生克五霊獣 14話
「葛葉、直ぐ支度せい!」
晴明が強く言った。しかし、葛葉は泣き崩れたままだった。
「葛葉、泣いてる暇はないのだ! 早くしろ!!」
晴明の怒声に、葛葉の身体がビクリと動いた。直ぐに、支度を始めた。
支度を終えて早々、泰親の元へと顔を出し、事情を告げた。
泰親の顔色が変わったが、それは古い馴染みであるからだと2人は理解した。
「なんて事に。では、私もお供致しましょう」
「しかし、そなたはここの仕事があるではないですか」
「なあに、大丈夫ですよ。どちらにしろ、ここには私しかおりませんのですから」
気は進まない気もした。けれど、2人は信じて泰親も恵慈家へ連れて行くことにした。
再び長いようで短い旅路を抜け、久しぶりの里に、我が家に着いて驚いた。
「なんじゃこれは」
葛葉が泣くのも忘れ、驚愕した。
里を覆う真っ黒い霧は、里の植物を枯らし、井戸を枯らし、豊かだった人々の姿はそこにはない。時折、至る所で呻き声や枯れた力ない泣き声が聴こえる程度。屋敷はもう何十年も放置された空き家のように荒れ果てた姿となっていた。
「以前の、村の姿と被りますね。鬼でしょうか」
と、泰親が呟いた。
「母上の謀反、だけでは無さそうだな」
自分達がいない間に……一体何があったと言うのだ……一体。
とりあえず、門を潜ったところで、松兵衛が立っていた。
「おかえりなさいませ、若様、姫様。そして、ようこそ、お客人」
「松兵衛、一体何があったのだ?」
堪らず聞く葛葉に、松兵衛は歩み寄り肩に手を置いた。
「まあまあ、お疲れでょう。先ずは、中に。お客人も、お部屋にご案内いたしますよ」
葛葉は、はっとした。
「松兵衛、この者はな」
「観勒泰親殿でしょう。富子様の古いご友人の。お2人事のですから話されてしまって、それで観勒殿も心配になられてお見えになったと」
「ええ。よくご存知で」
松兵衛が、泰親の事を何故知っているのか。富子が封印されたあと、法眼の遺体を埋葬した後、松兵衛は彼女の部屋を調べたのだった。
富子が愛用していた妖しげな薬草の他に、泰親との文がわんさか出てきた。そして、全ては彼女が嫁ぐ前から計画されていた事であったと確信した。
次はこの男も消さねばなるまいと、それが松兵衛の考えであったから、この機会は喜ばしいものでもあった。
「私にもお聞かせ頂けませんでしょうか? 何か……お力になれるかも」
「力に?」
松兵衛は、表情を変えずに聞いた。
「おかしいですか? 確かに、私の古い友人が謀反を起こしたようです。けれど、それには訳があるのだと私は考えております。それに、もしそのなんだかの事情の結果がこの現状であるならば、私も僧として富子さんもこの地もお救いしたいと思っておりまして。その為に、はるばる来たのですから」
「では、観勒殿は富子様が結論的には無実だと言いたいと?」
「ええ、そう信じております。何故なら、古くから彼女をよおく知ってますからね」
晴明が唇の端を噛み締めた。自分も、母の謀反は何かの間違いだと言いたかったから。だからこそ、泣かずにここまで戻って来たのだ。
「それに」
そして、泰親は横目で晴明を見ながら続けた。
「もし、謀反が間違いで無かったとしたならば、晴明さんの立場がなくなってしまいますしね。富子さんに、会わせてくださいませんか?」
泰親は、まだ封印されたと思っていなかった。牢にいるのだと思っていたから、気持ちにも余裕があった。
「それは、出来ませんね」
「何故?」
「富子様にお会いすることは出来兼ねますが、ご覧頂く事ならば」
松兵衛は、歩き出した。それに、3人は従った。
恐らく、屋敷には3人の他に松兵衛しかいない。侍女たちはどこへ行ったのだろうか……。侍女の代わりに、松兵衛の式神が茶を運んできた。
