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生克五霊獣 25話

気付かれないよう、部屋に戻ったつもりだった。

「何処に行っていた?」

蜃が部屋に戻った所を、晴明が声をかけた。

「厠ですよ」

「随分遠いな」

ふうっと、蜃は息を吐いた。

「安心しろ、富子にも泰親にも見つかってはおらんよ」

蜃は、晴明を部屋に入れた。そこには、蜃の帰りを待つお蝶がいた。蜃の着物を着て、蜃同様に髪をあげている。

「影武者か、面白いことを考えるな。それで、何処に行っておったのだ」

「お蝶さん、もういいよ。ありがとう、部屋で休んでおくれ」

お蝶は2人に一礼すると、部屋を出た。

「葛葉さんに、会ってきました」

「何をしに?」

「話がしたかったんですよ、色々と。いけませんか?」

「……いけなくはないが……何を話したのだ」

「里のこと、俺のこと、今のこと。あの人は、このままでいいと思ってる。だから、俺はこんな所さっさと帰って、元の生活に戻るよ。そして、ここの事もあんた達のことも全部忘れる」

「恨んでるか?」

「恨んでるわけじゃないけど……色々と辛いよ、ここは」

「そうか」

晴明の顔が、優しく笑った。蜃の頭を撫でる温かい手の感覚が、互いに心地よく感じた。

「明日には、松兵衛も到着するであろう。達者でな」

蜃は、こくりと頷いた。

その晩、布団の中で手首に着けた数珠を見ていた。松兵衛が大切にしろと言っていたこれは、晴明と葛葉がせめてものお守りにと蜃に持たせたものだと聞いた。

今夜は、眠れそうにないかもしれない。数珠を見ていれば見ているほど、色々な思いが巡ってくる。今まで育ってきた血の繋がらない家族、そして今尚苦しむ血の繋がる家族。

「俺は、どれだけの人に守られているのだろう」

今まで、微塵も感じたことすらなかったのに。

本当にこれでいいのだろうか。


*****


今朝早く、まだ霧が晴れる前に松兵衛は里に到着した。

まず、自分が到着した事を知られぬ為にも、晴明から知らされていた葛葉の祠に向かった。

祠の前で声を掛けると、寝ずに旬介の世話をしていた葛葉が旬介を抱いて顔を見せた。

「松兵衛……久しいの……」

すっかり熱の下がった旬介は、葛葉に抱かれながら指を咥えて眠っていた。その奥には、女の子が布団と着物に埋もれながら眠っている。想像していた以上に酷い有様だと、松兵衛は顔をしかめた。

「こんなところで、もう十数年も。姫様、なんと不憫な……」

「そういうな、松兵衛。こんなところでも、住んでおれば悪くは無いものだ。それに、今は子供達もおってな。なかなか賑やかで楽しいぞ」

「それで、蜃様は?」

「晴明と共に、屋敷におるぞ。お蝶という娘を知っておるか?」

「はい、蜃様が現在お熱のお相手です」

葛葉は笑った。

「そうか、あんな幼い顔をして。なかなかませたな」

「姫様、もう14でございますよ」

「そうか……」

時の流れに、はっとした。

「お蝶という娘も共におる。蜃が14なら18、9であろうかの。どうやら、私の妹だそうだ。その娘も助けてやってくれぬか」

松兵衛も、はっとした。あの時、藤緒から託され、こっそりと預けた娘がお蝶だったとは。運命の悪戯であろうか、それとも何かの宿命か。松兵衛は、後者と捉えた。

「葛葉様、松兵衛は恵慈家の為に尽くしてまいりました。今尚、この命を恵慈家に捧げるつもりでおります。それを踏まえた上で、ご無礼を承知で申し上げます。儂は、この地を取り返し、蜃様を当主にするつもりでおります」

「何を言い出すのだ?」

「お2人が止めようと、儂は譲りません。蜃様の帰る場所も、ここ以外もうござらん」

「どういう意味だ!」

葛葉の怒鳴り声に、旬介が驚いて飛び起きた。葛葉の着物をぐっと掴んだのに気付いた葛葉は、旬介を祠の奥に新月と共に寝かせてから、再び松兵衛に説明を求めた。

松兵衛は、長らく考えてきたこと、思い、そして屋敷を出る際に話を付けてきたことまでを全て語った。が、いつでも戻って来ていいという好意や、弟が継ぐ前であれば家督を譲るという約束は話さなかった。

