生克五霊獣 30話
「それは、松兵衛が責めることではあるまい。私達が諦めていたこの里を取り戻せたのは、何より松兵衛が蜃を守り育て、私達の背中を押してくれたからであろう」
「どうであれ、当主に逆らい、最悪の結末を迎えたことは揺るぎない事実」
「最悪とは、言い過ぎではないか」
晴明が咎めるように松兵衛に放った。
「確かに、お蝶は犠牲になった。しかし、この里は以前の姿を取り戻そうとしている」
「蜃様は、儂を一生許さないでしょう」
松兵衛は、はっきり告げた。
「では、松兵衛はどうしたいのだ?」
「儂は、ここに来る時に自ら罰し、島流しになるつもりでおりました」
「考え直さぬか? まだ旬介も新月も幼い。それに、この先また災いが襲いかからぬともしらん。ここにおっては、くれぬか? 共に戦ってはくれぬのか?」
松兵衛は、深々と頭を下げた。
「それを受け入れるには、儂の罪は重すぎます故。それに、いざとなれば蜃様がおられる。儂より、遥かに頼りになります」
そうして、それ以上何も言えない2人を残し、何も言わぬまま松兵衛は部屋を出た。
予め整えてあった荷物を掲げ、屋敷を出るところで蜃に呼び止められた。
「松兵衛、何処へ行くのだ?」
「蜃様、長らくお世話になりました」
蜃は少し考える素振りを見せた。
「なあ、あれから旬介の寝小便が治らんのだ。鍛えてやってくれんか?」
松兵衛は、ふっと笑った。
「また、いい加減な事を言っては、旬介殿に嫌われますぞ」
「なあ、出て行かんでもよかろう」
「これは、儂のケジメですから」
「別に、お蝶が死んだのは松兵衛のせいだと思ってはおらんぞ。計画通り松兵衛が犠牲になっておっても、俺は泣いた」
「有り難き、お言葉。では、お達者で」
誰の制止も聞かぬままに、松兵衛はこの日以来、屋敷に戻ることはなかった。
何処に行き、何処で何をしているのかは愚か、生死すらも知る術はない。
「ねえ、おじいちゃんは?」
幼い旬介に、松兵衛の事など分かるはずもない。毎日、毎日、嫌がる旬介に無理矢理武術を教え込んでいた松兵衛が、朝起きてから見当たらない。
皆で朝餉を食べる時も、食べた後も見当たらず、屋敷はなんとなくガランとして見えた。
そう、松兵衛は蜃と同じように旬介も新月も愛していたから。幼い2人に気付かれぬよう、挨拶もなく、そっと出て行った。
「ねえ、母上。父上。おじいちゃんは?」
少し暗い表情の葛葉と晴明に、旬介は悪気もなく松兵衛の行方を問う。
「旬介。松兵衛は、用があってな。遠くに出掛けてしまった」
「ふうん。いつ、帰るの? それまで、新月と遊んでていいの?」
晴明が、苦笑いを浮かべながら、旬介の頭を撫でた。
「もう、帰れないんだよ」
「えー!」
「今日は、遊んでてもいいが、明日からまた修行だ。俺より強くならないとな。明日からは、俺と蜃が色々教えてやるから」
「そっかー。おじいちゃんに、お手紙書くね!」
「では、手習いもしっかりやらねばな。下手な字では、また松兵衛に怒られるぞ」
「わかった!」
詳しく知らない旬介は、また暫くすれば松兵衛が帰ってくるものだと信じていた。父上の言う帰れないは、とっても遠い場所だから今すぐ帰れないと言うことなんだろうと勝手に解釈していたから。
そして、1人はしゃぎながら新月の元に走っていった。
「あの様子では、分かっておらんのだろうな。旬介は、あの歳にしては幼い気がする。同じ年頃の新月の方が、遥かに賢いように思うのだ」
葛葉が、呆れたようにも心配するようにも言った。
「あの幼さが、災いを招かねばよいのだが」
「葛葉は、心配しすぎだ。その時は、俺達が助けてやればよかろう。それが、親の仕事だ」
「不思議なものだな。私が現に産んだのは蜃の方だし、顔も姿も、蜃は私や晴明殿に似ているというのに……乳を与え、育てた旬介の方が遥かに我が子として見えるのだ」