「松兵衛、皆は何処へ?」
堪らず、葛葉が聞いた。
「こんな状態ですからね。皆、村の手助けに走っておりますよ。それに、使用人達にも家族がありますから」
「そうか」
葛葉は、寂しく思った。
松兵衛が一旦奥の部屋に入ると、重々しい鏡を持って現れた。見ればそこに富子の姿がある。その姿は鬼から人へ鬼から人へと、まるで切り替わるようにチカチカとして見える。
呆然とする葛葉と晴明であったが、何も言えない空間の中、発狂するよう声を上げたのは泰親であった。
「富子! 富子! 富子おおおお!!」
そして、鏡に掴みかかろうとした所を、松兵衛になぎ倒された。身体は風のように流れ、反転し畳の上に沈むが、今度は子供のように手足をばたつかせながら彼は泣き喚いていた。
「富子! 富子!! おのれえええ!!」
再び松兵衛に向かって掴みかかろうとするが、再び泰親は畳に沈んだ。
「見苦しい! 富子と共謀し、藤緒様の一族を滅ぼし、更に葛葉様を暗殺するなど。主等が既に鬼と成り果てていた事、恵慈家の血がいつまでも気付かぬとでも思ったか!」
「おのれ! おのれ! おのれ!!」
泰親の姿がみるみる変わった。般若の顔が、富子の鏡を見据えて言った。
「我が妻の怨み、我が一族の無念、代々祟ってくれるわ!」
何を思ったか。泰親の姿は煙のように消えた。
恐ろしい一連を目撃した、と思った直後。晴明の視界が歪んで見えた。
「皆、大丈夫か?」
いつもの優しい松兵衛の声が聞こえると、晴明の真下にいくつものシミができた。
「晴明、殿?」
わからない、止めたいが止まらない涙がとめどなく溢れてくるのだ。声すら出せずに、晴明は泣いていた。
自分は、鬼の子。葛葉を恨むのも、間違いだった。自分の居場所は、生まれた時からなかった。これから、何処に行けばいいのか、どうすればいいのかわからない。
富子の封じられた鏡を持って、松兵衛は部屋の奥へと入っていった。鏡を更に固く封じるために。
「晴明殿、あの……」
葛葉は、何を言っていいかわからない。そして、ふとあの盗賊に襲われた日の事を思い出した。あの時の晴明と同じように、葛葉は彼を抱きしめた。
「我は、鬼の子」
ポツリと声がした。
「けど、恵慈家の嫡男で跡取りではありませんか。貴方しか、もう当主はいないのですよ」
それでも、尚葛葉は晴明を当主だと言う。
「ダメだ」
と、晴明が呟く。そして、葛葉に告げる。
「俺は、母上の罪を背負うよ、この血と運命と共に。葛葉殿と婚姻は結ばぬ。当主は、葛葉だ」
葛葉の頭を絶望が支配した。彼女の目からも涙が溢れ出す。
「呪われるのは俺一人でいい。だから、泣くな」
「晴明殿、晴明殿!」
晴明がこのまま、何処かに消えてしまう気がした。父も母もいなくなったのに、晴明までいなくなってしまう。葛葉に、子供の頃のような不安が襲った。
「落ち着け、葛葉。まだ続きがある。お前は、これから俺の子を産め。その子が恵慈家の希望だ」
葛葉は、何度も頷いた。
「泰親が、またいつ現れるかもしらん。その時、戦えるのはお主だけだ。俺に力の使い方を教えておくれ、その時少しでも力を貸せるように」
「はい」
葛葉は誓った。晴明は、一生妻を娶る気などないだろうと。だから、自分も一生晴明以外とは結ばれないと。
*****
時をほんの少しだけ戻すとする。
法眼が亡くなって直ぐの事である。
松兵衛は、法眼の遺体を部屋に安置した後、藤緒に一部始終を話した。
「そうでしたか」
藤緒は、そう言うしかなかった。そして、静かに泣いた後告げた。
「私のお腹の中に、子がいます」
松兵衛は、目を見開いた
「それを、法眼様や葛葉様は、ご存知で?」
藤緒は首を左右に振った。
「富子様のお子はお1人ですし、葛葉のことでずっと言いそびれていて」
藤緒は、苦笑いを見せた。