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生克五霊獣 28話

「ほう、麒麟と白虎と青龍の力を同時に使うか。まだ枷を外しただけで、何も教えてはおらぬと言うに」

「幼き頃から、松兵衛に教わっておりましたよ。剣に乗せる力が、別に使えるようになったというだけ。容易いことです」

蜃の生まれ持った能力が、晴明とシンクロしている。だからこそ、松兵衛も見抜いていたのかと葛葉は察した。その時から、全ては松兵衛の計画にあったのだと。恐ろしい爺やだ。

「これが、鬼神と龍神の力か……」

蜃の能力を、才覚を、実に恐ろしいと思う。

「ところで、お蝶さんには世話になった。また改めてお礼をしたいのだけれど……」

蜃がモジモジしながら言うので、お蝶はそれが可笑しかった。

「若様、お気になさらず」

「その言い方はやめてくれ。なんだか、他人行儀でいかん」

晴明も葛葉も、松兵衛から聞いた他、薄々感じてはいたが、やはりそういう事かと納得した。

そして、もし里がこうならず、元の姿であったならば2人は生まれながらに夫婦の約束を交わしていたのかもしれない。そう思うと、2人は運命の赤い糸で結ばれ、運命の赤い糸とやらが全てを繋いだのではないか。とすら、考えた。

「お蝶も蜃も、事が済んだらゆっくり旅行にでも出掛けたらどうだ。もし家が戻るのであれば、2人は夫婦になってここをおさめることになるのだしな」

晴明が当然の事のように言うと、蜃の顔もお蝶の顔も真っ赤に染め上がった。

「母上の家系と恵慈家の者が夫婦になるのは古代よりの慣わし。母上の家系も今や私とお蝶しかおらん。となれば、必然的にお蝶が蜃の正室になるしかあるまい。武家に育てば当然の事であろうが、お蝶には難しいかな」

お蝶は、真っ赤な顔をぷいっと逸らした。

「私は、蜃様を騙して危険に晒しました女。いくら血筋の為とはいえ、よろしいのでしょうか?」

「そうだな。それで償って貰おうか」

晴明が笑いながら、お蝶の頭を撫でた。

お蝶は蜃の求愛を散々交わしてきた挙句、この場で今更好いてしまったとは言いづらかった。それに、もしかしたらそれは恋などというものではなく、単なる知った顔が近くにある故の安心なのではないかとすら疑ってもいた。お蝶の気持ちは、本人こそまだ気付ききっていなかった。

辛いのは蜃だった。肌を重ね合わせたのも、結果騙されたのも全部、お蝶を心底好いてしまっていたからこそ。始めは一目惚れだったかもしれないが、今はちゃんと好きだと言える。蜃の方が、気持ちはストレートだった。

けれど振り向いてもくれず、交わされ、夫婦約束が償いと言われては本人も面白くはない。

「俺、様子見てきます」

不機嫌そうに歩き出すと、旬介が連れていかれた方へと1人歩いて行ってしまった。

「蜃は、機嫌が悪いな」

葛葉は、ぽかんとそれを見ていた。

「私のせいかもしれませんね」

お蝶が、しゅんとした。

「いい。気にするな。あいつは、まだ子供だ。俺が後でなんとかするよ」


「あ! 蜃様」

しぶとく嫌がる旬介に構いっきりなせいか、1人自主練状態の新月が声を上げて蜃に駆け寄った。そして、ふと蜃の様子がおかしいことに気付いた。

「蜃様? 何かあったのですか?」

「あ、どうしてわかる?」

新月は、自分の眉間に指を当てた。

「だって、ここにおシワが寄ってますよ」

「なかなか、自分の思うように事は進まないという事だな」

「?」

「さあ、新月。俺が稽古を付けてやろう」

新月は満面の笑みで、はいっと答えた。


*****


そして、時が流れ。

次の季節が、里を訪れようとしていた。

「月が綺麗だ」

その晩は、実に綺麗な満月が浮かんでいた。眩しそうに目を細めながら、晴明が笑った。

「里がまだ平和だった頃、この季節になると収穫祭が楽しみでした。朝から皆で踊って、美味しいものを食べて、綺麗な月を見ながら宴は翌朝まで続いて。家の者も家来も関係なく、式神までもが一緒になって楽しむ宴。また、やりたいですね」

