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生克五霊獣 27話

「蜃よ。ああ、可愛い蜃よ。どうしたと言うのじゃ、晴明」

「少し鍛えてやろうと思って連れ出したんですが、突然このざまですよ。先程医者に連れていったところ、流行病ではないかと」

「まあ、それは誠に恐ろしい」

「はい。ですから、お蝶に面倒をみさせます。医者は3、4日もすれば熱も下がると申しておりましたし、心配ないでしょう」

「誠に、信頼出来る医者なのであろうか。もし治らなければ、式神の餌にでもしてくれるわ」

「ご心配なく」

晴明は、蜃を部屋に寝かすと、お蝶に付きっきりの看病を頼んだ。お蝶は、食事も着替えも厠の世話まで全てを献身的に手伝った。まるで

「まるで、幼い弟でも出来たみたい」

とお蝶が言うと、熱でうなされながら蜃は言う。

「弟? 俺は貴女と夫婦になりたい」

「今度は、意識が正常な時に仰ってくださいな」

と、お蝶は返した。しかし、この頃にはお蝶も蜃に対して満更でもなくなっていた。

夫婦。この人が望むなら、この地でそれもいいかもしれないと。

松兵衛は、葛葉の住む祠の近くに自ら小屋を立てた。旬介と新月も手伝い、なんとか松兵衛1人が住むのにはギリギリの大きさが1日がかりで出来た。けれど、簡易的で強い風が吹けばこわれてしまいそう。

「松兵衛、苦労かけますね。しかし、この小屋では頼りないではないだろうか。もう1つ、里には子を匿う似たような祠があったと思うが」

「あの場所は、ここより少々離れすぎております。それに、以前富子と泰親が隠れておったようですし」

「何故それを?」

「ここに来る前に、調査も兼ねて何ヶ所か見て回ったのです。あの祠には、以前生活していたような名残と……富子様の帯が落ちておりました故」

「左様か。あやつ等も……」

「この小屋もとりあえず簡易なものです。これから、少しずつ強くしていきますし、ご心配いりませんぞ。もし、爺を気遣うのであれば、1日でも早くお家を取り戻してくだされ」

「はい」

そう言われてしまっては、葛葉も返す言葉がない。

「さあ、旬介殿、新月殿。これから、爺がしっかり鍛えて差し上げますからね」

名前を呼ばれた新月は、顔を傾げた。

「私も? 私も、武術を教えてもらえるのですか?」

「そうじゃ。この里では、里を守るため、己を守るため、また鍛えるために男も女も関係なく武術や学問を学ぶのです。旬介殿も、気張って励まねば女子にも負けてしまいますぞ」

「父上が、俺は父上より強くなるって言ってたよ!」

「そうか、それなれば、一層気張らねばなりませんぞ! 何故なら、晴明殿は本当に心底お強い方であるからな」

「頑張るね」

松兵衛は、旬介と新月の頭を順に撫でた。

「ところで、葛葉様は旬介殿に術は、教えておるのですかな?」

「まだ、こやつ等は小さい。そろそろとは思っておるが」

「ならば、儂からも鍛えていこう」

松兵衛は、葛葉が思っている以上にやる気満々である。なんとなく察しながらも、新月はともかく、少々甘やかしすぎて育ててしまった旬介にとって、大丈夫だろうかと心配になった。そんな葛葉の思いを察したのか、松兵衛は笑いながら心配ないと告げた。

「善は急げ、ですぞ」

訳も分からず、旬介は楽しそうに返事をする。晴明の稽古は甘い。それだけに、楽しかったから。

「新月、頼むぞ」

不安げな葛葉の言葉に、新月は頷いた。

「生と死の理を持って、大地を味方にする。その理を操る術を持って、生きとし生けるものを自然の流れに委ね、自らも逆らわず、その流れの渦に身を任せる。その理さえ理解すれば、自在に雨を降らせ、風を吹かせ、大地を眠らせる事も容易いのです。それをこれからお2人は学んでいくのです」

