生克五霊獣 23話
「けれど、里を守るために諜報活動やら場合によっては暗殺やらもしているのだろう。やっぱり、忍びではないか」
「まあ、そのうち分かるよ」
そして、古びた祠の前で足を止めた。すると、男子が飛び出してきた。
「父上! あ……」
声を上げ駆け寄ろうとして、その男子は足を止めた。
「旬介、母上は?」
旬介は、不安そうに頷くと祠に戻った。
「母上、父上と知らない男の人がいるよ。怖い人かな」
ぷっと晴明が笑った。
「すまんな、あいつは俺と葛葉以外の大人を見た事がないのだ」
蜃もまだ幼い顔をした子供である。けれど、旬介からしたら充分大人に見えるのだ。
そして、蜃はムカついた。もし、自分が本当にこの男の倅であったならば、自分をその時守るために預けたにしろ、こうしてまた子をもうけているではないかと。
「俺に、何をさせるつもりですか? こうして、貴方には子がいる。それも男児だ。跡取りには、充分ではないか。今更、母だ父だと名乗る人間にあったところで、俺はあの家の嫡男で跡取りとして育ってきたのだ。爺も心配している、早く帰してくれないか!」
「わかっているよ。本当は、そのつもりだった。生涯、姿を見せるつもりなどなかったよ」
晴明は悔しそうに、申し訳なさそうにそう言った。
「晴明……その子は……」
祠から、葛葉が姿を見せた。同じだ、同じ場所に同じホクロがある。自分でも気付かないうちに、己のそれに手を触れていた。
「大きゅうなったなあ。さぞ、立派に。松兵衛のお陰じゃ」
「松兵衛、何故松兵衛を知っているのだ?」
「そりゃあ、私等の師匠だからのお。松兵衛は、さぞ厳しかろう。直ぐ尻を叩くので、子供には不評な爺やじゃった」
じわりと、蜃の目に涙が浮かんだ。まだ信じたくないのに、嘘だと思えない。そして、葛葉の後に隠れる旬介が恐る恐る蜃に手拭いを差し出した。
「お前は……弟になるのかな」
「旬介、お前の兄上だよ」
「兄上? 怖くない?」
「怖くないよ」
と、怯える旬介を蜃は抱き上げた。
やはり、葛葉は母親なのだ。母には適わないと、晴明はそれを見守った。
「蜃、ひと目見れただけで私は充分だ。お前は今すぐこの里から逃げなさい。鬼共に気付かれぬうちに」
「だが、お蝶がまだ」
「お蝶?」
お蝶を知らない葛葉に、晴明は事の次第を説明した。そして、少し前に松兵衛が晴明に宛てた手紙を葛葉に渡した。
「それ程、私が……母上が憎いのか……」
葛葉は、悔しかった。龍神と言われようとも、結局は何も出来ない無力な自分が心底憎いと思った。
先程晴明から、葛葉は島流しと偽ってこの祠で匿われ、隠れ、生活していると聞いた。だから、もう少しマシな場所だと思っていた。
「それにしても、こんな酷い場所で俺の年くらい生活していたと言うのは本当なのか?」
「そうだよ」
そのせいか、確かに葛葉は健康そうには見えない。
「旬介も、ここで生まれ育ったのだと言うのか?」
「旬介の生まれについては、また話そう。けれど、育ったのは本当だ」
「こんな場所で1人で」
「今は、3人じゃ」
葛葉は、蜃に祠の中を覗かせた。着物に包まれるように生活しているのであろう場所に、女の子が1人くるまっていた。覗く蜃を見て、新月は怯えて見せた。それを、旬介が大丈夫だからと声を上げる。
「俺の兄上なんだって! よくわかんないけど、怖くない人だって!!」
新月は礼儀正しくその場に座り直すと、深々と頭を下げた。月の光が差し込み、女の子の顔を照らした。可愛らしい顔が見えた。
「新月はね、俺のお嫁さん! 兄上には、あげないよ」
「はあ」
「これ、旬介。お前は、もう寝ろ。新月、旬介を頼むよ」
新月はコクリと頷くと、旬介の手を引き、2人で着物にくるまった。