「松兵衛、お主は……お主なんたることをしてくれたのだ。これでは、私は蜃に顔向けが出来ぬ。親として、結局は何もしてやれんという事ではないか」

葛葉は、泣くしかなかった。

「これは、全て松兵衛の責任。全て儂の企て。ですが、葛葉様。貴女が蜃様に唯一してやれることがあるのだとしたら、それはこの地を取り戻し蜃様にお渡しすること」

「それが、出来ぬからっ! 出来ぬから……」

松兵衛が、葛葉の肩を掴んだ。

「いいですか。葛葉様は、龍神の子。儂も晴明様も、そして蜃様もいればあの2匹の鬼神を倒すことすら出来ましょうぞ」

「生克……五霊獣の……法……」

葛葉が忘れかけていたあの術の名を、ポツリと呟いた。

「1つだけ手はある。生克五霊獣の法だ。けれど、術の真意も術のそれも何もかもがわからん。ただ、一生に1度しか使えぬ滅し封じる術としかわからぬ」

「それは、生贄を必要とし、封印するという意味ではござらんのか?」

葛葉は首を左右にゆっくり振った。

「わからぬ、わからぬのだ。だが、恐ろしい術だということだけは何故かわかる。故に、使えぬ。安易には使えぬ」

「死をも覚悟がいる術であろう」

「私の命などくれてやる。晴明殿と蜃とこの子達さえ守れるのであれば」

「守りましょうぞ」

納得していいものであろうか。だが、葛葉にはそうするしかなかった。


その晩、葛葉の寄越した言霊の通り、晴明は蜃を連れて祠に来た。

「蜃様、よくご無事で。晴明様、お久しゅうございます」

「松兵衛、これは誘拐じゃ。俺を仕置するのは、違うぞ」

蜃は、一応松兵衛に釘を刺した。

「ハニートラップごときに簡単に引っかかるとは、気が緩んでると仕置したいところではあるが、今回はよしとしましょう」

何がよしかわからんが、と蜃は渋い顔をした。

「父上、このおじいちゃんだあれ?」

旬介が恐る恐る尋ねた。

「父上と母上と兄上のお師匠だよ」

「お師匠って怖いの?」

蜃は半分笑いながら

「おー、怖いぞ。それは、それは怖くてな。旬介、尻をかじられるかもしれんぞ」

「お尻かじるの!? やだあ!」

旬介が松兵衛を真剣に怖がり嫌がるので、蜃はそれが可笑しくて堪らなかった。ゲラゲラ笑っていると、晴明から脳天に拳を落とされた。

「師匠に向かって、いい加減にしなさい」

蜃は頭を押さえながら、話を聞くことになった。

ある程度松兵衛の話を聞いたところで、蜃は黙っていられるはずもなかった。

「なんてことしてくれたんだ! 俺はすぐにでも帰るつもりでいたし、あの家を継いで天下すら取るつもりでいたのに!!」

予想外のとてつもない宣言に、晴明も葛葉も驚きを通り越して呆れてしまった。

「お前、そんなたいそれたことを考えておったのか」

「男子に生まれれば、1度くらいは夢を見るでしょう。時は戦乱、農民から這い上がって来たものも少なくはないという。武家なれば尚のこと、天下すら夢見られると思っていた」

葛葉は、松兵衛を見た。

「松兵衛の教育の賜物か」

「お恥ずかしい」

「蜃の為にも、戻ることは叶わぬのか?」

「もう1度俺が頼んでみようか」

晴明も葛葉も蜃に甘い。家よりも倅を重んじるか、それは時代にそぐわない。

「全て、お家あってこそ。お家も取り返せず、何が天下であるか!」

「では、松兵衛は家を取り戻したら天下を取れるとでもいうのか? この忍びの里で、忍びに何が出来るのだ。忍びは忍んでこそ忍びではないか。俺は、こそこそするのは性にあわん。武家の方が良いのだ!」

松兵衛の手が上がるのを、葛葉が止めた。


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