幼い2人には、ちんぷんかんぷんである。ただ、新月には死というものだけは理解出来た。何故なら、沢山の人が目の前で死んでいったから。死ぬというのは、酷く恐ろしく、そして悲しいことだと。

「もし、その理が理解出来たなら、私は死を見なくても済むのでしょうか?」

「人はいつか死に逝くもの。遅かれ早かれ…。しかし、子を残す事でその命は繋がれて行くのです。新月殿の母上や父上が亡くなっても、それは新月殿として生きている。死してなお、死してはおらぬのです」

理解できるのは、まだ先だろう。松兵衛は、その先その先をと、少々勇み足で進めて行った。

1週間程して、お蝶が1人で祠に現れた。

「蜃は、もう大丈夫なのか?」

「ええ。ですが高熱の間、食事が喉を通らなかったようで、すっかり体力が落ちてしまっているのですよ。時折、晴明様が金平糖を口に入れて差し上げて、それくらいしか」

「そうか、晴明が」

「でも、もう大丈夫です。今朝もご飯を3杯も食べられて、今度はお腹を壊すんじゃないかってくらいに」

お蝶の笑い顔は、藤緒によく似ている。どちらかというと父親似の葛葉、そして母親似のお蝶。守れなかった母の代わりに、必ず守らねばと思った。

「私には何も出来んかった。私の力は弱い。だが、今は味方も多い。感謝するよ」

「姉様、私もある程度は理解し覚悟したつもりです。私は、これまで幸せでした。これも姉様という犠牲があったからこそ。ですから、私も何か返さねばと思っているのですよ」

葛葉は、頷いた。

「約束通り、私の守札の使い方を教えるよ。子供達は松兵衛が見てくれているから、気にしなくてもよい。この札は、書いたものと同じ力を得るというものだが、1枚につき1度だけだ。どのように、どう使うかは、本人次第だ。お蝶は、自分を、幼子を守る事だけを考えてくれ。それが、私達にとっても蜃にとっても、大きな安心に繋がる」

「はい」

お蝶にとっても、泰親や富子が仇なのには変わりなく。けれど、その強さ、どう足掻いても勝てるとは思えないから、せめて別の形で仇討ちをという気持ちが強かった。

「姉様。必ず、おっかあの……育ててくれた、おっかあの仇を……頼みます」

「わかっておるよ」

その日から、極秘の特訓は続いた。すぐ泣き喚く甘えたの旬介とは違い、新月はよく耐えた。甘える者がいなかったというのもあるが、行く場所もない彼女が出来ることはこのくらいだったから、子供ながらに必死で着いて行った。それでも隠れて泣いている事も多く、そんな新月を見付けては励ますのはお蝶の役目であった。新月にとって、お蝶は心から気持ちを許せる姉のような存在になっていた。

蜃が調子を取り戻すまでに、さほど時間も要しなかった。それでも久しぶりに感じてしまう。久しぶりに現れた時は、晴明と一緒だった。

「遅くなって、すまなかった」

久しぶりの晴明を見て、旬介は半泣きになりながら晴明に飛び付いた。

「おじいちゃん、酷いんだよ。すぐ、お尻叩くんだっ!」

厳しいのは、松兵衛の昔ながらのやり方である。男児たるもの、厳しくあってこそだと思っているから。

「尻を叩かれて、悔しく、恥ずかしく思えねば、強くはなりませんぞ!」

「やだあ! もう、やだ!」

喚いても許して貰える筈もなく、結局は修行にと連れていかれてしまった。

「松兵衛は、相変わらずじゃの」

晴明が、苦笑いをした。

「未だに俺も、あんな鍛え方をされるのだ。いい加減、子供と同じ扱いはやめて欲しい」

蜃の真剣な迷惑そうな呟きに、晴明は思わず吹き出して笑ってしまった。

その笑い声につられてか、お蝶と葛葉が現れた。

「おお、来ておったのか。久しいの。もう、身体は良いのか?」

「ええ、母上。見てください」

蜃は、言うと右の手の平を高く翳した。何やら蜃の唱える呪文のような言葉と共に、手の平の上にバスケットボール大の嵐の球が生まれた。


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