「蜃よ、お蝶の事は我々でなんとかする。だから、お蝶のためにも、少しばかり辛抱してあの屋敷にいておくれ。松兵衛に迎えを頼むから、その間だけでも辛抱しておくれ」
葛葉は、蜃に頭を下げた。
その晩は、それで終わった。そして、案の定地下牢に戻された。
「蜃、明日には部屋に戻すよう手配する。すまんが、今晩はここで耐えてくれ」
晴明は、牢の鍵を掛けた。
「頭を冷やしながら考えるには、この場所はぴったりですよ。父上」
「無理に、父だの母だのと呼ばなくても構わぬ。俺は晴明、母と言っていた女は葛葉という名だ」
「では最期に、聞かせてください。旬介は、何故生まれてから手元に置いたのでだ? 新月は? 同じように守ろうと、考えなかったのか? それは次男だから、女子だからか?」
「旬介は、祠の裏で棄てられていた子供だよ。新月は戦ですべて奪われ、この里に逃げ延びてきた子。何れ大きくなり、2人が葛葉に手を貸し、里が本来の姿を取り戻せるように。葛葉が最後の希望として2人を手元に置いたのだ。お前は、俺達の希望だった。お前はこのようなこと全て知らず、知られず、俗世で生きていくことを望んでいたのだ。普通の男子としてな」
蜃はようやく、2人からの深い愛情を感じた。同時に悔しく思った。
「必ず助けてやる。お蝶も含めて。だから、何も案ずるな」
離れゆく晴明に、蜃は何も言えずにいた。
翌朝、晴明が蜃を迎えに来た。あれから蜃は眠れず、答えも出ないまま朝が来た。
「朝餉の時間だ。適当に話を合わせて、大人しくしておれば牢には入れられんから」
蜃は、コクリと頷きながら牢を出た。大きすぎる晴明の着物を着たままであったが、一旦通された部屋に着替えが用意されていて、それに着替えてから来るように言われた。今度は、ぴったりだった。
「おはよう。蜃よ。少しは、反省したかのう」
反省? 何のことだ? と思ったが、ここは晴明に言われた通り適当に合わせた。
「おはようございます、お祖母様。よく見れば、己と良く似た顔。父上と信じるには申し分ありませんでしたよ。昨晩は急な事で、酷く取り乱しました」
「左様であろう。その着物は、そなたのために唐から取り寄せたものじゃ。良質であろう。良く似合うぞ。そなたが最初に目覚めた部屋を、今後そなたが使うといい。欲しいものは全て与えてやる。なんでも申せ」
富子は興奮気味に笑って見せた。
「では、お蝶を俺の世話係にしてもらえませんか? やはり、元から知った顔があるのは安心ですから」
富子は不愉快な顔をしたが、それも最もだと渋々了承した。
「藤緒の娘じゃ。女狐の血、化かされぬように気をつけるのじゃよ」
「はい」
蜃にとって、食事は葡萄酒に肉と奇天烈なものばかりだった。お蝶の姿は見えない。ちゃんと食事は与えられているのだろうか。
その様子を察したのか、晴明が口を開いた。
「知った顔が既に見えないが、不安なのでしょう。母上、お蝶もこちらへ呼んでください」
富子は、顔を顰めた。
「藤緒の血を引くもの、葛葉の血を引くもの。共に食事など、おぞましい」
「ですが、可愛い蜃の為ではありませんか」
「晴明がそうまで言うのなら……」
仕方ないと、富子は泰親にお蝶を呼ぶように命じた。
直ぐに、お蝶が現れた。
「お蝶、今日から蜃の世話係じゃ。昼の世話はもちろん、夜の世話も全て抜かりなく。式神の世話はもうよい。わかったな」
「かしこまりました」
お蝶は、蜃に葡萄酒を注いだ。
「お蝶に飽きたら、いつでも寝女を替えてやる。言うが良い」
お蝶の目元に、悔し涙が浮かんだ。
食事を終えると、お蝶と部屋に入った。昨日から、敷かれた布団はそのままになっていた。
それを見たお蝶は、涙を流しながら自分の帯を解いた。