく退くと、少年は飛び跳ねるように旬介から間をとった。
「お前、ここで何してんだ!」
少年が問うた。
「忘れ物、取りに来たの?」
「は?」
「ここ、前のお家だよ。今はね、ずっと下の方の向こうの方のお家になったの。おっきくて、ひろくて、あったかくって。母上と父上と兄上と新月がいるよ」
「なんだ、坊ちゃんか」
おかしなことをいう坊ちゃんだなと、少年は思った。まあいい、悪い奴ではなさそうだと理解した。
「君は?」
「俺は、母ちゃんを探しに来たんだ」
「へえ。この里にいるの? どんな人?」
「わかんね」
「なんで?」
「なんでって、知るかよ。ずっと、橋の下で住んでたんだよ。俺はこんなんだから、絶対外に出るなって言われてたけど。もう3日も帰らねえから、母ちゃんにきっとなんかあったんだよ。だから、探しに歩いてたらこんなとこに来たんだよ! 小屋見つけて、腹減ったからなんかあるかと思ったけど、こんな場所なんにもありゃしねーし」
「ふうん」
「なあ、お前。なんか持ってねーか?」
旬介は、少年に聞かれて、先程のお菓子を思い出した。
ボロボロで腹を空かせている少年を見て、新月と初めて会った時のことをふと思い出した。
「……1個だけなら、あげてもいいよ」
旬介は、しぶしぶ懐からお菓子の包を取り出した。金平糖を1個だけ取り出して渡そうとしたら、少年は旬介の摘んだ1個だけじゃなく、包み紙の方を奪うようにして取り上げ、次々と口の中に入れていく。
「金平糖。久しぶりだなあ。たまに、母ちゃんがくれたのより、上等だ」
少年に、ひとつ残して全部食べられた旬介は、あまりのショックにその場で泣き出した。
「いっごだげっで……いっだのにいいい……」
その声を聞きつけ、丁度蜃が飛び出てきた。旬介が泣いている理由を知らないので、彼は道に迷ったもんだと思っていた。
「やっと、見つけた! おお、泣くな。泣くな! さあ、一緒に帰ろう」
蜃が旬介を抱こうとするが、旬介は蜃を突き飛ばすように拒否して見せた。
「最近、可愛げがないぞ」
ムスッとして目を逸らすと、その先に警戒するように少年がいるのに気付いた。
「お前、不思議な容姿をしておるな。迷子か?」
少年は首を左右に振った。
「家は何処だ? 送るよ」
「ねえよ! そんなもん。突然侍が来て、燃やしちまった!!」
戦の孤児か……。
「今晩は、うちに来い。飯を食わせてやる」
少年は、ゴクリと喉を鳴らせた。
「お、お前! 上手い事言って、俺を売る気じゃないだろーな!! 珍しいからって、売り飛ばしたりしたら、ぶっ殺してやるからな!」
「随分威勢のいいガキだな。そんなこと、せんよ」
子供2人を連れて屋敷に帰ると、先程まで噛みつかんばかりの勢いで騒いでいた少年も、怖気付いたのか借りてきた猫のように、しゅんとなった。
「旬介、心配したぞ! 蜃すまんかったな」
出迎えた葛葉に、旬介は飛び付いた。
「母上、それよりこのガキを風呂に入れて飯を与えてやってくれ。里に迷い込んだ孤児じゃ」
「ようし、足を洗ってやろう。それからすぐに湯に入れてやる」
葛葉は、汚れるのも構わずその子を洗った。
先に夕餉の席に着いた旬介であったが、新月の隣でぷいっと顔を背けると、ご飯を掻き込むように食べ始めた。
見かねて、晴明が旬介を咎めた。
「旬介、なにをプリプリ怒っておるのだ。新月から聞いたぞ。どうした?」
「新月が、嘘つきだからだよ!」
「私、嘘なんてついてない!」
新月に向かって、旬介があっかんべーとする。
「お前は、いい加減にせんか!」
横から口を出した蜃に旬介は近付くと、バーン!と突き飛ばし、逃げるように部屋を出て行った。
「なんじゃ?」
晴明が叱ろうと、立ち上がるところを蜃が止めた。
「父上、旬介のやつ最近ずっと俺に対してああなんだよ。何が気に入らないのか……。ただ怒っても余計荒れるだけかと」
「困ったものだな。前は、こんなこと無かったんだが」
新月が泣き出した。
「私の……私のせいだ……」
「何があったか、教えてくれ」
蜃が新月に問うと、新月はこくりと頷き、旬介との約束の話をした。
「……ヤキモチか……」
「ヤキモチだ」
呆れて、大人2人が口を揃えた。
「ふえ。ヤキモチ? どうすればいいの?」
「俺が話をするから、大丈夫。蜃も少し気を付けてくれ」
「言われなくとも」