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生克五霊獣 12話

「私のせいで、晴明殿が苦しんでいたとは露知らず。私は、どうすれば許して頂けますでしょうか? ……許してくださらなくても、どうすればその痛みを緩和する事が出来ますか?」

葛葉には、わからなかった。いくら考えても、答えどころかヒントすら見つからない。

晴明は、酷く反省した。

「ごめん」

ただ一言呟くと、逃げるようにその場を後にした。

情けないのは自分だと、本当は自分が悪いのだと晴明は分かっていた。

恵慈家の力を持って生まれなかった自分が……けれども、それを受け入れてしまったら、晴明の立場はない。だから、晴明自身ですら、どうしていいかわからないのだ。短くも長い旅路で、葛葉が本当に悪い人間でないのは分かっていた。何処かで、仲直りの切っ掛けすら探していたのに。

けれど、この旅の目的は葛葉を消すこと。仲直りとは違っていた。

「くそっ!」

と、惨めな悪態しか出てこない。


*****


一方、恵慈家の事態も急変の兆しを見せていた。兼ねてより不吉に浮かんでいた星が、動き始めたのだ。

(やはり、泰親に任せて正解でしたね)

端から晴明に期待などしていないと、富子は泰親から送られた文を握りつぶした。

「富子よ、僧からの文はどうじゃった?」

法眼は、富子と泰親の仲を知らない。

「ええ、無事に着いたようですよ。思ったより、早かったですね。死人で出来た結界を意図も簡単に破るとは、流石葛葉」

法眼は、少し心配そうな顔を見せた。

「無事に2人、戻って来てくれれば良いのだが」

富子は笑う。

「大事ありませんよ。ところで旦那様、藤緒さんの調子が悪いそうですね?」

「ああ、昨日からな。なあに、医者は風邪だと言っておる。大事無い」

「左様ですか」

法眼が溜め息混じりに富子の部屋を後にすると、富子は薬草の香を炊き始めた。パタパタと漂うその煙は、富子の部屋を含めた屋敷に広がるが、藤緒のいる離れにまで届くことは無い。

(こちらの準備も万端ですよ。泰親、貴方がこちらに来る頃には、約束が果たせそうですね)

富子は泰親が必ず葛葉を亡き者にし、晴明と2人で戻ってくると信じていた。

そして、泰親もまた富子が約束を果たしてくれると信じていた。

空を覆うように黒い霧が現れた。それは恵慈家から広がるように始まり、里にもまでも広がり始めていた。

「法眼様、この邪気。早いところなんとかせねば、危険ですよ。元凶は、お分かりに?」

「ああ、松兵衛の言う通りじゃった。今、確認してきたよ」

「何故に、富子様が……」

「わからぬ、あやつの考えが儂にはわからぬ。けれど、危険なのは確かであるが……」

正室だけに、直接動いている訳ではないだけに、攻めづらい。

「もう少し泳がせておく他ないのだろうが、藤緒が心配だな」

「霊薬はお効きになりませんか?」

「そう見えるのだが」

「儂が、様子を見てきましょう」

松兵衛は、離れへと向かった。


離れの部屋で、藤緒は静かに臥せっていた。松兵衛が声を掛けて部屋に入ると、藤緒はゆっくりと身体を持ち上げた。

「藤緒様、どうぞご無理なさらずに。横になっていなされ」

松兵衛が手を貸すと、藤緒は遠慮した。

「松兵衛、大事ありませんよ。霊薬が効いたのか、今は調子がいいの」

枕元に置かれた霊薬を煎じたお茶が、きっちり無くなっていた。

「昨日の頭痛から、今では全身に痛みが走るの。けれど、法眼様の煎じてくださった霊薬を飲むとね、不思議と楽になるんですよ」

「けれど、長くは続きますまい」

「大丈夫ですよ。この程度でしたら、まだ笑っていられます」

にっこり笑う藤緒だが、無理をしているのだろう。目の下のクマと、一晩でなったとは思えないほどげっそりと窶れていた。顔色も酷く悪い。完全に邪気に当たっていると、松兵衛は渋い顔をした。