「やろう。全てが落ち着いたら。1日ではなく、3日くらい通して」

葛葉が笑った。

「途中で、倒れてしまいそうですね」

「ああ。倒れるまで、騒いだらいいさ」

いよいよ、明日。

全てを終わらそうと、皆で決めた。

計画は、こうだ。

早朝、霧が晴れる前。蜃が富子と泰親を藤緒と葛葉がかつて使っていた離れに呼び寄せる。葛葉の件といえば、食いついてくるだろう。

そこに晴明が現れ、2人で2人を引き付けている間に葛葉は生克五霊獣の法の準備を始める。その間、松兵衛は葛葉を守ることに専念する。

生贄は、松兵衛がなると自ら立候補し、やむなく決まった。

お蝶はどうしても最後を見届けたいと聞かなかった。だから、子を蜃の部屋に寝かせ、その間その部屋を守るように見届けると言うことで話はまとまった。

旬介にも新月にも、なるべく酷い有様は見せたくなかった。だから、眠いとグズるのを承知で、この晩は無理矢理起きさせていた。

「ねえ、新月。畳って言う、とっていい場所で寝るんだって。だから起きてなきゃいけないって。畳って知ってる?」

洞穴のような祠に葛葉のボロ服を敷き詰めた場所で寝起きしていた旬介にとっては、畳で寝るというのが想像出来なかった。

新月も、すきま風の激しいボロボロの家の板の上に筵を敷き、丸まって寝ていた事を考えれば、畳と言うものが分からない。

「なんだろうね。でも、蜃様がとても気持ちがいいと言っていたよ」

新月は、よく蜃の話をした。蜃が言っていた、蜃がどうだった、どうした、どうしてくれた等。嬉しそうに話す。

「新月は、兄上が好き?」

「うん、好き。優しいし、強いし」

「うーん。じゃあ、俺は兄上嫌いだ」

新月は、首を傾げた。

「なんで? 蜃様は、旬介にも優しいよ?」

「だって、俺から新月を取るよ」

「取らないよ」

「取るよ、絶対!」

旬介は、頬を膨らませてぷいっと顔を背けた。ヤキモチだった。そして、ボソリと呟いた。

「だって、母上も父上も取ったもん」

新月は、旬介の頭を撫でた。

「寂しいの? じゃあね、私は旬介のそばにいるって約束するね」

「ほんと?」

「ほんと。じゃあ、指切りしよう」

新月が、左手の小指を差し出した。何かわからず、旬介は首をかしげながらきょとんとそれを見た。

「指切り知らない?」

新月は右手で旬介の左手を取ると、旬介の小指に自分の小指を絡めた。

「ゆーびきーり、げんまん。嘘ついたら、針千本のーます。これで、約束ね。だから、旬介も私のそばにいなきゃダメだよ」

「うん。ずっと一緒にいるよ! 約束ね」

丁度、旬介と新月の指切りが終わったところだった。

「旬介さん、新月さん。行きますよ。静かにね」

2人は頷くと、お蝶と手を繋いで山を降りた。

まだ子供2人に気配など消せるはずも無く、屋敷の外で隠れながら蜃からの連絡を待った。

富子の部屋から蜃の部屋は反対側の上、部屋を挟んで少し距離がある。お陰で夜中度々抜け出せたのだが、その理由としては屋敷の中で1番上等な部屋だったから。そこは、元々法眼が使っていた部屋だった。

そして、藤緒と葛葉の使っていた離れを今では全て泰親が使い、富子は自分の部屋と離れを併用して使っていた。

蜃からの合図である小さな言霊の蝶が飛ぶと、 お蝶は子供2人を蜃の部屋に入れた。

初めて見る畳と布団の部屋に、旬介は興奮して目が光っていた。声を上げようとするのを、お蝶が慌てて口を塞ぐほどに。

「さあ、お布団の中でおやすみください」

1枚の布団に、旬介と新月を入れた。蜃がいつも焚いている香の、丁子の香りがする。

「蜃様の匂いがする」

新月が、ぽつりと呟いた。

「ふかふか、あったかい」

旬介も呟いたが、無理矢理起きていたせいと疲れで、2人とも直ぐに眠ってしまった。

それを見届けると、お蝶は葛葉に言われた通り、入口に守札を貼ると自分も離れへと向かった。


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