「では、蜃は葛葉にはどう見えるのだ?」
葛葉は、少しだけ考えた。
「蜃も、可愛い大切な我が子だよ。けれど、申し訳無さの方が増してしまってるというだけじゃ」
「では、これからあの子に母として返してやるしかないのではないか」
「返す?」
「ああ。母としての愛情をな。俺もしっかり返さねば」
葛葉は、そうか、と呟いた。ふと手に持った湯のみの中のお茶を覗くと、茶柱が立っていた。
新月は、蜃と共に蜃の部屋にいた。蜃が好きな愛用の丁子の匂いが立ち込める空間だ。朝起きて、朝餉を済ますとここに来る。
お蝶が亡くなってから、まだ気持ちが晴れないから、お互い励ますように。
そして、新月は蜃の話が好きだった。華やかな街の話、女の人のお洒落の話。以前来ていたボロボロの汚れた着物と代わり、葛葉に葛葉の着物を仕立て直したものや子供の頃着ていたものを貰い着ていたが、小物や化粧等と言った煌びやかな物に胸をどきどきさせながら、心底憧れた。
「そういえば、新月にこれをやろうかな」
蜃が懐から取り出したのは、綺麗な装飾の紅入れだった。
「これは、なんですか?」
「以前、お蝶に俺があげたものだよ。お蝶の身体が消えた時、この紅入れが残ってたんだ。傷はあるが……ずっと持っていてくれたんだな。男の俺が持っていても仕方ないから、お前が持っているといいよ」
新月が蓋を開けると、殆ど新品に近い赤すぎない紅が入っていた。
「これが、紅ですか?」
「ああ。少し指に取って唇に塗るんだよ。俺は加減がよくわからんから、母上に聞くといい」
「お蝶さんの形見でしょ? いいの?」
「ああ。形見だから、大事にしろよ」
新月はこくりと頷くと、紅入れを懐にしまった。
丁度、旬介が部屋に飛び込んできた。
「新月、みーつけた!」
「旬介、お前。いきなり障子を開けるな!」
旬介は蜃に怒鳴られ、障子を閉めた。そして、隣りの部屋にまわると、そちらの襖を開けて入ってきた。
「とんちじゃないんだぞ。そういう意味ではない! 入ってくる前に声を掛けて、いいと言われてから入るんだ。わかったか?」
「わかった」
旬介は、適当に返事をした。
「ねえねえ、新月。遊びに行こうよー! 父上が今日は遊びに行ってもいいって」
旬介に手を引っ張られながら、新月は心配そうにチラリと蜃を見た。
「新月、行っておいで。暗くなる前に、帰るんだよ」
「はい」
旬介は新月を連れて、バタバタと外に出て行った。
富子と泰親に代わり、葛葉と晴明が戻ってきた情報はあっという間に里全体に広がった。
富子と泰親が姿を変えた鏡を祀るための神社を作り始める者、邪気の消えた畑や田を立て直そうと肥やす者、邪気によって淀んでいた川も澄み渡り、早くも魚がいるように見えた。
それから、収穫祭の準備までもが始められていた。
「何かな。いっぱい人が出てきて、何やってるのかな?」
旬介が新月に言うと、新月は
「お祭りするのかな?」
と言った。
「お祭り?」
「うん。踊ったり、大人はお酒飲んだり、美味しいもの食べたり、すごく楽しいの。笛とか鼓とか、能とかすごく好きだったよ。村に居た時ね、時々あったんだ」
「へー!」
旬介は、木材を運ぶ男に声を掛けた。
「ねえねえ、お祭り?」
男は、首を傾げた。というのも、里の状況が代わっても長らく邪気に侵されていた作用は大きい。
女子供はまだ体力が戻らず、体力が多少ある男達がこうして働いている状態だったのだ。
「お前さん、何処の子だい?」
「?」
旬介は、首を傾げた。
「私は、葛葉様に拾われました」
男は担いでいた木材を置くと、汗を拭きながら笑った。
「そうかい。葛葉様の。葛葉様に伝えておいてくれないか? また、昔のように里の人間を治しておくれと。そうすれば、この里もすぐに戻ると」
「はい」