「法眼様も、直ぐに対処出来ずで。もう少し辛抱ください」

「松兵衛、旦那様にお伝えくださいな。私は大丈夫ですから、どうぞご無理なさらず。貴方様のペースでと」

松兵衛が頷くと、藤緒が酷く眠たがった。体力も、ごっそり削られているらしい。

藤緒だけでなく、里の者も心配しなくてはならない。酷い邪気は、里を飲み込もうとしているのだから。

「1度、カマをかけてみようか」

法眼は呟いた。


*****


葛葉は、再び祠の建てられた広場に一人で来ていた。小屋にいるのも落ち着かず、散歩がてら外に出て、辿り着いたのがここだった。懐かしい、父の気配がする場所だ。

葛葉は、何となく泰親を訝しんでいた。何故なら、あの傀儡は泰親を見もせず、晴明と葛葉をを襲ってきたし、なにより泰親と同じ気配を感じたから。けれど、そこに確信はない。何者かが、泰親を利用しただけかもしれないし。泰親の言うつがいの鬼、と言うのも気になる。

(ここに封じられた鬼は、解放されていないのかもしれない。つがいの鬼なんてものは、存在しないのかもしれない。全て観勒殿が仕組んだ事だとか?)

何のために……と、考えて富子の関係である以上、私が邪魔なのね、と葛葉は察した。恐らく、そういう事なのだろう。

では、この鬼退治は必要ないのではないのだろうか? 早々に引き上げてしまうのも、手だ。けれど、何も解決しないまま戻っては、母藤緒や父法眼の顔を潰すことになるのではないか。けれど、これ以上晴明と共にいるものも辛すぎる。

葛葉が悩んでいると、背後で足音がした。振り向くと、驚いたような顔の晴明が立っていた。そして、その顔は直ぐに気まずそうに変わった。

「葛葉殿も、来ていたのか」

「晴明殿、どうされましたか?」

「どう、という事はないが……父上が立てた祠がどのようなものか見てみようと」

晴明は遠慮がちに葛葉の横に並ぶと、祠を触った。瞬間、バチッと電気が走った。思わず、声が出た。

「晴明殿、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。なんだ、乾燥してるのか」

幸い、傷にならなかったその手を、晴明は撫でた。

「これは、麒麟の祠ですね。主にエレキテルの力が込められています。それぞれに五霊獣の力が宿っていて、他には朱雀の炎、青龍の水、白虎の風、玄武の冷気がございます」

「俺にはわからんが、壊されているようにも見えないな」

「ええ、父上の霊力を確かに感じます」

「そうか。俺も力になれれば、良いのだが……約立たずですまんな」

あれほど我儘で気の強かった晴明がしゅんとしている。その場を去ろうとする晴明の着物を、葛葉は掴んで引き止めた。

「そんな、事言わないで!」

晴明は、それを振りほどいた。葛葉に当たれば当たるほど、惨めなことに気付いてからは当たることも恥ずかしかった。

「晴明殿の力を貸してください。そうでなければ、私一人では何も出来ません」

「残念ながら、俺はもっと何も出来ん。あの傀儡にしろ鬼にしろ死人にしろ、俺の刀では斬れんのであろう? 俺が出来るのは、剣を振るうことで、生身の者しか斬れん。せめてそれが、鹿や熊であれば多少の可能性はあったのかもしれんがな」

葛葉は、再び晴明の袖を掴んだ。

「松兵衛の封じた晴明殿の剣を、私が解放します! 解放して、必ずその力をコントロール出来るようにお手伝いします! ですから、諦めないでください。見捨てないで、ください」

晴明が、笑った。

「見捨てる? 馬鹿を申すな。それは、逆であろう」

「私は、何があっても諦めません。晴明殿の妻に、必ずなります。必ずなって、晴明殿に当主になってもらいます。私の力を貴方の為に、お使い下さい」

晴明は、自分の袖を掴む葛葉の手を取った。

「面白い。では、そうしてもらおうか」


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